第二百五十九話 水刃の乱舞
僕もヨルカの後を追って上部ハッチから身を乗り出す。
車外は吹き抜ける風と爆風が荒れ狂い、銃砲弾まで飛び交う戦場だ。
そんな中を軌道車両は針蜘蛛を轢き潰しながら滑走し、ヨルカもまた怯むこともなく屋根の上で仁王立ちしていた。
翻るマリンブルーの髪と女海賊船長の異装、手に持つのは大剣のようで平たい鈍器にも見え、剣身を青く鮮やかに染め上げる紋様は見覚えがある。
トゥーチャの【凄い爆発反応装甲】の裏地と同じ、この大剣も【神代遺物】。
「軍師! アタイだってやる時はやる女さね! 見てておくれよ!」
風切り音とともに正面から迫った砲弾をリシィの光結界が防いだ。
爆風が軌道車両の前面を完全に覆う金光の表面を流れ、爆音だけが耳朶を叩いて幾度となくキィィィンという耳鳴りを残していく。
そして進路上には大量の墓守。長い直線を守護騎士がこちらに向かって突進し、その後ろで多脚戦車が絶え間なく発砲している。
軌道車両の速射砲も連続で発砲するも、砲弾の半数以上が守護騎士の大盾で防がれ、このままでは殲滅する前に衝突してしまうことは確実。
「アサギは守護騎士の盾と地面の隙間に見える脚を狙え! アシュリーンは盾が下がった瞬間に頭部を撃ち抜け!」
「きたきたきたきたきたきたーーーーーーーーっ!!」
「ヨルカ、やるならやれ! 突っ込むぞ!?」
そうして互いに数百メートル離れていた距離は、銃砲弾が飛び交う中を僅かな時間で目と鼻の先にまで縮まった。
「魅せてやんよっ、海の女の意地ってやつをっ!!」
その瞬間、ヨルカの筋肉質な両腕ごと大剣が霞んで消えた。
いや、消えたわけではない。神器の恩恵があってようやく見えるほどの速度で、身の丈ほどもある大剣を縦横無尽に振り回しているんだ。
彼女の腕の振りと同時に、僕の頬まで冷たく濡らすのは“水”。
“水刃”――トンネル内を所構わず切り裂いているのは、ヨルカの能力と聞いていた水流による刃だ。どれほどの切れ味があるのか、触れた傍からありとあらゆるものをズタボロの残骸に変えてしまっている。
あの【神代遺物】は水を生成することが出来るのか……?
――ゴガンッ!! ガガッガリガリガリガリガリガリギィイイィィィィィィィィッ!!
「きゃんっ!?」
「おわっ!?」
続いて軌道車両を突き上げる衝撃が襲った。水刃で切り裂いたところで、残骸が車両にぶつかれば大なり小なり震動として伝わってしまうのは当然のことだろう。
そうして攻撃の有効性を確認する間もなく、僕は衝撃でよろめいたヨルカに押される形で車内に戻されることとなった。
梯子から落ち頭を打って視界が明滅するも、強打した背中とは裏腹に、彼女の伸し掛かる側は張りがありながらもとても柔らかい。
だけど堪能している場合ではない、車外からは鉄を擦る嫌な雑音と未だに砲音が止むことなく聞こえているから。
僕は天井のハッチを指差し、ここにいるもう一人の水棲種を見た。
「いてて……アディーテ、水分はたっぷりある。出口まで穴を空けてくれ……!」
「アウッ!? アウーッ!!」
擬音にしたらまさしく“シュバッ”だろう。アディーテは梯子を使うことなく上部ハッチから勢い良く跳び出して行き、「アウーッ!」の掛け声とともに押し寄せる大津波と錯覚してしまうほどの水音が響いた。
こんなトンネル内で大量の水分を確保出来るのなら、彼女の“穿孔”によって内部全域をシュレッダー状態にすることも可能だろう。
水系能力者が使う固有能力は、ゲームで良くある“癒やし”の印象とは裏腹に、この時代では攻撃的すぎて敵に回したくない能力の最たるものだな……。
「障害排除、進路オールクリア。【天上の揺籃】中枢到達まで十四分」
「はっはー、どうだい軍師! 汚名返上のため、別れた後で【神代遺物】を血眼になって探したのさ! 迷宮下層は未だ遺物の宝庫さね!」
「いや、驚いたよ。今のが“水刃”なんだな」
ヨルカが得意満面に、大剣を見せびらかすよう肩に担ぎながら言った。
彼女の髪色と同じ、マリンブルーの紋様を描く剣身が淡く青光を発している。
「やっぱり【神代遺物】なんだな、水を生成する剣か?」
「【溟渦水扇】、剣ではなく扇です」
「「えっ!?」」
ブリュンヒルデの不意の解答に、僕とヨルカが同時に驚いた。
近づいたブリュンヒルデが柄の部分に触れると、大剣かもしくは鈍器と見紛う【神代遺物】が展開し、向こうが透けて見えるほどに薄い人大の扇となってしまった。
やはり【神代遺物】とは、所有者がその機能の全てを理解し使用しているわけではないんだ……。まあ説明書があるわけではないだろうし……。
「南国の鮮やかな海の色のようだわ」
「覚えてますです! 姫さまと始めて乗ったお船で見ましたですです!」
「リシィとテュルケの国は海の向こうなのか……。ブリュンヒルデ、似たような機能を持つ【神代遺物】が途中にあったりしないか? アディーテにもあると便利だなと」
「【溟渦水扇】はリシィ様の黒杖と同じく、この場合は“水”に対する指向性付与となります。ヨルカ様の固有能力を上手く支援するものでしかありません」
「そ、そうなのか……」
「カイト様がお求めの“水生成”ともなると、この時代では特級遺物、試製神器の類となります。所在は失われて久しく、それこそ廃塔アルスナルの【極光の世界樹】に保管されていると推測されます。あの中は私も観測不可ですので」
「ダメか……。付近にあればと思ったけど、そこまで都合は良くないよな」
ヨルカは改めて手に持つ遺物を眺め、リシィとテュルケ、サクラやノウェムまで興味津々とその美しく透ける海色の大扇を観察していた。
「アウゥ~、お腹空いたぁ~」
「アディーテ、お疲れさま。干し肉ならあるよ」
「アウーッ! カトーいいやつー!」
程なく車内に戻って来たアディーテはずぶ濡れだ。
それだけ水分が多かったのだろうけど、濡れて煌めく褐色の肌ほど艶めかしいものはない。元々パーティの中では肌の露出が多い彼女なだけに、無防備に腕を伸ばして無邪気な抱擁をしてくるのは勘弁して欲しい。
だけどここは敵地だ、束の間もなく顔を進行方向に向けたブリュンヒルデに僕は直ぐ気が付いた。
「ブリュンヒルデ、また墓守か?」
「そうとも言えますが、違います。シュティーラ様の部隊が乗る軌道車両が中枢に突入。墓守と接敵後、最後の状態が脱線です。以降の観測不可」
「なっ!?」
「シュティーラが!? 皆は大丈夫なの!?」
「わかりません。観測不可です」
「そんな……私たちも急いで救援にっ!」
「リシィ、大丈夫だ。あのシュティーラが、脱線くらいでどうにかなるわけがない」
「そ、そうよね……けれど急ぎましょう。ブリュンヒルデ、お願い」
「最高速度を維持します。到達まで残り九分」
シュティーラが率いる部隊はこちらよりも人数が多い。
僕たちと合流し対邪龍の本隊となる精鋭だから、例え大量の墓守に襲われようと軌道車両が脱線しようとも、それで全滅してしまうほど柔ではない。
サクラと並び立つ、世界でも有数の最高戦力の一人が真紅の皇女、シュティーラ サークロウスだ。何をもってして彼女を亡き者と出来るのか。
現状を聞き皆の顔色が変わる中、後部扉からベンガードが顔を覗かせた。
「小僧! 忌々しい鉄と油の腐臭ガ増してヤガる! 今カラ備えナけれバ死ぬぞ!」
「なんだって!? ブリュンヒルデ!?」
「中枢内は観測不可。シュティーラ様には同意の上で陽動となっていただきましたが、それでも全ての墓守を引きつけることは無理なようです」
「陽動……!? 聞いていないぞ!?」
「申し訳ありません。シュティーラ様の意向でもあります」
情報伝達の差もあり、ブリュンヒルデの優秀さに頼り過ぎたか……。
それでも、中枢内がどうなっているのか観測出来ないのなら、流動的に個々が状況判断をしなければならなかった。
結局、待ち伏せがあると確定した状況でも、僕たちは途中で止まるわけにはいかないんだ。
「リシィ、余力はあるか?」
「大丈夫よ。進めば進むほどに神力が濃くなるの。疲労もないわ」
「良し、軌道車両自体を槍にしてしまおう。【天上の揺籃】を中心まで貫くんだ」
「待て。おマえラハ余力を少しでも残しておけ。俺タちガヤる」
「ベンガード!?」
「ハッ、俺をナんダと思ってヤガる。“覇獣”をナめるナ、小僧!」