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第二百七十話 落ちる太陽

 襲い来る緋剣の雨に晒され、リシィの光結界は徐々に崩壊していく。

 ノウェムは口から血の筋を垂らしながらも、“飛翔”で避け、時に“転移”で返す。


 エウロヴェの開いた大アギトは、まるで満月と闇夜の色を入れ替えたかのように、ぽっかりと冥い“死の虚”を覗かせ僕たちに迫る。


 僕にとって、今の世界はスローモーションの中にあった。

 窮地にあって思考が加速し、心身共に神器と化したことから、何もかもが遅い(・・・・・・・)

 それはエウロヴェだろうと変わらず、迫る巨体はあまりにも緩慢だ。


 龍血の神器、神をも殺すこの人の似姿……今なら――。



「祖龍テレイーズよ、私たちに力を貸して! 【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】!!」



 リシィが誰も知らなかったはずのテレイーズの真名を呼ぶと、彼女の纏う蒼衣が弾けて金光の粒子と変わった。


 これまで、ただの固有能力かと思っていた“光の槍”。



 だけど違う、それこそが白金龍の極光の神器――【星宿の炉皇(ゼフィラテレシウス)】。



 迫るエウロヴェを迎撃するため突き出した僕の銀槍に、リシィもまた沿わせるように目映く光り輝く黄金色の槍を突き出した。


 光槍と銀槍はひとつの槍となり、僕たちを包み込んだ金光が爆発的に広がる。

 光は万と迫る緋剣を弾き飛ばし、互いの穂先は緋龍の口腔に。だけど飲み込まれはしない、二振りの槍は輝きを放ち、“死の虚”の表面に亀裂を走らせた。


 そうして冥界への入口は砕け散り、閃光はエウロヴェを口腔の内から焼く。



「エウロヴェェェェェェッ!! これで終わりだーーーーーーっ!!」



 一瞬の暗転、だけど直ぐに視界は開ける。


 振り返ると後頭部に大穴を空け、自身の龍血で自らを焼くエウロヴェ。

 僕たちは勢いのまま背の火輪まで破壊し、緋龍の背後に抜けたんだ。



「ぐふっ、あぅ……あうじさま……我は、もう……」



 ノウェムが吐血しながら僕の背に力なくもたれかかる。


 だけど、落下することはなかった。どこかで強い衝撃が加わり、このタイミングで封牢結界……いや、【天上の揺籃(アルスガル)】から重力が消失してしまったんだ。


 意識を失ったノウェムを僕とリシィが共に抱いて支えるも、彼女の制御なくして無重力空間では思うように動くこともままならないだろう。

 だけど、身動ぐことも出来ずに漂っていたのもほんの少しの間、直ぐにベルク師匠が近づいて来て僕たちは彼の背に足をつけた。



「サクラ、ノウェムの神力調整を直ぐに!」

「はい! ノウェムさん、しっかりしてください!」


「ベルク師匠、一旦グランディータの傍に! 相手は神の如き存在、完全に崩壊するまでは油断せずに対します!」

「心得た! 各々方、しっかり掴まっておられよ!」



 体を引きつける重力がないため、ベルク師匠から手を離すと浮いてしまう。

 僕はリシィとノウェムを治療するサクラを抱え、リシィはテュルケを、アディーテはベルク師匠に掴まり、体の崩壊が始まったエウロヴェから離れる。


 この無重力空間で、何よりも厄介なのは緋龍のマグマのような龍血だ。

 飛び散ることはないものの、流れ出る龍血が封牢結界内に広がっている。



「グランディータ、傷は!?」

『問題ありません。悠久の時を彷徨う私たちは、この程度では……』



 グランディータは緋龍の鱗の棘で傷つけられ、全身が血に塗れ凄惨な様になってはいるものの、瞳だけは優しげに僕の問いに答えた。



「ならエウロヴェも、あの状態でもまだ……?」


『どうでしょう、テレイーズの龍血の神器は龍を滅するためのもの……。私たちが持つ本来の神器をもってしても、互いをあれほどに傷つけることは出来ません』


「カイト、私たちはエウロヴェが塵と変わるまで力を振るい続けるの。ここまで来て、最後の最後で覆されてしまうのはなしよ」

「ああ、我が君の仰せのままに。テュルケ、サクラとノウェムの防御を任せる」

「はいです! 鱗の一枚も通しませんですです!」


「アディーテ、水はまだ残っているか?」

「アウー! まだあるー!」

「良し、あのマグマのような龍血が固まるか試してみてくれ。足場にする」

「アウーッ! まっかせろーっ!」


「ベルク師匠、もうノウェムには無理をさせられない。背を借ります」

「カカッ! 銀灰の騎士が駆る竜となるか! 何という誉れ、何という僥倖、ならば生きて帰り一族の末代まで語り継がねばならん!」

「そんな大袈裟な……」


「カイト、私も金光で足場を作るわ」

「ああ、慣れない無重力だ。一度蹴ったら止まらないと思って」

「ええ、習ったことの実践ね。大丈夫よ」



 僕とリシィは無重力空間に身を投げ出し、金光で形作られた足場を蹴った。

 エウロヴェを中心に回り込む軌道で、進路上に次々と形作られる金光の塊を足場に少しずつ距離を縮めていく。


 動きはない。緋龍は既に原型がわからないほどに崩壊し、赤光の粒子とマグマの龍血に変わってしまっている。


 油断しないとはいえ、どうしてももう終わっていると願わずにはいられない。

 それは傍らのリシィも同じようで、引き結んだ唇が小刻みに震えていた。



『我を滅するは……我をおいて他ならず……』


「……っ!?」

「そんな……!?」



 エウロヴェの重々しくも苦々しい声音が封牢結界内に木霊する。


 声音とともに、無重力空間に漂うマグマの塊のひとつからズルリと腕が生えた。続いて肩が、上半身が、下半身が、脚が、そして頭が、まるで生命の生誕を見るかのように、新たな姿形となったエウロヴェが僕たちの前に姿を現した。


 その姿は、全身が鎧のような緋色の鱗で覆われ、鱗の隙間からはマグマを垂れ流す、全長十メートルほどの大炎の巨人。

 唯一の露出している頭部も、赤熱する溶岩が人の顔面を象ったもの。


 そうして新たに生まれ出ると、エウロヴェの背で燃える炎が再び火輪となった。



『だが、認めよう。我らの力を集約せし【神魔の禍つ器】、故に我をも滅する』



 エウロヴェがゆるりと首だけをこちらに向けて見た。

 燃える顔面に瞳はなく、ただ赤熱する様は太陽のよう。



『これまで、憎む人間の力を利用し、集めた我が龍体の神力は霧散する。定命の者よ、我は敗北を認め、目的を果たせなくなったことも認めよう」


「なら、これで終わりだ……ここで塵と消えてもらう……!」



 僕は銀槍をエウロヴェに向ける、ここで情けをかけるつもりはない。



『なればこそ、我は自らをもってして、人間が生み出した全てを業火に滅する』


「なっ!?」


『恐るべきは、【神魔の禍つ器】の騎士よ。我は、貴君に勝てぬことを認めよう』


「まっ、待て!! エウロヴェーーーーーーーーッ!!」



 エウロヴェはそれだけを言い残すと、瞬きをする間もなく黒塔の縦穴から飛び出して行ってしまった。


 間違いない……僕たちを放置し、地球に向かったんだ……。



「カイトッ、エウロヴェは地上に!? 私たちの世界が!!」

「ああ、急いでアルテリアに戻る。戸惑っている暇はない……!!」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



 僕たちが何とかこの場から離れようとした瞬間、先程の【天上の揺籃(アルスガル)】全体に伝わった衝撃と同種の振動が、封牢結界を揺らした。


 外ではいったい何が起きているのか。自壊機能がある可能性、未知の特大墓守が存在する可能性、直ぐにエウロヴェを追いかけなければならない状況で、こんなところで足止めされている場合ではないんだ。



「何か……何かが来るわ!!」



 ――ドゴォオオッ!! ゴォオオォォンッギイイィィィィィィィィィィィィッ!!



 リシィが叫ぶのと同時に、封牢結界の天井を突き破って現れたのは、巨大な青光の剣(・・・・)だった。


 この形は……アルテリアの霊子力衝角エーテルラム……!?



『ザッ、ザザッ……カイト様、お迎えに上がりました』

「アシュリーンッ!?」



 目の前に投影された仮想ディスプレイには、砂嵐となって通信状況は悪いものの、アルテリアの艦橋にいるアシュリーンが映し出されている。


 つまり先程の衝撃は、アルテリアが中枢まで突撃して来て、続いて封牢結界にまで同じことをしでかしたというわけか……!



『エウロヴェとの戦闘の隙を突き管制を占拠、事態の把握は出来ています。人員の収容に手間取り少しばかり遅かったようですが、大気圏再突入の準備は整えています。皆様も直ぐにお乗りください』



 一度は断たれたかに見えた希望が、アルテリアを橋渡しとして再び繋がった。


 エウロヴェの行き先はわかっている。あそこ(・・・)にはまだ、世界を滅ぼすだけの神力の塊、【虚空薬室ヴォイドチャンバー】が残っているんだ。


 今一度、これを最後にするため僕たちは向かう。



 始まりでもあり、終わりでもある場所、【重積層迷宮都市ラトレイア】に――。

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