第二百六十四話 万の敵 千の英雄 ならば道は貫き通す
数多の探索者……いや、数多の針蜘蛛に跨った探索者が、建造物の瓦礫と墓守の残骸で出来た山を乗り越え姿を現した。
武器を振り回し、引っかけるよう通りすがりに墓守を攻撃しているから、あれでは英雄と言うよりは暴走族だ……。そうして数千にも及ぶ探索者が、いつもの凱旋歌を声高らかに歌い意気揚々と暴れ狂いながら駆けつけた。
空では対亜種汎用機兵が青光の尾を引いて翔け抜け、僕たちに攻撃を仕掛けようとしていた航空型墓守と空戦を始める。
そして、彼らの背後では未だ巨大ロボット大決戦が続き、今の状況を一言で簡潔に言い表すのなら“混沌”だ。
「聞いたワ! ベリービッグな墓守が迫ってるのよネ、アリーの出番なのは間違いないワ! ぶっちゃけ、アレもう限界なのヨ!」
アリーはそう言って親指を立て、後ろで暴れる阻塞気球を指差す。
「アリーにも伝えていたんだ……」
「単純な無力化の手段において、アレクシア様の他に勝るものはいません。完全に取り囲まれた状況では、彼女の助力が何よりも必要となります」
「なるほど……。そういえばアリーはそんな名前だったね……」
「ちょっとカイト!? もう一度自己紹介が必要ネ!? アリーはアレクシア チェインバース、ステイツから来た最高のプリンセスになるための生を受けた淑女ヨ!」
どうやら、ブリュンヒルデが通信で伝えたことで、アリーもミラーも探索者たちも皆が一同に集まって来たようだ。
「それにしても、アリーにはアルテリアの防衛を頼むと……」
「カイト、グダグダうっさいワ! アナタたちは直ぐあの黒塔に向かうが良いワ!」
「アリーはこんなこと言ってるけど、本当はベリーベリー心配してたでゴザホグッ!? 殴るのはやめるでゴザル!? 勿論、拙者もサクラさんのことをアグッ!? 腹なら良いってもんじゃないでゴザル!?」
「ニック、無駄口を叩いたらブッコロスワヨ」
「そりゃないでゴザル!?」
「ミラーは相変わらず一言が多いんだな……。とはいえ、来てしまった以上は仕方がない。危険に晒すこととなるけど、ここは任せる」
「あったりまえヨッ! アリーをこんな世界に連れて来た邪龍に、アナタが引導を渡してやるが良いワッ!」
「ミラーさん、無事に帰還したら宿処にお出でください。必ず美味しいお茶をご馳走しますから。ですが……何があろうと、私はカイトさんの私ですからね」
「オォウ、マイゴッデス……。散る我が心の儚さよ……でゴザル」
何だか、ミラーには悪いことをしている気にもなってくるけど……今となってはサクラに言い寄るのなら僕が止める。
ここまで、常に傍で支え続けてくれた彼女のことも、しっかりと見てその気持ちを受け止めるつもりなんだ。それが僕の意志、そして覚悟。
「オーケー。一人のサムライとして、心の友の背は拙者が守るでゴザル!」
「う、うん、アリーのことも頼む。二人とも、必ず無事で」
「Leave it to me !」
そうしてミラーは、背に担いでいた身の丈以上もある超砲身の銃を構えた。
それは彼が持ち込んだバレットM82A3ではなく、アシュリーンに貸与された個人携行用霊子力砲と言う話だ。
簡易重力制御による反動軽減で、人が撃てるように無理やり改造して作ったらしい試製砲。人の身には過ぎた力のひとつだ。
意中の相手に振られた間際で、その恋敵の背を守ろうとするのはまさに男の中の男、仁義に熱い侍の中の侍だ。なら、アリーと共にここを任せるしかない。
「カイト クサカ! 墓守が包囲を狭め始めた、砲撃が来るぞ!」
シュティーラが、今まさにまだ離れた墓守を溶断しながら告げた。
万に迫るかのような墓守の大群は、四方八方のあらゆる都市の隙間を埋め尽くし、再びうねる鋼色の濁流となって片側四射線もある大通りを封鎖している。
その様は襲い来る大波、何者も突破することの出来ない鋼鉄の防壁、これこそまさに攻勢守勢と自在に動き回る機動要塞の様だ。
この状況で守りに入っては消耗が加速するのみ……ならば……。
「みんな、正面一点突破だ! 他には目もくれず、封牢結界まで押し通る!」
「ええ、貫くわ。皆の力を合わせ、私の騎士と共に!」
「カイト殿、姫君、ならば某も槍を合わせる。一槍貫徹と参ろうぞ!
「【烙く深焔の鉄鎚】も合わせます! 槍鎚は伊達ではありません!」
「我とて今こそ全力よ。自らの噴き出す血を恐れては何も成せぬ!」
「私もっ、絶対の絶対に姫さまたちをお守りしますですですっ!」
「アウーッ! 水ーっ! 水どこーっ!?」
「アサギ様、私たちは近接航空支援を。突破するための有効射点をマークします」
「……了解」
「良し、いざ行かん!! シュティーラ!!」
「おおっ!! 血界燼滅、一ノ太刀【火殫烈刃】!!」
シュティーラの裂帛の気合とともに放たれた剣閃は紅の軌跡を残し、大通りの先からこちらに迫る墓守の大群を溶断した。
それと同時に僕たちは駆け出す。背後にアリーとミラーを残し、正面だけでも数千にまで迫るような墓守の大群に目がけ、全員で一貫きの槍となる。
走る、駆ける、疾駆する。銀槍を形成し、辿り着く場所はただひとつ。
「軍師ぃっ、待たせたなあっ!!」
「俺たちもいるっぜええええええっ!!」
「自分たちも、龍血と光翼の姫君のお供に!!」
「クソッタレの墓守! こんなところでやられるかよぉっ!!」
「ヒャッハアアアアアアッ! 選り取り見取りだああああああああっ!!」
濁流となったのは墓守だけではなかった。
僕たちに追従するよう、針蜘蛛に跨る探索者たちが群れをなし襲いかかったんだ。瓦礫の上から、残骸の陰から、ビルの合間から、行く先を切り開かんと、勇ましき英雄たちが我先にと駆けつけて来る。
僕たちは幾人もの鎧竜種の盾持ちに取り囲まれ、彼らは墓守の砲弾を弾き、盾が拉げ傷を負おうとも構わず共に駆け、僕たちを護る。
そうして、数少ない遠距離攻撃能力を持つ者から先んじて反撃が始まった。
色取り取りの閃光が一斉に放たれ、直撃する墓守の濁流はそれでも衰えることなく荒波の勢いで迫り、降り注ぐ迫撃砲弾は防御能力を持つ者によって防がれる。
空では、翼種と対亜種汎用機兵が航空型墓守と交戦し、一斉に放たれた霊子力砲の閃光が頭上を青色で彩っていた。
――ドオオオオォォォォオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
衝撃が僕たちを、探索者たちを、墓守を襲う。
倒壊するビルは、事もあろうに阻塞気球が巨兵に投げ飛ばされ激突したため。
頭上から無数の瓦礫が降り注ぎ、直径二十メートルはある防衛設備の砲塔が、進路上で墓守を押し潰しながら転がって行く。
僕はただ前だけを見続ける。攻撃も、防御も、頼れる英雄たちに任せ、次第に数を減らす墓守の向こうでわずかに見える黒塔の開口部を目指し、決して銀槍の穂先を振らすことなく、ただただひたすらに前へ、前へと――。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
そして、濁流と濁流が激突する瞬間、探索者たちの雄叫びが耳をつんざいた。
まずは我先にと【神代遺物】を持つ者が白兵戦を挑み、勢いのままに衝突する最前線では血飛沫と破砕される墓守の残骸が宙を舞う。
それでも両者ともに止まることはなく、探索者による一閃が装甲を断ち切り、近接砲撃は敵味方の区別もなく押し合うただ中で衝撃を撒き散らしていた。
すり潰されるのはどちらか、そのただ中にいて全体はわからない。
「我ら!!」
「鎧竜!! 守護の盾!!」
「人々を護り!! 英雄を護り!!」
「道行きを貫き通す決して破れぬ盾とならん!!」
「「「ぬぅおりゃああああああああああああっっ!!」」」
僕たちを護り続けた幾人もの鎧竜種が、そのベルク師匠にも良く似た竜騎士の姿で横隊を組み大盾を突き出し、眼前で墓守の大群に激突した。
彼らは決して怯まない。巨体を持つ鎧竜種よりも更に大きな墓守に対峙しようとも、持てる力の全てをもってただ押す。
そうして、ついには力尽くで割られる鋼鉄の濁流。
僕たちの前に切り開かれる、一筋の希望へと繋がる道。
「くどい! くどすぎる!!」
シュティーラが割れた濁流の中でまだ阻む弩級戦車を斬り伏せた。
だけどまだだ、まだまだ墓守の層は厚く、奥深くまで突破するには険しい。
ならば……!!
「僕たちは立ち止まらない!! 如何な不条理も人の信念をもって覆す!!」