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第二百六十六話 緋焚の剣皇 エウロヴェ

 皆の力を束ね、つい先日の巨兵ガルガンチュアをも穿った連携攻撃で先制する。


 軸となるのは、僕が顕現する既に全長五メートルを超えた【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】。

 銀槍を穂先に、リシィが光結界で僕たちごと包む更なる槍身を形作り、サクラが爆炎をブースターに、ノウェムが空中での細かい姿勢制御を行う。


 今度はテュルケとベルク師匠とアディーテも一緒に、邪龍が存在する封牢結界の御座に突入し、どんな小さな隙だろうと初撃で突き崩す構えだ。


 狭まる通路を、流星の如き一振りの槍が翔ける。



「僕たちは帰って来たぞ……三位一体の偽神!!」



 僕たちは縦に細長く数十メートルはある隔壁にまで到達し、突き刺さった槍は何の抵抗もなく封牢結界の扉を貫き始めた。


 一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、大黒門の一連の扉と同じ数。


 そして、再び垣間見る巨大な冥き穴――扉を貫き抜け出たその先では、僕たちを待ち構えたザナルオンの大アギトが、その内の“死の虚”を開いていた。


 圧倒的な“死”のカタチ、神器の力をもってしても、この内に飲み込まれてしまえば決して逃れることは出来ない――。




 だけど、そう来ることは想定のひとつ……!



「ノウェム!!」

「あいっ!!」



 ノウェムの光翼が翠光の粒子を放出し、僕たちとザナルオンの間を阻むかのように“陣”を形作る。


 陣の向こうに見えるのは、蒼黒い蛇の鱗を持つ頭部。


 更には、頭部越しに見える僕たち自身(・・・・・)



 ――ドギュッ


 ――キュオオオオオオォォォォオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!



 蒼龍が身をよじって嘆く。音を発しているわけではなく、密閉された瓶から空気が漏れ出るように、“死の虚”から悲しくも虚しい慟哭が漏れている。


 そう、僕たちは大アギトが閉じる前に槍の進路を変えた(・・・・・・)


 ノウェムの転移能力を使って襲い来るザナルオンの頭上に転移し、その硬くも弾力のある蒼鱗を銀槍で穿ったんだ。

 本来、人の身では突き立てることも困難な【惑星地球化用龍型始原体テラフォーマー】の龍体も、対抗するために生み出された、同じ特性を持つ神器なら傷つけることが出来る。


 更に、それだけではない。


 銀槍と穂先を合わせるのは、サクラの持つ【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】。

 【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツェ】の試製神器にして、“罪を烙く”特性を持つ【神代遺物】。


 人が持つ概念の中で、もっとも忌避する“死”の象徴であるザナルオンに対し、果たして使い手であるサクラが認識する“罪”はどれほどのものとなるのか。


 考えるまでもない。



「灰燼に帰せ!!」



 サクラが、彼女らしくない熱を吐き出すかのような声音で吠えると、途端にザナルオンの頭部に突き立つ穂先から炎が漏れ、口腔からも爆炎が噴き出した。


 そして、僕たちはあっという間に炎に包まれた巨体を蹴って床に下り立つ。

 今度こそは本来の封牢結界の床、【虚空薬室ヴォイドチャンバー】は未だに大断崖の底に在る。


 【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】の業火と、同時に力を込めた“侵蝕”の特性をもつ【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】の銀炎が、一切の反撃を許すこともなくザナルオンを消し炭に変えていく。


 僕たちはその巨体に惑わされ、本質から目を背けさせられていたんだ。


 今ならわかる、アレ(・・)は見た目ほどに敵わない存在でもない。



「グランディータから話は聞いた!! 誰の支えもない星龍が、ただの一柱で何が出来る!! エウロヴェ!!」



 そう、神代から続く長い長い時の中、人に向けられた怨嗟による出来事の全ては、一柱の星龍によって引き起こされたものだ。


 緋焚の剣皇 星龍エウロヴェ――白金龍セレニウスを愛した一柱の龍。


 星龍に“愛”の概念があるのかはわからない。だけど、エウロヴェはセレニウスを失ったことで人類に激怒し、黄龍ヤラウェスと蒼龍ザナルオンを乗っ取り、地球人類が滅亡に至るこれまでの事態を引き起こした。


 それに反旗を翻したのが、白銀龍グランディータと翠龍リヴィルザル。人類との共同戦線の元で、ザナルオンはリヴィルザルと相打ちになり、ヤラウェスもまたグランディータに討たれることとなった。


 つまり、今の黄龍と蒼龍は抜け殻(・・・)だ。力が残るだけの残滓となり、緋龍エウロヴェにただ使役されるだけの存在となってしまっているんだ。



『我は後悔している いる』



『我を牢獄より解き放つ人間に 人間に』



『世界の滅ぶ様を見届けさせようとしたことを したことを』



『そして そして』



『我ら、六龍と比類する力を持つ、【神魔の禍つ器】を恐れ 恐れ』



『自ら手を下すことなく、時の狭間に封じようとしたことを したことを』



『我は後悔している いる』



 エウロヴェは頭を垂れ、重苦しく淡々と自らの後悔を語った。


 戦争で疲弊し、長く封じ込められ、当時の何倍も小さくなっていると聞くも、それでも目の前の緋色の巨体は胴の直径だけでも十メートルを超えるほどだ。

 空想の中で描写される不死鳥にも見える頭部、緋色に染まる鱗は刺々しく全身を武装し、背には太陽を思わせる巨大な火の輪を背負っている。


 そしてエウロヴェの座す封牢結界、ここは以前とは様変わりしてしまっていた。

 広大な円筒形であることは変わりない。だけど今は、青かったはずの壁が赤黒く炭で汚れたかのようになり、霞がかっていた大気は陽炎が揺れ、ひび割れた建材からは青光の代わりに赤光が、ここはまるで地獄に存在する釜の底だ。


 これでは、神を名乗るには随分と禍々し過ぎる。




 もう用をなさなくなったのか、お互いにまだ攻撃を仕掛けていない黄龍ヤラウェスまで炭化し、初めから失われていた存在がここで完全に塵と消えた。


 残されたエウロヴェは鎌首をもたげ、僕たちを遥かな高みから睥睨する。



『定命の者よ、我が名は“エウロヴェ”。人間が名付けた【惑星地球化用龍型始原体テラフォーマー】でも“星龍”でも、ましてや“神龍”にも在らず。宇宙の深淵を、太古の時より揺蕩い続けた、存在不確かな一生命に過ぎぬ』


「私たちは、遠い昔からずっと! 貴方たち神龍から生み出されたと、栄えある血脈の存在だと聞かされ、ずっと信じてここまで生きてきたの! 貴方たちは……貴方たちは……いったい何者なの……?」



 リシィがエウロヴェを見上げ、自らの存在の意義を問い質した。



『我は“エウロヴェ”、何者でもない。因果を見通す我の力をもってしても決して見えぬ、世界の始まり“アイン”より生ずる者。我は答えを持たぬ、然らば汝が求める答えもない』


「そんな……」



 リシィの瞳の色が揺れる。それでも彼女は決して目を逸らさず、何を思うのか複雑に色めく瞳で、高みに在る緋龍を見上げ続けている。


 僕はそんなリシィの肩を抱き、何があっても支えることを今再び胸に秘めた。



「エウロヴェ、人類の高慢さが貴方たちにしたことは謝罪したい。だけどその思いも、秤にかけられるのが人類の滅亡なら受け入れることは出来ない。身勝手だろうと、かつての人類以上に高慢だろうと、僕は自分の意志をもっておまえを討つ」


『人間よ、成せると驕り、思い上がるのなら、彼方の時を超え今再び抗うが良い。我が意志は変わらず、我が感じ入るこの世界そのものの不条理、全ての命、全ての意識ある存在を糧とし、築き上げし骸が山の上で覆そうぞ』


「ならば僕は、僕たちは、全ての価値ある命と共に、おまえごと、どんなに抗うことの出来ない不条理だろうとも、覆す」


『我と、人間は、決して相容れぬ』


「ああ、だから人は、強大な存在に対しても抗う」



 そして、エウロヴェの火輪から勢い良く炎が燃え上がる。


 太陽フレアの如く噴き上がった炎は剣を形作り、巨兵ガルガンチュアでさえ一薙ぎで断ち斬りそうなほどの巨大な緋剣は、緋龍の尾の先端に装着された。


 と同時に、封牢結界内に敷き詰められた龍の巨体もまた動き始める。

 その合間にいては、小さな僕たちでは緋剣に薙ぎ払われずとも胴体の下敷きとなり、いずれすり潰されてしまうことは間違いない。


 僕たちを見下ろす金眼は、“死の虚”以上の虚無を内包し、ただ無感情に邪魔者の厄介払いをするつもりだ。



『定命の者よ、存在の全てをアインに還すが良い』



 世界の真理にまで迫る生命体に対そうとも、こんなところでは終われない。

 僕にはまだ、返したい言葉も、伝えたい想いもたくさんあるのだから。


 恐れ、敬い、なればこそ神が如きだろうとも、神滅する。

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