第二百七十一話 天降り業を滅する
『艦首霊子力衝角、全防御区画、放棄。艦種識別記号変更、“E.F.S. アルテリア CAAー9”。進路転進、両舷前進一杯。カイト様、よろしいですか?』
アシュリーンが空中に投影された仮想ディスプレイ越しに尋ねてきた。
「全員を地上に下ろせる算段なんだろう? ジェネレーターが壊れようと、人が無事ならそれで良い。全力でエウロヴェに追いつくんだ」
『かしこまりました、一杯を維持します。アルテリア、大気圏再突入まで二十三分』
“一杯”とはつまり、主機の損壊覚悟の全力稼働になるということだ。
ここまで有能さを発揮したアシュリーンなら、必ず全員を地上まで連れ帰ることを信じ、後はもう彼女の操船に託すしかない。
僕たちがアルテリアに乗り込んだ後、艦は全力後進から【天上の揺籃】を脱出、完全に使い物にならなくなった霊子力衝角と防御区画を切り離し、元の機動強襲巡洋艦となって地球に向かい始めた。
宇宙では未だに戦闘が行われている。襲い来る残存竜騎兵の追撃から逃れようと、アルテリアの十字砲火が止むことなく続いているんだ。
既に対亜種汎用機兵を含むこちらの機動部隊はほぼ全てが全滅。状況を知らせる仮想ディスプレイには、艦内の至るところで発生する侵入した竜騎兵と探索者たちによる白兵戦が映し出されていた。
「サクラ、ノウェムを頼む」
「はい、容態は落ち着いていますが、無理をし過ぎてしばらくは後に響くかと思います。カイトさんも……いえ、全てが終わってからにしましょう」
「ああ……いくらでも説教はされる。今は終わらせることが最優先だ」
「……はい。それでは、また後ほど」
サクラは、意識のないノウェムを医務室に運ぶため、僕たちのいる艦首揚陸格納庫から出て行った。
ベルク師匠は人型に戻り、グランディータも人型となって一緒にいるけど、平静を装ったところで不意に歪む表情は苦痛を隠し切れていない。
そうして全員の様子を確認していると、再びアシュリーンから通信が入った。
『カイト様、アメノハバキリにご搭乗ください』
アメノハバキリも回収され僕たちの目の前にあるものの、今は乗組員全員が竜騎兵に対処していることから、格納庫内には他に誰もいなかった。
「エウロヴェに対抗することが出来るのか?」
『いいえ。リシィ様の神器を用いることで、単機での大気圏急降下が可能です。これにより、カイト様とリシィ様のみが対象のルテリア到達に追いつけます』
「間に合うのか……!? 臆すつもりはない、リシィ、行こう」
「ええ、行きましょう。それに、私たち二人だけではないわ。ルテリアにはまだ防衛のために残った人々だっているのだから」
「姫さま、おにぃちゃん、私たちも直ぐ追いつきますです! 無茶はしないでくださいですです!」
「テュルケ殿の申す通り、某たちも直ぐお二方の元に馳せ参じる! これ以上の無茶は、それこそサクラ殿の怒気で世界が滅びかねんからな!」
「アウゥ……サクラ怒るとすっごくこわい」
「大丈夫よ、私がカイトを支えるもの。今日は神器の声が聞こえるようなの、皆が駆けつける前に終わらせてしまうかも知れないわ」
「うん、僕も神器を通してリシィの鼓動が聞こえる気がする。僕も支えるよ」
「え、ええ、カイトと繋がっているのなら、何よりも頼もしく思うわ」
そして、これまで黙っていたグランディータも前に歩み出て来た。
『カイト クサカ様、リシィティアレルナ様、私の、白銀龍の恩恵をお二方に……。エウロヴェの凶行を阻止し、どうか人々とこの地球《星》をお守りくださいませ』
彼女からは深い悲しみの感情が伝わってくる。
“神龍”に“星龍”、【惑星地球化用龍型始原体】とまで呼ばれた超常の存在でも、互いが互いを身内のような存在と認識しているのかも知れない。
人の業が、エウロヴェに怒りと憎しみを与え、グランディータを悲しませた。
勿論、エウロヴェの人類に対する凶行は止めるつもりだけど、それでも許されるのなら……いや、迷いはダメだ。ここでの情けは、自分だけでなく大切な人たちに向かう凶刃とまでなってしまうのだから。
躊躇わず、情けをかけず、これ以上は誰にも指の一本も触れさせない。
「グランディータ、後は僕たちがこの長く続いた憎しみを止めます」
彼女は悲哀を深めたものの、それでも最後は優しげに笑った。
『アメノハバキリ、降下開始まで残り九分』
「カイト、乗り込みましょう」
「ああ、どこまでもリシィと共に」
僕たちは皆を残し、アメノハバキリに搭乗する。
そうして操縦席に座る頃になると、これまで艦内の様子を伝えていた仮想ディスプレイが消えた。
余計な思いを残さない配慮か、覚悟は出来ているから心配は無用なのに、やはりアシュリーンは変なところで人間味があるな。
アメノハバキリのメインディスプレイでは、相変わらずのちびアシュリーンが起動と発進シークエンスを進行させ、既にスタンバイ状態に移行していた。
だけど、後は時間を待つだけの状況で、格納庫の艦内側入口が爆発で吹き飛んでしまった。雪崩込むのは数機の竜騎兵、僕が思っていた以上の数が艦内奥深くにまで侵入しているようだ。
「アメノハバキリで薙ぎ払う! みんな離れて!」
機体を動かして振り返ろうとした瞬間、更に竜騎兵の後方から攻撃を仕掛ける人々が視界に飛び込み、同時に通信も入った。
『カイトくん、それには及ばない! ここは私たちに任せ、君は先に行くんだ!』
『くししっ! トゥーチャたちが来たからには一網打尽ナ!』
『私だってまだまだ戦える! 二人共、さっさと行け!』
『イケ……ワレラ、カナラズコノフネヲマモル』
『ホッホッ、ダルガンが珍しく自ら声を発したわい! ホッホッホッ!』
「セオリムさんにトゥーチャ、みんな!」
フル装備の竜騎兵が、迅雷の如く現れた彼らに斬り裂かれた。
それでもまだ、通路の奥からは無数の竜騎兵がこちらに向かっていて、このままではいずれここも乱戦のただ中になってしまうだろう。
『ここは私たちが! 姫さま、カイトおにぃちゃん、行ってくださいですです!』
『然り! この程度、某たちと樹塔の英雄が揃えば何のことはない!』
『アウーッ!? 水どこーっ!? アウッ、あった!』
「カイト、ここは皆に任せるわ。私たちは地上に!」
「くっ……みんな頼んだ、僕たちは行く! アシュリーン!」
『アメノハバキリ、発進スタンバイ。いつでもどうぞ』
重力カタパルトの誘導灯が赤から緑に変わった瞬間、僕は振り返らずにスロットルを全開にする。
最初の出撃ほどは長くない滑走で機密シールドを抜けると、既にかなり近くなった地球の大地が眼下に広がっていた。
竜騎兵が、宇宙空間に出て来た僕たちを発見するや否や殺到して来る。
だけど、アルテリアの機銃座がアメノハバキリに接近するものから優先して十字砲火を加え、また宇宙を翔ける二機の人型があっという間に殲滅してしまった。
アサギの強化外骨格とブリュンヒルデだ。
『大気圏再突入まで護衛します』
『……行って、どうか無事で』
アメノハバキリを追従する二機は、周囲を回りながら竜騎兵を退ける。
時に自らを盾とし、被弾をものともせずに僕たちを守ってくれているんだ。
そうして、僕とリシィ、アメノハバキリは地上へと落ちて行く。
見上げると、アルテリアは無数の防御砲火による火線を伸ばし、艦体が炎上しながらも地平線へと向かって勢い良く降下を始めていた。
「宇宙も、宇宙から眺めるこの光景も見納めだ。リシィ、頼む」
「ええ、美しい光景だけれど、もう二度と見たいとは思わないわ。私は、しっかりと地に足をつけ生きていきたいと願うもの。皆と、カイトと一緒に……」
「そうだな……いつまで一緒に……」
リシィが力を込めると金光の粒子が機体を包み込んだ。
『進路はお任せください、ルテリアの真上に出ます。その際、高度八百メートル付近で機体の耐久限界を超過。空中に投げ出されることとなりますが、今のカイト様なら無事地上に降下、殲滅対象との戦闘突入となります』
「本当に僕たちは、毎回ギリギリのところで行動しているな……」
「ええ、もう少し余裕を持ちたいところだわ」
『カイト様、リシィ様、ご武運を――』
そして、アシュリーンからの通信が途切れた。
機体の外は空力加熱で温度が上昇し、真っ赤に燃え始めている。
リシィは調子が良いようだけど、本来は大気圏突入能力を持たないアメノハバキリを護り強引に降下させているのだから、消耗は決して楽ではないはずだ。
恐らく、これを逃したらもうエウロヴェを討滅する機会はない。
だからここで確実に止め、そして僕は、生きてリシィと――。