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第二十九話 灰を抱く者 後編

 ――『奴を倒せ』と、獰猛な意思が僕に宿る。 



 まず視界に入ったのは、上から覗き込むようにしている眼前の砲狼カノンレイジだ。

 巨大な重機の顎を小刻みに震わせ、その様はまるで戸惑っているようにも見え、一向に僕を殺そうとする気配がない。


 はっ……ロボットに殺しの気配とは、僕もいよいよおかしくなったのか。

 殺し尽くすこんな絶好の機会は、今をおいて他にはないのに。


 だったら、殴ろう。


 力の限り、その巨大な顎に目掛けて、相手が人だったのならそのままノックアウトする勢いで、殴りつける。



 ――キイイィィィィィィィィィィィィンッ!!



 およそ人が殴ったとは思えない、硬質な金属同士を打ち鳴らす音が響いた。

 砲狼は真下から顎を突き上げられ、たたらを踏んで大通り脇の建物に突っ込み、粉塵を巻き上げながら倒れる。


 おかしい……金属音だけじゃない、砲狼を制したこの力は何だ……?

 そもそも、今反射的に打ち上げた右腕は、砲狼に噛み千切られたはず……。


 僕は違和感を覚えて視線を下ろすと、そこには右腕が、なくなったはずの上腕から先があった。

 人の腕……ではない。まるで騎士甲冑のような、鈍い金属光沢の灰色の篭手、千切られたはずの場所からきっちりと隙間もなく、僕の腕として生えている。



「カイ……ト……」



 背後では、リシィが青い瞳で不安そうに表情を歪ませ、僕を見上げていた。



「ごめん、リシィ。直ぐに終わらせる」



 正直なところ、意味がわからない。

 唯一わかることがあるとしたら、これでどうにか(・・・・)出来る(・・・)と言うことだけ。

 与えたのが“三位一体の偽神”だと言うのは気に障るけど、“覆す力”を望んだのだから、これはまさしく“覆す力”のはずだ。


 体に力を込めて立ち上がると、腕の痛みも折れていたはずの脚の痛みもなく、右脚も灰色の脚甲に覆われていた。

 振り返ってリシィから視線を移すと、砲狼も破壊された砲塔を投棄し、丁度立ち上がろうとしているところだ。


 だけど、どうすれば良いのか……。都合良く、この灰色の腕の使い方が刷り込まれていることもなく、ただ自分の意思で動く“鋼鉄の拳”があるだけなんだ。



 だから、また殴る。


 憎たらしいその顎を、拳でしかないのなら、拳としてあるがままに。



 ――ゴッ! キイイィィィィィィンッ!!



 ビキビキと、硬いものを殴った反動が全身を駆け巡る。

 これは自分自身もかなり痛い、だけどこれ以上は何もさせない。



「ここで、仕留める」



 歯茎を剥き出しにして獰猛に笑う。

 自分が自分でなくなったかのような感覚は一体何か。

 だけど、確かに自分を自分だと認識する、冷めた意識も残っている。


 殴る、人のものではない金属の打撃音が、静けさの染みる街中に響く。

 殴る、瓦礫となった建物を更に破壊し、砲狼の巨体が右へ左へと揺れる。

 殴る、情け容赦なく、自分自身の骨がどれだけ軋もうとも、まるで構うことなく。



 ……これは、驚くほどに地味だ。


 思っていたものとは違う、ただ力任せに振るうだけの“覆す力”。

 砲狼に反撃を許さないことにも驚くけど、それ以上にどうにも出来ない現状に、僕は焦りが出始める。


 出血しているリシィを、いつまでもあのままにはしておけないんだ。

 決定打がない。殴り続けるだけでは、砲狼を討滅出来ない。


 だけど……。



 屋根の上を疾駆する足音が近づいて来ている。


 これは恐らく、“三位一体の偽神”の筋書きの上にあるものだ。


 『直ぐに合流します』と言った彼女。

 予め用意されていた、いくつものフラグ。

 それらは、思い返せば不自然なほどに散らされていた。


 戦場に誘うために使われたヨエルとムイタ、強制的に出会いを演出されたノウェム、僕はただ流れに従っていたかのようだったけど、恐らくはベルク教官も、エリッセさんも、サクラも、それこそ最初から……リシィとテュルケの出会いから。


 まだ僕が気が付いていないだけで、仕組まれた“必然”は他にも必ずある。


 なら、“砲狼を討滅する”、これもまた必然。

 そして、数瞬の内にその手段がここにやってくる。


 “三位一体の偽神”……。



「ああああああああああああああああああああああああっ!!」



 僕は怒りを覚えて叫んだ。


 瓦礫を利用して三角跳びの要領で跳躍すると、軸にした脚甲の右脚が異様な膂力を見せ、砲狼の頭上にまで達してしまった。


 自身を顧みない渾身の一撃、砲狼の血に塗れた大顎を叩き下ろす。



 ――ゴギンッ!!



 砲狼の首から鈍い破断音が響いた。


 行ける……!



「サクラーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 僕の呼びかけと同時に、屋根を強く蹴って人影が空に躍り出た。


 桜色の大正メイド服を纏う少女――。


 手には身の丈を優に超える、巨大な鎚とも槍とも取れる武器を持っている。

 鋼鉄の内に紅蓮を燃やす、焔を宿した灼熱の鉄鎚――【神代遺物】!


 彼女は空中で武器を振って重心を操り、急激に角度を変えて舞い落ちる。



 ――ゴンッ!! ドゴォオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!



 重々しく響いた打撃は砲狼の首を完全に砕き、あらゆる攻撃を弾き続けた歪な大顎は、勢い良く石畳を割って地面に埋没した。


 サクラは身を翻し、鉄鎚の先端の槍で露出した核を貫く。

 その瞬間、巨大な砲狼を包み隠してしまうほどの炎が爆ぜる。


 火が風を生み、逆巻く突風は更に炎を煽り、やがてそれは雲にまで達するかのような、灼熱の旋風となって周囲を真っ赤に染める。

 殴った反動で離れた位置に転がった僕の肌を熱し、建物ごと、砲狼ごと、巻き込んだ全てを灰燼に変えていく。


 天さえ焦がすその巨大な炎の渦は、僕にはどこか悲しげに見えた。





 ……終わった……のか?


 もうここには、元が“何か”だった消し炭しか残っていない。


 一面の炭化した黒の中心で花開く桜色。

 それも所々を焦がし、自分の発した炎と熱で酷い有様になってしまっている。

 その煤けた顔は今にも泣き出しそうで、その様は今にも倒れそうで、酷く頼りない足取りでこちらに向かってくる。


 絶え間なく鳴り響いていた砲音は、もう聞こえない。

 悲しくなるほどの静寂に、堪え切れなくなって思わず空を仰ぎ見ると、そこには抜けるような青空と群れをなす白い鳥だけが飛んでいた。


 視線を戻す。街角を染めるのは黒と赤、凄惨に彩られた不条理。

 いずれ元通りにはなるのだろう。だけど、これでは、あまりにもままならない。



 【重積層迷宮都市ラトレイア】――僕は迷宮に行こう。



 “三位一体の偽神”、奴らをそのままにしておくわけにはいかない。

 僕に力を与えた理由はわからないけど、これには何らかの意味がある。


 なら、殴りに行こう。


 二度とこの街を、ここに住まう人々を、良いようにはさせない。



 ……だけど、今はもう限界だ。血を流し過ぎた、全身の痛みも酷い。

 灰燼の中から歩み寄ったサクラが、今にも倒れそうな僕を支えてくれる。



「サクラ、ありがと……」



 彼女は僕を抱き締めて支え、何も言わない。

 大粒の涙を目尻に溜め、唇を引き絞って首を振るだけ。


 許してもらえるだろうか……いや、許されずとも進むんだ……。

 命を懸けて……僕が納得出来るまで……迷宮の……奥へ……。


 意識が……もう……。

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