第二百六十一話 邪龍封滅する鋼鉄の墓標
――ドゴォオオォォオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!
トンネルを出てまず視界に飛び込んだのは爆発して炎上する戦闘車両だ。
砲塔が車両内部からの衝撃で空高く飛び上がり、車体は軌道から外れて横転し小型墓守を薙ぎ倒しながら斜面を転がり落ちていく。
ひしめき合い、互いを押し退けながら我先にと殺到するのは墓守。
既に統率も何もなく、ただ鋼鉄の濁流となって視界の全てを埋め尽くし、来るものは何もかもを飲み込まんと押し寄せる。
“針蜘蛛”、“豆戦車”、“自立砲塔”、“砲兵”、“従騎士”、“砲狼”、“多脚戦車”、“戦車”、“弩級戦車”、“正騎士”、空には“巨鷲”や“天球馬”。僕が実際に対峙したものから初めて目にした未確認のものまで、ここにはあまりにも多くが存在した。
暴走する機械そのままの様子で、攻撃目標をベンガードたちが乗る二両目に定め、同士討ちを気にすることもなく無数の銃砲が火を噴く。
「ハッ、くダラん! クズ鉄ハクズ鉄ラしく転ガってヤガれ! 【覇獣無尽獄】!!」
ベンガードが吠えると、戦斧は長柄の中央から分かたれ二対の斧刃に変わる。
両の斧刃は柄頭から伸びた青光の鎖で繋がり、獅子はそれがまるで鎖鎌かのように、左手で片方の斧刃を右手で鎖部を持って振り回し始めた。
そして砲弾は遠大な半径で振り回される斧刃で迎撃され、獅子の荒々しさとは裏腹な繊細かつ巧みな武器さばきは、まるで彼自身を表しているかのようだ。
尽きることのない斧刃の乱舞。墓守は次々とただの鉄塊に変えられ、あの間合いの内は相手にする側からしたらまさに地獄だろう。
「無駄、俺、通さない」
「ロー、行くよ!」
ローは防御特化の探索者だ。右手にパイルバンカーを仕込んだ六角盾を持ち、左手には大盾、背には自前の甲羅だから単純な防御力はベルク師匠以上。
甲獣種――広義には水棲種にも含まれる彼は、ヨルカと共に水を必要とする能力を持っているはずだ。
すると、ヨルカが【溟渦水扇】を使って水を引き寄せ、それにローが触れると銃弾の勢いを弱める水膜が形成された。
リシィの光膜のように完全に防ぐことは出来ないようだけど、それでも後は水刃や武器の直接攻撃で弾くことで凌いでいる。
水系能力者が二人いるパーティに、【溟渦水扇】は文字通りの水を得た魚。ここに来て、彼らもまたシュティーラやセオリムさんに比肩する、最高の英雄たる証明を果敢にも示していた。
「キヒッ、キヒヒッ! 核がいっぱいだぁ~、解体する、解体する! キヒヒッ!」
ラッテン、実体を持たない幽幻種――彼の姿は黒い靄に変化し、迫る墓守を一体一体と、時には複数体まとめて自身の体で包んでいる。
あの黒い靄の内では何が行われているのか……。彼が離れると、墓守は脚の多い砲兵だろうとかつて苦戦した砲狼だろうと、あっという間に四肢が切断され達磨にされてしまっていた。
難があるのは、異常に人見知りで内向的なだけ、彼らのパーティではベンガードと並び得る力を持つ一人なのかも知れない。
そして、ティチリカ……。
「なんなノン! なんなノンッ! こんなにいっぱい聞いてないノンッ! ぴゃっ!? ベンガード、右側! 右側! 抜けてる! 抜けてるノンッ!」
「ダマれ! アの中に放り込マれタいカ!?」
「それは嫌ノンーーーーーーッ!!」
やはりただのラブリーファンシー種族だったか……。
「メインフレーム侵入成功、軌道に直接干渉し進路を封牢結界に向けます。カイト様、追従する墓守の迎撃が必要となります」
「わかった、頼む! アサギ、深追いはしなくて良いから僕たちの傍に!」
「……了解」
強化外骨格のバイザーを上げていたアサギは珍しく神妙な表情で頷き、直ぐにスラスターを噴かせて飛び立ち空から僕たちの直掩につく。
だけど、バイザーを閉める前に一瞬だけ見えた瞳の色が、僕には赤みがかっているように見えた。
まさかとは思うけど、アサギもまた時の彼方で龍血を継ぐ者……しかも瞳の色が変わるのは、テレイーズの龍血を受け継いでいるということに……。確かに顔立ちはリシィに似て……いや、彼女の正体については後回しだ。
車両の進む先で軌道の分岐が可動し、僕たちの乗る貨車は左折進路を取る。そのまま直進していたベンガードたちとはここで離れてしまい、混沌の災禍のような墓守の群れの中へと身を投じる彼らの背は遠ざかって行った。
「これ……全てが邪龍を封じ込めるためにあるの……?」
「はい、遠い昔に侵蝕され放棄されてからは錆びつくばかりでしたが、万が一の時を想定し邪龍に飽和攻撃を仕掛けるため建造されたものです」
リシィが中枢内の光景に驚きながらもその様子を口にし、大量の墓守にばかり注目していた僕もようやく周囲の地形に視線を送る。
そこは【重積層迷宮都市ラトレイア】でも何度となく目にした、“鋼鉄の墓標”。
軌道を下り始めた坂の上から望んだ光景は、ドーム型の天井とすり鉢状の基底部を持つ、例えて形容するなら“大深度地下都市”と呼べるものだ。
建ち並ぶ赤錆びた高層ビル群。そのありとあらゆる場所に、大小合わせて数え切れないほど夥しい数の砲塔が、空間の中央に砲口を向け乱立している。
邪龍を封じ込めるためだけに建造された迎撃都市……だけどその全てが今は朽ち果て、これでは少しの衝撃で崩壊してしまうかも知れない……。
そして、数百、数千の砲門に取り囲まれた中央には、光も反射しないただ黒いだけの塔が天井と基底部を繋ぐように高く高くそびえ立っていた。
「邪龍がいるのはあそこか!?」
「封牢結界の“楔”。あの黒塔が未だ健在であれば、まだ邪龍は解き放たれていません。皆様は一度あの内部を下りているはずです」
「あの時の縦穴……! つまりあの下にこそ……!」
――ドゴンッ! ゴガアアアアァァアアァァァァァァァァァァァァッ!!
確かな到達するべき場所を認識したその瞬間、高層ビル群を倒壊させるほどの大爆発が遠く黒塔がそびえる中央付近で起きた。
ベンガードたちの進路は遠回りになる方向だったから、彼らが先に到着することはまずないと言っても良い。
だとすると、可能性はふたつ……。
「ブリュンヒルデ、どうなっている!?」
「観測不可。本機による直接視認が必要となります」
「アサギ、見えるか!?」
『……見える。……阻塞気球と巨兵が戦っている』
アサギは高度を上げ、見た光景を通信機で伝えてきた。
阻塞気球と巨兵が戦っている……間違いない、シュティーラが指揮する本隊だ。それも墓守同士がということは、本来アルテリアの防衛を任せていたはずのアリーがここまで来ているということにもなる。
また阻塞気球を鹵獲し、巨兵に対する己が武器としているんだ。
大人しくしている性格とは思っていなかったけど、難敵の巨兵に対するには確かに特大型の墓守をぶつけたほうが有効だろう。
「カイト殿、追撃が来る! 墓守の数は……数え切れんほど! 主力は牛女神、このままでは荷電粒子砲の直撃を受けかねん!」
「なっ!? 次から次へと……!」
「ふえぇっ、発射態勢に入ってますですっ!」
振り向くと、牛女神を先頭とした墓守の一群が僕たちを追撃していた。
地響きを立て軌道を破壊しながら、追いつかれただけで圧死するほどの鋼鉄の濁流がここでも僕たちに迫って来る。
上空ではアサギが強襲した巨鷲と対し、降り注ぐ迫撃砲弾はテュルケが、こんな状況の中でもひとつひとつを丁寧に“金光の柔壁”で跳ね返している。
墓守の猛追。追い上げながら牛女神は既に腹部を展開し、荷電粒子砲……正確には巡洋艦級霊子力収束砲の発射態勢に移行していた。
これはただでは防げない……。諸元を確認しただけで確証はないけど、個人携行用の霊子力盾やリシィの光結界を用いてしまうと、対消滅による衝撃が周辺一帯を巻き込む被害をもたらす。そのために作られたものだ。
この状況を打開するための方策を導き出すため、思考を加速させる。
だけど、それよりも早く霊子力収束砲は僕たちを捉え青光を放った。