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第二十八話 灰を抱く者 前編

 ――ッキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン



 ……耳鳴りが止まない。


 何が起きたのかはわからなかった。

 辺りは粉塵で白く染まり、状況を把握することも出来ない。

 茫洋とする意識、明滅する視界、酔ったかのように吐き気も酷い。

 不自然に曲がる右脚が、認識するとともに痛みを増していく。


 それでも、自分が一番大切に思う少女を探す――いない。

 激痛に顔を歪ませ、這いずり探し続ける――どこにもいない。


 何も見えない真っ白な景色の中で、巨大な黒い影が立ち上がった。

 巻き上がる突風により、粉塵が吹き飛ばされ辺りは明瞭さを取り戻す。



「嘘だ……何でだよ……」



 探索者たちが路面に倒れている、瓦礫の下敷きになってしまった者も。

 視線を巡らせると、テュルケが壁に打ちつけられて意識を失い、ベルク教官は山のような体躯を横たえピクリとも動かない。誰も、彼もが、動かない。


 そして……その先には、再び四本脚・・・で威容を晒した“砲狼カノンレイジ”。


 そんなバカな……。“肉”が、切断された脚の代わりをしている。



「ありえない……そんなのは反則だ……」



 砲狼の頭部は半分が削り取られ、神器が斜めに抜けたのか、背中の砲塔も大部分が失われていた。破断した砲塔からは、砲弾と装薬が転がり落ち、それに混じって“遺骸”まで落ちてくる。


 文字通りの“鉄の棺桶”……趣味が悪過ぎる……。


 鼻を突いたのは濃い火薬の匂い。

 まさか……百五十五ミリ榴弾砲を発砲することで神器を逸らした……?

 直撃させる必要はない、発砲の衝撃で自分自身をずらせば(・・・・)良いだけ。



 ……足りなかった。


 情報も、手段も、時間も、知識も、思考も、何もかも。

 及ばなかった、至らなかった、やれると思い上がってのこの結末。

 たまたま一度上手く行ったからと、その次も上手く行くとは限らない。それは、自分自身が一番良くわかっていたはずなのに……。


 砲狼は、ドシャンッと石畳を踏み割る足音を立て、生きているのか既に死んでいるのか、倒れた探索者たちを気にも止めず、踏み潰しながらこちらに近づいてくる。

 この街角で今動いているのは自分一人。そんな僕に狙いを定めたのか、脅威とも思われていないのか、砲狼はただ無防備に歩み寄ってくる。



「来るな、来るな! こっちに来るなっ!!」



 眼前まで来た砲狼は顎を血で濡らし、破壊されたことでより一層異貌となって僕を見下ろす。

 噴き出した黒液が僕の頭を濡らし、火薬と油の酷い悪臭が辺りに充満する。機械の癖に人を食おうとしているのか、耳障りに軋ませた巨大なアギトを開いた。



「止めろ! 止めろーーーーっ!!」



 ――ゴグンッ



 矮小な人の身で止められるはずがなかった。

 無残にも突き出した右腕は飲み込まれ、噛み砕かれ、断たれる。

 血が飛び散り、天を仰いだ砲狼は、『ドロドロドロ』とまるで美味いものでも口にしたかのように喉を鳴らした。



「ああああああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 激痛が全身を駆け巡り、最早どこが痛いのかもわからない。

 上腕から先がない。灼熱、激痛、だと言うのに急激に指先から冷える体。


 逃げ出したい……戦うことも出来ず、このままでは無様になぶり殺しにされる。だけど、折れた右脚では立ち上がることも出来ない、逃げられない、ここで死ぬ。


 ……嫌だ、こんなところで死にたくない。


 まだ僕は何も、思いのひとつも告げずに、終わるなんて――。



「カイト……逃げ……て……」


「……リ……シィ?」



 砲狼から逃げようと這いずった先に、心から大切に思う少女がいた。

 彼女は肩から出血し、広がった生暖かい血溜まりが僕を濡らしていく。



「リシィ……何で……僕が、僕が至らなかったばかりに……」

「違う……カイトの、せいじゃないわ……うっ……」



 苦痛に顔を歪ませる、まだあどけなさの残る少女。

 美しかった金糸の髪は、今は血に濡れ肌に貼りついている

 肩に突き刺さっているのは恐らく建物の瓦礫、抜くことも出来ない。



 ――ドシャンッ



 砲狼が背後に迫る



「逃げ……て、ここは私が……!」



 体を起こすこともままならないだろうに、それでもリシィは僕を逃がすためだけに、砲狼に対峙しようと必死に半身を起こそうとしている。


 こんな状態になっても、彼女の視線は、彼女の瞳の色は、まだ諦めていない。



 高潔で誇り高き龍血の姫、リシィティアレルナ ルン テレイーズ。



 お互い満身創痍で、出来ることなんてもう何もない。

 きっとそれは充分にわかっていて、敵わないとわかっていてもなお、守るべき人々のために最後まで立ち上がる。


 だからか、僕はそんな彼女だからこそ守りたいと思い、同時に惚れてしまったんだ。


 心が折れていた、諦めてしまっていた、逃げ出そうとしていた。

 だけど、今からでも僕は彼女の在り方に報いたい、今再び守りたいと願う。


 覚悟を決めて歯向かうのなら、腕や脚の一本や二本くらいなんだ。

 最愛の彼女と引き替えにして、他にいったい何を望めるのか。


 例え、そう思うことが驕りだとしても、どんな報いもこの身に受けて先に進む。


 なら僕は、僕に出来ることは、ひとつしか、ない……!





「見ているんだろう……“三位一体の偽神”!! 僕は力を欲する、力を寄こせ!! 今直ぐに、この状況を覆す力を……僕に!!」





 もう形振りは構っていられない。

 リシィを守れるのなら、何だって構わない。


 だから、僕に力を与えろ……。


 この状況を、この世界を、何もかもを覆す力(・・・)を……!!





 その瞬間、血溜まりが蠢いた。


 自分のものなのか、リシィのものなのか、もしくは両方か。

 僕の全身を浸す血溜まりが、まるで意思を持つかのように蠢いた。


 身体の中に何かが入ってくる。

 血を通して、意思を翻弄する激流が身体の中で暴れる。

 これは、一体何だ、見たことのない美しい大都市、見たことのない洗練された人々、見たことのない世界中を劫火に沈める戦い、知らない世界。


 これは……記録・・だ……遠い過去、“神代の記録”……。


 強張り、自分の意思ではどうにも出来ない身体は、強制的に空を仰ぎ見た。

 憎らしいほどに清々しい青い空は、充血による赤い視界に染められる。


 意識が――保てない――。

 僕ではない僕が――急速に僕の中に形作られていく――。


 途切れる意識の片隅で――リシィの――声が、聞こえる――。



「カイト……ダ……メ……」





 ――僕は自分の名前があまり好きじゃなかった。


 ――何で“灰”なのかと、何度も何度も、両親に尋ねた。


 ――その度に両親は笑って誤魔化し、教えてはくれなかった。


 ――白でも良かった、黒でも良かった。


 ――赤でも、青でも、黄でも、もっと綺麗な色は沢山あるじゃないか。


 ――何で、“灰”なのかと。


 ――中途半端に何者でもない、濁ったこの色が、僕は好きじゃなかった。

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