第二百六十話 神滅の戦 我ら臆さず突入す
「しょうがないノン、カイトさんたちは大人しくしてると良いノン」
「おマえもダ。クズ鉄共に取りついてる間に置いてくぞ」
「そそそれは嫌ノンッ! こんなとこに置いてかないでノン~ッ!」
「ティチリカはアタイたちと違って武器がな、この速度でどうやって近接するさね」
「ななっ、投げるノンッ! ノミは次元収納にいっぱい入ってるノンッ!」
「懲りないさね……」
「ティチリカは戦わずとも、モフモフ癒し系であれば良いんじゃないか?」
「カッ!? カイトさんまで何を言い出すノンッ!?」
彼女はどこからどう見てもラブリーファンシー種族だ、本心以上の他意はない。
そんなティチリカのあわあわと慌てふためく様を横目に、僕は面倒だと言いたげな眼差しでこちらに視線を向けるベンガードを見た。
ベルク師匠の話から元は頼れる戦士だったそうだから、父さんと母さんを知っていることからも、その表情の真意は何となく窺い知ることが出来る。
彼が「くダラん」と言いながらそれでも手を貸してくれるのは、もしかしたら僕の両親に対する罪悪感を未だ感じているからなのかも知れないんだ。
獅子は語らない。
だけど、その傷痕の残る瞳はまるで謝罪するかのように僕を見ていた。
「わかった、今は頼らせて欲しい。ベンガード、道を切り開いてくれ」
「ハッ、くダラん。ヨルカ、ラッテン、ロー、嫌とハ言ワせん。ついて来い」
「おうさ! 行くよラッテン、いつまでも気配を殺してるんじゃないさね!」
「わ、わかってる……キヒッ……ボクだって……やる時……やる……」
「了解、した。汚名を返上する機会、ありがたし」
「うわーんっ! 待ってノンッ! ティも役に立つノン~ッ!」
ベンガードは貨車に戻り、不機嫌そうな表情のままのそりと屋根に上って行く。続いてロー、ヨルカ、ラッテン、ティチリカが後に続き、軌道車両の天井を踏む足音が車内にもゴンゴンッと響いてきた。
今はリシィの光結界がなく、もろに風の影響を受ける屋根の上で、彼らは僕たちを先に進ませるため自ら体を張ろうとするんだ。
僕も、僕たちも彼らに報いて望むべき結末まで突き進みたい。
「ブリュンヒルデ、車両を切り離せるか? 自走させて戦闘車両を囮に二両目のベンガードたちが付け入る隙を作る。僕たちは最後尾の貨車に移り、何としてでも封牢結界にまで辿り着く」
「可能です。待ち構える墓守の総数が把握出来ない以上、成功確率は出せませんが。それでも構いませんか?」
「確率は所詮確率、可能性はどこまでいっても可能性だ。僕たちが覆さなければならないのは世界そのもののような相手、ここで臆病風に吹かれるつもりはないよ」
「そうと決まれば話は早いわ。私たちはガーモッド卿のところに移動しましょう」
「はいですです! 姫さま、今度は私のやわらかクッションも防御に使いますです!」
「ええ、お願いね。ガーモッド卿も頼りにして私は攻撃に専念するわ」
「私も防御でしょうか、鉄鎚を投擲するわけにはいきませんよね……」
「ふむ? サクラ、我の能力で鉄鎚に干渉しよう。戻すことが出来れば、火砲に負けず劣らずの攻撃手段となるやも知れぬからな」
「あっ、それは良いですね! ノウェムさん、お願いします!」
「アウー! 干し肉うまうまうー! もぐもぐむぐむぐごっくん」
「……航空支援は私が」
差し迫る次の方策を決めたところで、皆の役割が決まってしまった。
頼もしい仲間たち、彼らに背を預けることが出来るのは幸せなことだ。
僕たちも直ぐベルク師匠のいる貨車に移動し、彼にも状況を説明する。
「うむ、承知した。では某がしんがりを務めよう。追撃を退け、如何な砲弾も通しはせん。ブリュンヒルデ殿、先駆けは任せたぞ」
「承知しました。この盾もベルク様の霊子力盾と同じものです」
「ベルク師匠、別に退却戦ではないので無茶はしないでください」
「カカッ、それもまた承知! 某にはまだ、崩落した迷宮より友を地上まで連れ帰る役目がある。カイト殿、『死んで花見が咲くものか』であろう? カカカッ!」
「ですね。それ、気に入ったんですか?」
「然り! おめおめと生き恥を晒した某が、これから咲く花を見たいと願った。ここにはベンガードもいる、なれば我が紫電雷槍、神鳴るものぞ!」
「ははっ、頼りになります!」
ベルク師匠がその巨体を震わせ、貨車の最後尾に陣取った。
貨車には天井がなく荷台だけで、前後左右の壁は膝の高さほどしかない。
防御も自分たちで行わなければならないけど、だからこそ全方位を余すところなく警戒することが出来、万が一の奇襲にも直ぐ対応が可能。
配置は、先頭からブリュンヒルデ、テュルケ、リシィ、僕、ノウェム、サクラ、アディーテ、ベルク師匠。まだ乗っているけど、アサギはトンネルから出たところで飛び上がり、空からの近接航空支援を行う。
視線を上げると、二両目の車上からティチリカがのんきに手を振っているけど、マスコット的な彼女が血に塗れる姿は何があろうと見たくはない。
ベルク師匠と共に仲間を失う後悔を知るベンガードなら、きっと誰一人として失うことなく生還してくれるはず。だからこそ僕は頷いたんだ。
「中枢突入まで残り三分、私の観測もここまでとなります」
「ブリュンヒルデ、ありがとう。ここからは臨機応変に対処するさ」
「マイマスター」
「うん? 僕はいつからマスターに……」
「マスターはマスターです、カイト様。これより車両の連結を解除、アルテリアの管制からも外れるため、この貨車以外はプログラムによる自動運転となります」
「ああ、それは仕方がない。時間もないからやってくれ」
ガキョン、ガキョン、と二箇所から音が鳴り、切り離された各車両は先頭から速度を上げ始めた。二両目も速度を上げ、ベンガードたちの背が遠ざかって行く。
こちらを見て、相変わらず手を振っているのは最後尾のティチリカのみ。
風防代わりの二両目が離れたことで風の流れが変わり、僕たちは体が少し押され気味になったため、姿勢を屈めて無駄な消耗を避けることとした。
立ったままなのはブリュンヒルデだけで、彼女はそのままの直立姿勢で風を受け更には全身から青光を放ち始めている。
「タイプヴァルキリー“ブリュンヒルデ”、これより戦闘態勢に移行します。全ての管制から独立、戦術データリンク再起動。守護対象の完全保護を第一、殲滅対象への攻撃を第二とし、優先任務を設定。“輝閃の灰馬”起動」
ブリュンヒルデの髪色が変わる。元の濃い金髪から、毛先へと流れるにつれて青に変わる美しいグラデーションに。背中……いや、腰の辺りからはノウェムのものよりも大きな光翼が生え、青光の粒子を散らす。
その姿はまさに神話上で幾度となく語り継がれた“戦乙女”だ。振り向いた彼女は光翼が後光となり、女神の似姿としてその姿を輝かせる。
そうして、青光の戦乙女は槍と盾を体の前で構え僕たちの前で跪いた。
「これよりは神滅の戦。私は我が主の先駆けとなり、襲い来る全てを退けることをこの槍と盾、そして“全能”として創造されたプログラムに誓います」
その瞬間、トンネルの先を行く戦闘車両が主砲を放った。
反響する砲音は断続し、それと同時にくぐもった爆発音も聞こえてくる。
最後尾から出口はまだ遠く、それでも外からの光は確実に強くなっている。
「ブリュンヒルデ……いや、アシュリーンも僕たちとルテリアに帰るんだ。間違っても変な気は起こさないで欲しい。代えが利く素体だとしても、大事にな」
「了解しました。私にはアルテリアの大気圏再突入から、皆様を一人も残さず地上に送り届ける重要な任務が残されていますから、誓います」
「ああ、頼む。約束だ」
砲音が加速し遠ざかって行く中で、ベンガードたちの乗る二両目もトンネルの出口から光の中へと消えて行く。
「残り一分となります」
最終決戦を目前に控え、リシィが振り向いて僕の目と鼻の先に顔を近づけた。
彼女の不意の行動に、突然視界一杯を埋めた可憐な美貌に僕の心臓まで加速し、速鳴る鼓動は全身に血流を巡らせていく。
一瞬、内心では口付けでもされるのかと願望が漏れたけど、リシィの表情は真剣そのもの、その瞳は光を放って僕を強い意志で見詰める黄金色。
彼女の感情を司る瞳色の中で意志の強さを表す銀ともまた違う、僕が夕陽色以上に鮮烈で最も美しいと感じ入る、そんな色だ。
この黄金色は、いったい彼女のどんな心を映し出しているのか。
「カイト、貴方もよ」
「え、何が?」
「何度も言うけれど、皆一緒に帰るの! カイトも絶対に、絶対の絶対に、違えたら許さないんだからっ! だ、だから、覚悟して進みなさいっ!」
ズズイと更に顔を寄せるリシィの剣幕と、自身の彼女に触れたいと願う情欲に押されて思わず視線を巡らすと、他の皆も真剣な表情で頷いていた。
僕は再びリシィに視線を戻し、そんな彼女の想いに答える。
「わかっ……」
当然だ、違えるつもりもない誓い、願い。
だけど、不条理なこの世界はそんな答えすら告げさせまいとするように、僕たちを【天上の揺籃】の中枢に押し出してしまった。