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第二百六十七話 “覆す力”

「はああああっ! 【焔獣昇華】!!」

「ぬぅんっ! 紫電迸れ【雷轟竜化】!!」



 サクラとベルク師匠がそれぞれ神力を放ち、噴き上がる深焔と紫電の中でその姿を荒々しく変えていく。


 サクラはあくまでも彼女のまま美しくも艶やかに、全身を逆巻く赤紫色の神力に覆われ、狂い咲く桜かのように焔獣の化身たる様を魅せる。

 ベルク師匠は人から黒鋼の竜に。竜鎧の下の生身は肥大し、ただでさえ大きな体はより大きく、三メートルあった身長はおよそ倍にまで達する。鱗は緋龍に勝るとも劣らない黒鋼、東洋龍の姿を持つエウロヴェと対峙するは、西洋竜の化身。


 そうしてサクラは床を蹴って高く跳躍し、ベルク師匠は背にテュルケとアディーテを乗せて飛び上がった。



「ノウェム、空中での姿勢制御を頼む」

「あい、主様には鱗の棘ひとつも触れさせぬぞ」


「リシィ、“龍血の姫”を縛る全てをここで断つ。星龍が何者であろうと、僕は僕だし、君は君だ。リシィは、僕にとってただ一人の大切な女性ひとなんだ!」


「んっ……こんな時にそんなことを……けれど、ありがとう……」



 ゆるりと、エウロヴェが巨大な緋剣の剣先を僕たちに向けた。



「カイトが傍にいる限り、私は揺るがないわ。この、人智を超えた大きな時の流れを、私は自らの意志で止めてみせる。邪龍……いえ、神龍エウロヴェ! 私たちは、貴方が成そうとしていることを、決して許すことは出来ない! 禍神を滅する龍血の神器をもって、真の神であろうとも退けてみせる!」



 その瞬間、リシィの瞳が黄金色の強い輝きを放った。


 そうか、ようやくわかった。

 この黄金色は、アインから生じる無限アインソフ、そして無限から生じる無限光アインソフオウル

 あらゆる現象は無に通じ、人は神力をもって無から現象を引き出す。


 仕組みなんてわかるわけがない。

 だけど、ただひとつ言えるのは、リシィの黄金色は“創世の極光”。

 森羅万象を創造し、そうして世界を変革するための力だ。


 これが、“覆す力”の真の正体……!



『ならば、退けてみせよ。人間よ』



 エウロヴェが封牢結界の全体に張り巡らした身を震わせ始めた。

 それだけで足元からは振動が伝わり、内部の床や壁の全域に亀裂が走る。

 最早、この場所が崩壊してエウロヴェが解放されるのも時間の問題だ。


 僕は銀槍を握り締め、穂先を鎌首をもたげる超常存在に向ける。

 銀炎が噴き出し、ズキリと体内に痛みが走っても、構わずに。



「はああああああああっ!!」



 先制したのはサクラ。彼女は炎の軌跡を残し、横たわる龍の胴体の合間を駆け抜けて背後に周り、最も危険な領域と化した尾を強襲する。



 ――ゴンッゴンッゴンッドゴオッ!!



 サクラによる鉄鎚の乱打は緋剣の表面を叩き、一打ごとに炎が爆ぜるも、尾は少し位置を変えただけでひび割れのひとつ、傷のひとつもつかなかった。


 刃渡りが二十メートルに迫る緋剣、あれが本来の【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツェ】。


 エウロヴェが告げた通り、あれに触れたら存在の全てが無に還ってしまう。



「旭日を統べし者 金烏玉兎に揺蕩う者 紅鏡を背負う者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん 万界に仇する祖神 緋剣を以て断て 葬神一剣――」



 サクラの攻撃を意にも介さず、緋剣がこちらに向けられた瞬間、僕は左腕でリシィを抱えて跳躍した。


 彼女は跳び上がりながらも神唱を歌い、赤光が僕の持つ銀槍に収束する。



「カイト、私の神滅の槍を貴方に託すわ! 【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツェ】!!」



 右腕で炎が燃え上がり、銀槍は赤熱する緋槍に変わった。

 “侵蝕”の特性と、“因果断”の特性が、僕の右手の中で交わる。


 迫るエウロヴェの緋剣。


 僕たちは自ら身を捩り、またノウェムの“飛翔”によって軌道を変え、切っ先一寸で刃を避けて燃える剣身に飛び乗った。


 巨大な剣身をリシィと共に駆ける。緋槍と緋剣の炎が干渉し、互いが互いの特性を打ち消し合うことで、燃えることもまた存在そのものを消されることもない。

 今のところ能力の上では対等。だけど、神力に限りがあるのなら、エウロヴェよりも遥かに弱者な僕たちでは、いつまでも拮抗することは不可能。


 こちらが枯渇する前に、皆の全力で奴を討滅しなくてはならないんだ。



「ぬぅりゃああっ!! 竜化奥義【天猛雷霆】!!」

「アウーッ!! いっぱいやっちゃえーーーーっ!!」



 ベルク師匠が、僕たちをエウロヴェの視線から隠すよう前に飛び出て紫電を放った。それと同時に、【溟渦水扇】でどこからともなく集められた水が渦を巻き、黒鋼の竜と背に乗るアディーテとテュルケを包み込む。

 そうして放たれた極太の紫電は緋剣の表面を疾駆し、尾に達した後はエウロヴェの鱗の合間を駆け上がっていく。渦を纏うベルク師匠はそのまま緋龍の頭部へ、アディーテの“穿孔”が宇宙に浮かぶ太陽かのような金眼を狙う。


 僕たちは緋剣を駆け抜け、ベルク師匠たちの陰に隠れて跳躍した後は、頭部を素通りしてエウロヴェが背負う火輪を狙う。


 これこそがグランディータに教えられたエウロヴェの弱点、“緋龍の逆鱗”だ。



「おおっ!! ここだ!!」

「金光よ剣となり禍神を斬り裂け!!」



 紫電がエウロヴェの全身に達する頃、緋龍の頭部では水飛沫が飛び散り、僕は緋槍で火輪を貫き、リシィもまた光剣で斬り裂いた。


 キィンと、炎で出来ているとは到底思えないような金属音が耳をつんざく。


 手応えはあった。だけどこれだけでは終わらない、エウロヴェの緋剣がもう一度振るわれる前に頭を落とす。

 その巨体による尾の薙ぎ払いは確かに驚異だけど、小さな存在に懐に踏み入られては、腕のない大蛇の姿で払い除けることは困難だろう。


 僕は火輪を蹴り、リシィとノウェムと共にエウロヴェの頭上に躍り出る。



『愚かなり』


「……っ!?」



 緋槍で捉えたはずのエウロヴェの頭部が消えた。

 いや違う、胴体をうねらせ封牢内を所狭しと這いずり始めたんだ。



「ぬうぅんっ!!」



 ギャリンッと金属音を立て、エウロヴェの尖る鱗に接触しそうになったベルク師匠が霊子力盾エーテルシールドで防いだ。

 床面も壁面も既にシュレッダーと化し、僕とリシィはノウェムに支えられ、光結界の内に篭もることで何とか空中に留まっている。



「はっ!? サクラッ!!」

「大丈夫です! ベルクさんの背に退避しています!」



 サクラは咄嗟にベルク師匠の背に跳び乗っていたようで、大事はなかった。


 だけどこれでは手の出しようがない……。全身を迸ったはずの紫電も、眼を狙ったはずの穿孔も意味をなさなかったのか。何よりも、確実に手応えがあったはずの火輪に対する攻撃は、奴にとって痛手とならなかったのか。


 何にしても考えている暇はない、エウロヴェの動きをまず止めなければ。



「リシィ!!」

「ええ!!」



 既に僕とリシィは二人でひとつ、言葉にしなくとも何をしたいのか伝わった。



「紫翠を統べし者 花天月地を馳せる者 翠翼を冠する者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん 万界に仇する祖神 翠杖を以て果て 葬神四杖――」



 再び歌われた神唱で翠光が放たれる。

 最たる“創生”の特性が、今度も僕の持つ槍に。

 緋色に燃える炎が、今度は翠色にその様を変えていく。



「私の騎士よ、思うがままに成しなさい! 【翠翊の杖皇グルニギスリヴォーツェ】!!」


「止まれええええええええええええええええっ!!」



 僕は顕現した翠槍を掲げ、何もないこの封牢結界内に創生の風を吹かす。

 新緑の息吹は生命を芽吹かせ、急激に伸び始めた木々は削られながらも、それを超える成長速度で大木へと、やがて森林へと成長していく。


 そうして新たな緑豊かな世界は枝葉と根を伸ばし、緋龍を飲み込まんと這いずる龍の胴体にも侵蝕を始めた。


 エウロヴェの勢いが弱まる。鱗の隙間から木々を生やす光景は、間違いなく体の内にまで植物が侵蝕し、奴の動きを制限しているはずだ。



「カイト、一気に畳みかけるわ! 私を支えて!」

「ああ、仰せのままに! 騎士として、一人の男として、リシィを支える!!」


「溟海を統べし者 四海天下に死する者 幽冥に潜む者――」



 留まることのない、神器の連続顕現。


 それを成すリシィの瞳は黄金色に輝き、尽きるとは到底思えない彼女の神力が、圧倒的な流量をもって僕たちを明るく照らしている。


 蒼衣のヴェールが、僕が大切に抱えるリシィを覆っていく。

 彼女もまた、自らの振るう力をもって強大な存在に抗うつもりだ。


 だけど――。



『愚かなり、愚かなり、愚かなり』



 迫る緋色の巨剣、そして目の前を閉ざすは大アギト、“死の虚”――。

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