第二百六十二話 最善を尽くし 奇跡をもこの手に
「砲狼、左脚! ……今っ!!」
牛女神が霊子力収束砲を放つ間際、独自の判断でリシィは光槍を形作り、サクラは【烙く深焔の鉄鎚】の投擲体勢を取っていた。
狙い澄まし機会を合わせて振るわれた彼女たちの攻撃は、牛女神の右隣を並走する砲狼の左脚を前後とも抉り取り、更に背後に迫る弩級戦車まで達する。
爆炎が噴き上がり、砲狼は自重を支える左脚を失ったことで牛女神に倒れかかり、その瞬間に霊子力の閃光が僕たちに向けて放たれた。
「ぬぅりゃああああっ!! 新伝【雷峰爆巌】!!」
ベルク師匠が槍を走る車上から路面に突き立てる。
路面は削られ、引き裂かれ、それでも手を離さず、配電網にでも干渉したのか紫電は指向性をもって迸り、地面そのものを盾として捲くり上げてしまった。
霊子力の放射は倒れた砲狼によって射線をずらされ、更には盾となった路面を抉りながら僕たちの側面へと逸れていく。
そうして太く青い光線は横薙ぎにされ、いくつかの高層建造物を根本から寸断して外周壁にまで到達する。
――ドッ!! ゴオオオオォォオオォォォォォォォォォッ!!
その先で、黒塔の袂で起きた爆発にも負けじと劣らない大爆発が起こった。
爆発は衝撃と風圧を生み、逃げ場のない現象は寸断された高層建造物を押し、よりにもよってこちら側に大質量が倒壊を始める。
「滅茶苦茶……だ……」
その様は例えるなら“ドミノ倒し”。建造物は僕たちが進んで来た側から順に倒れ、後続する墓守の集団を押し潰しながら迫って来る。
あれだけの墓守を掃滅する手間が省けたとはいえ、貨車の速度は崩壊から逃げおおせるほど早くなく、数瞬のうちに巻き込まれてしまうのは見るからに確実だ。
「ブリュンヒルデ、これが最高速度か!?」
「諸元上は“貨車”でしかありませんから、動力は最低限の……」
ブリュンヒルデが答え終わるよりも先に爆風が僕たちを襲った。
咄嗟にリシィが光結界を展開して衝撃は凌いだものの、流石に倒壊する大質量の下敷きとなってしまっては支えることも無理だろう。
『……掴まって』
「アサギ!? みんな、車両に掴まれ!」
通信と同時に、アサギが崩れ落ちる瓦礫の合間を縫って後方から接近する。
強化外骨格はメインブースターから青光の粒子が勢い良く放出され、恐らくは彼女自らが貨車を押すつもりなんだ。
そうして皆が伏せたのを確認し、僕も身近にいたリシィとノウェムを抱え込んだ瞬間、後部から加わった強い衝撃が車体を急加速させる。
「ぬうっ!? こうまでして間に合わんか!?」
「考えて……考えるの、この状況を抜け出る方法を……!」
「カイトさんだけでも抱えて……いえ、それでは……!」
「アウーッ!! 水ーっ、水ーっ!? アウー、ないーっ!?」
「ふんぬーーーーーーーーーーっ!!」
「えいやーーーーーーですですですっ!!」
示し合わせたわけではなかった。
僕が考え、この状況をどうにかしたわけでもなかった。
皆が皆、一人一人が行動を選択し、持てる能力で最善を尽くす。
結果として、僕たちの頭上を隙間もなく覆い隠してしまうほどの、高層建造物の大質量はぴたりと停止した。
それもほんの一瞬、一秒にも満たないほどの時間が止まり、それを支えるかのようにゼリーにも良く似た金光の塊が視界一杯を埋め尽くす。
時間が止まったわけでもない。
ノウェムが“飛翔”で瓦礫に干渉し、テュルケの“金光の柔壁”もまた柱状に貨車の周囲を取り囲み、そうして奇跡とも言うべき大質量の瞬間遅延を起こした。
「進路クリア。皆様、お疲れさまです」
ブリュンヒルデは冷静に淡々と告げているけど、背後では遠ざかる倒壊音が大瀑布のような轟音を響かせている。
彼女も何とかしようとしていたようで、路面を揺るがす衝撃から身を守っているのは、リシィの光結界と頭上で浮いてドーム状の青光空間を形作る砲盾だ。
ノウェムはへたり込んでいるものの、指先を空に向けくるくると回す不思議な動きをしていて、しばらくすると投擲した【烙く深焔の鉄鎚】が戻って来た。
「みんな、お疲れさま。結局、僕は見ているだけだった」
「はぁ、ふぅ……カイトはそれで良いのよ。貴方の姿を見て、私たちはここまで機敏に対処する術を学んできたのだから」
「リシィさんの言う通りです。カイトさんとの出会いがなかったら、同じ状況に陥っても何もすることが出来ずただ下敷きにされていたと思います」
「そ、そうか……。何にしても、危機一髪の状況を抜け出ることが出来た。みんな、ありがとう」
「くふふ、これは頭を撫でてもらえる功績だと思うの」
「ノウェムさんが撫でててもらえるなら、私も良いですですっ!?」
「ああ、二人とも今のは良くやってくれた。奇跡を見たよ」
「ふにゅにゅ」
「えへへぇ~」
僕は、猫のようにすり寄るノウェムとテュルケの頭を丁寧に撫でた。
大質量を止めるために力を振り絞ったのだろう、先程から頬を赤くして茹でダコのようになっているんだ。これで報いれるならお安い御用。
だけど、進む先では絶えず鋼鉄が打ち合い擦れる音が甲高く響き続けている。窮地を潜り抜けた余韻に浸り続けることは出来ない。
リシィが僕を見て何か言いたげだけど、瞳の夕陽色に少し緑が混じった様子を見て、今ばかりは彼女が何を欲しているのかわかってしまった。
「ぬぅ、槍が拉げてしまった。流石に無茶だったか」
「え? 本当だ……先端に至ってはなくなっていますね」
「それでしたら、私の霊子力槍をお持ちください。ベルク様の“紫電”の伝導効率も良くなるはずです」
「かたじけない。ブリュンヒルデ殿は如何いたす?」
「私には霊子力剣があるので、問題ありません」
「それならば遠慮なくお貸し頂く!」
ベルク師匠は馴染んだものが良いと言うことで、槍だけは自分のものをここまで使っていたけど、結局は盾に続き槍まで神代の装備となった。
『……近い』
一息つく暇もリシィに声をかける間もなく、直ぐ上空哨戒に戻っていたアサギから通信があった。
相変わらず言葉数が少ないけど、黒塔が斜め前方に歩きでも直ぐの距離にまで近づいているから、意味は充分に伝わる。
それと同時に、高層建造物に隔たれて直接は見えないけど、建物の向こう側で大質量同士の戦闘が行われているのはより激しくなる音でもわかった。
そして人々の争う声と剣戟、未だシュティーラの部隊は健在だ。
「対亜種汎用機兵、残存数十六機。中枢内に突入後、スタンドアローンで稼働していたことが消耗を加速させたようです」
「……っ!? 探索者は!?」
「確認出来る動体反応では、突入時と比較し多くが生存しています。被害がないわけではなさそうですが、対亜種汎用機兵が率先して囮となっています」
「そうか……先を急ごう」
対亜種汎用機兵は、シュティーラの本隊とともに総数の三分の二が中枢に突入する手筈となっていた。その数は六十三機、後は各施設制圧、救出、防衛の各部隊に少数が随伴している。
そして、中枢に突入した半数以上が既に破壊されているとなると、シュティーラの部隊はどれほど激しい迎撃に晒されているのか。
探索者は手練ればかり、それも各系統能力の中で最上位の者を含む二千五百人、後詰めとして二百人が突入しているはずなんだ。
それだけの人員で陽動してくれたからこそ、僕たちは難なくここまで辿り着けたけど……その代わりの人的被害はやはり少なくないのだろう。
「カイト、皆も覚悟の上よ。私たちには成さなければならないことがあるの。手助けを考えるよりも、邪龍をどうにかすることこそが最善の結末へと多くを導けるわ」
リシィは何かを察してくれたのか、そう告げると考え込む僕を抱き締めた。
彼女だけではない、サクラとノウェムも、テュルケまで傍に寄り添ってくれる。
わかっている。手助けしたいのは勿論、何を覆してでもと思ってしまうけど、僕たちが本当に成さなければならないことはわかっているんだ。
目前に迫った邪龍の暴挙を止め、必要なら討滅すること。
目標は違えない。ただ、阻まれるのならその時は……。