第二百六十五話 闇きを穿つ繋ぐ槍
数多の英雄と、彼らを阻まんとする墓守が激突する。
僕たちはそのただ中にいて、銀槍を中心にリシィの光槍、サクラの【烙く深焔の鉄鎚】、ベルク師匠の霊子力槍を合わせ突撃を敢行する。
群れなす墓守は誤射もお構いなしに砲爆撃を放ち、その度に血と油が撒き散らされるも、だけど探索者たちの献身によって綻びが生じた。
割れた鋼鉄の濁流、断たれる弩級戦車。守護騎士と従騎士の混成一群が更に進路を塞ぐも、上空からはアサギと対亜種汎用機兵の霊子力砲が降り注ぎ、その全てを悉く薙ぎ払っていく。
僕たちを護るのはテュルケの”金光の柔壁”、今にも脚がもつれて転びそうになる体を支えるのはノウェムの”飛翔”。
ならば、僕たちは槍を揃えただ前へと進む。
英雄たちを残し、鋼鉄の合間を更に前へ、前へ、前へと。
自らの持てる全てを尽くし、阻む全ての墓守を最後まで貫き通す。
そして、最後に立ち塞がる正騎士が巨剣を振り上げた。
「僕たちは立ち止まらない!! 如何な不条理も人の信念をもって覆す!!」
重なり合うは極光の金、深焔の赤、神鳴る紫、そして銀灰と燃える僕自身。
「決して邪魔はさせないわ!!」
「押し通ります! そこを退いてください!!」
「おおっ! この一槍、凌げるものなら凌いでみせよ!!」
「今だ!!」
――ドッ……キィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
僕たちは揃って跳躍し、一突きで正騎士の胴体を背側まで抜けた。
そうして勢いのまま空中に投げ出されるも、身を翻し着地しまた駆ける。
背を叩くのは爆音と衝撃、討滅を確認することも振り返ることすらしない。
決して立ち止まらず、万の墓守を千の英雄たちに任せて深淵を目指す。
視線の先では、封牢結界の入口だけが闇い虚を覗かせていた。
「後詰めは任せろ!! 貴様らは前だけを見て進め!!」
シュティーラが地響きと戦闘音の中で声を張り上げた。
背後の様子はわからないけど、彼女たちの勇猛果敢な姿は目に浮かぶ。
『……ここは通さない。……進んで』
通信機から聞こえるアサギの声まで遠ざかって行く気がする。
僕たちはただ、一人一人の支えの分だけ一歩一歩と足を踏み締めて進む。
示し合わせたわけでもなく横隊となり、僕を中心に左隣からリシィ、テュルケ、ベルク師匠。右隣にサクラ、ノウェム、アディーテ、全員が並んで走り続ける。
――ドガアアアアァァアアァァァァァァァァァァァァッ!!
「まだ追撃が……いや、あれは……!?」
どこからどう来たのか、大通り脇の建造物を突き破り、最早原型を留めていない軌道車両が僕たちの進む先に降って来た。
しがみついていたのは囮となったベンガードたち。路面に叩きつけられる前に手を放し、大通りに着地する様は血を流すものの健在だ。
丸い毛玉……いや、体を丸めたティリチカもゴロゴロと転がっている。
「ズベーッ! 痛いノンッ、ティのかわゆい尻尾の毛が抜けちゃったノンッ!」
「ダマれ、ティチリカ! むしってヤろうカ!」
「やめてなノン~ッ! ギャアアッ!? 墓守がいっぱいなノンっ!!」
「ハッ、くダラん! 小僧、こいつハ貸しダ、生きて返せ!」
「カ、カイトさんっ、たすけ……ひぃやぁっ、尻尾は引っ張っちゃラメなノン~ッ!」
ベンガードとティチリカが、走る僕たちの横をすれ違って行く。
「アディーテ ライン! こいつを持っていってくれさね!」
「アウー? アウッ!? め、め、銘菓スイセンッ!」
ヨルカが投げて渡したのは周囲の水分を集める神代遺物、【溟渦水扇】。
アディーテは跳躍し、見かけの割には軽そうな大扇を空中で受け止めた。
すると、途端に彫り込まれた紋様に深い藍色の発光が奔り、スパンッと弾けるように水飛沫を飛び散らせて扇状に展開する。
「アウーッ! 水ーっ! かたじけないーっ!」
「アンタが、水精の意気ってやつを魅せてやっておくれよ!」
「アウーッ! まっかせろーっ!!」
ヨルカはウィンクをしながら僕たちとすれ違い、そんなベンガードたちを遅れて追いかけるのはローとラッテン。彼らもまた僕たちを一瞥し、特に何も言わないものの、その瞳だけは「ここは任せろ」と告げ通り過ぎて行く。
背後では鋼鉄が断たれ、拉げ、爆発する戦闘音とともに、途切れることのない探索者たちの雄叫びが今も鳴り響き続けている。
「封牢結界の概念防壁を解除、セントラルゲート開放。封牢結界の解放に伴い封牢守護機が起動、敵性認識、迎撃します。皆様はそのままお進みください」
ブリュンヒルデがそう告げると、対亜種汎用機兵に良く似た機体が黒塔の外壁から雪崩となって落下し始めた。
彼女は空中で身を翻し、ただの一人で先駆け防衛機構に向かって飛ぶ。
あまりにも多勢に無勢だけど、先制するブリュンヒルデの金から青に変わる髪が発光し、その毛先からは幾筋もの閃光が放たれた。
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
弧を描き、避けようとも追いかける青色の光線はホーミングレーザーか。
剣を抜き放ち、盾を構えた戦乙女が空を翔ける姿はまさに神話の女神の様。
脚のない騎士の姿を持つ封牢守護機も槍と盾を持ち、槍から放たれる青光もまたブリュンヒルデを追従するも、彼女はその全てを避けている。
互いが互いとも似通った武装、戦闘法なのは仕方がない。本来は味方のはずが、複雑に絡み合った時の彼方で敵として邂逅してしまったんだ。
百、千に迫るかも知れない封牢結界を護る騎士を相手に、ブリュンヒルデは単独にも関わらず対等以上に渡り合っていく。
そして、この道程も後少し。
彼女が、英雄たちが切り開いたこの道を、僕たちは最後まで駆け抜ける。
―――
これで二度目、僕たちは再び深淵へと続く入口に辿り着いた。
黒塔から少し離れた位置にある、封牢結界に至る地下通路は急な坂となり、走るというよりは踏み入った段階から滑り落ちてしまった。
黒く闇い幅広の通路は、壁が数メートルごとに段差を形成し狭まり、中央に寄り集まらなければいずれは激突してしまう構造となっていた。
ここは相変わらず深海の底だ。常に死の気配が充満し、心の奥底をナイフで撫でられているかのような、とても長時間は耐えられない重苦しさがある。
「結局は私たちだけね……」
勢い良く滑り降りながら、寄り添うリシィが呟いた。
「僕たちだけではここまで辿り着けなかった」
「皆さんの支えがあってこそ、無駄には出来ませんね」
「ああ、彼らに報いるためにも、今一度はもうない覚悟だ」
サクラもまた寄り添い、お互いに暗闇の底へと視線を向ける。
「主様、例えこの身が血に塗れようとも、躊躇わずに力を使うておくれ」
「躊躇うよ……だけど、今だけは尽くしてもらう。頼む」
「あいわかった」
ノウェムが小さな体を震わせ頷いた。
「ふんむーっ! 絶対の絶対の絶対に、姫さまも、カイトおにぃちゃんも、サクラさんも、ノウェムさんも、ベルクさんも、アディーテさんにもっ、私が触れさせませんですですっ!! 跳ね返してっ、スパーンッて、斬っちゃいますですですっ!!」
「はは、今のテュルケには構わないな。頼りにするよ」
テュルケはふんすっと意気を露わに、力強く拳を胸の前で握り締めている。
「カカッ、某も持てる全てを費やし神が如きだろうと挑もうぞ! まだ研鑽の身でおこがましくもあるが、人に仇なすのならば捨て置けん!」
「アウーッ! 一緒においしいを食べれば仲良く出来るのに! アウーッ!」
ベルク師匠がアディーテが、両端から気合いを入れた。
通路幅は既に車一台分ほどに狭まり、僕たちの滑り落ちる先では、恐らく最後の扉が開かずに道を塞いでしまっている。
「みんな、僕たちは決して良いようにはされない。人は良くも悪くもあるけどだからこそ願うんだ、より良い世界を!」
「はい! 皆さんが平穏に暮らせますように!」
「主様と我と家族の皆が、幸せにいつまでも過ごせるように!」
「ですです! 美味しい紅茶とお菓子もご用意しますですです!」
「アウッ!? おいしいっ、おいしいっ! それが良いっ!」
「カカカッ! ならば帰還の暁には祝宴と参ろうぞ!」
「私も心から願うわ。人々の平穏と、何よりもカイトの願いが叶うことを!」
「リシィ……みんな……。なら行こう、これで終わりとするために!」
金光が、深焔が、翠光が、紫電が、そして銀炎が闇い澱みの底を照らす。
僕たちは行く、人に仇なす者が在れば、人々の願いそのものを届けに。