第二百五十七話 合流 軌道車両駅到達
程なくして僕たちは再び【天上の揺籃】を進み始めた。
「ベンガードはてっきりルテリアに残ったものと思っていたけど、乗り込んでくれていたんだな」
「ハッ、墓守を寄越しヤガッタ奴ガ気に入ラんダけダ、手助けするつもりハナい。勘違いするナ」
「ティチリカたちも来ているのか?」
「はい、途中までは一緒でした。今はノウェムさんたちとこちらに向かっているはずです」
「そうか、それは頼もしいな。助かったよ、ベンガード」
「ハッ、くダラん」
ベンガードは相変わらずだ。今も先行しながら、時折現れる小型墓守を「ハッ、相手にナラん」と一人で粉砕している。
彼には彼の思うところがあり、何だかんだと助けてくれるようなので、深く詮索しないでお礼だけを言っておこう。
それにしても、内部ではもっと猛攻があると想定していただけに、今は少しの間だけでも緩やかに進めるのがありがたかった。
「ブリュンヒルデ、墓守はやはり中枢に集中しているのか?」
「外縁区画には敵性戦力のニパーセントしか存在しません。誘導し隔壁も閉じていますので、私たちは最低限の遭遇で済むはずです。作戦進行全体では、管制室に向かった部隊が大規模な敵性戦力と遭遇し戦闘中です」
「セオリムさんたちか……大丈夫だよな?」
「問題ありません。戦闘終了まで二十三分と推定」
「ブリュンヒルデはそんなことまでわかるのね……」
「今は【天上の揺籃】のシステムに接続されていますので、私はスタンドアローンから比較して三十六倍に拡張されたネットワークとして存在します。演算速度は二万五千三百倍、不可能を可能とするために不足はありません」
「……?????」
今の話を聞いてリシィもサクラも困惑した表情を浮かべた。
そんな、誰の常識からも外れる機能を持つアシュリーンがいなかったら、僕たちは確実にここまで到達することも出来なかっただろう。
彼女もまた神代が、かつての地球人類が生み出した遺物……それを考えると、やはりあらゆるものが使い方次第なんだ。
物事の表と裏、光と闇、正否を求められた時に僕は果たして良いほうを選べるだろうか。ブレイフマンの一件で何が正しいことなのか少し自信がないけど、それでも自分自身が下した決断は間違いだったとも思わない。
優先順位は間違えない。僕は何より、リシィやサクラ、仲間たちが大切だから。
それが例え偽善だったとしても、平穏からも遠ざかってしまったとしても。
そうして残骸を乗り越えしばらく進んでいると、どこからかゴウンッと大きな音が聞こえ、これまで消えていた電光掲示板などにも明かりが灯った。
「ライフシステム復旧。軌道車両始動、軌道確保、中枢までのアクセスが可能となります。最寄り駅に合流地点を再設定します」
「本当にアシュリーン様様だ……。いてくれて良かった」
「ありがとうございます。私は心を持たないシステムに過ぎませんが、皆様に頼ることを快くは思っていません。一連の事態収束まで、持てる機能の全てを役立てることがシステム全体の総意です」
「そんなところは不思議と人間味があるよな……」
アシュリーンは人工知能ではなく、誰かの複製知能なのかも知れないな。
元となる人が存在し、デジタルで人格を複製された元人間……。遥か未来で完全なデジタル生命が創造された可能性はあるけど……何にしても、淡々とした中にもどこか親しみがあるのはとても付き合いやすい。
そうしている間にも、先頭を進むブリュンヒルデが人大の扉の前に到着した。
「これより接続区画です。軌道車両ステーションまでは二キロの距離、ここからは隔離した人用の通路を進みますので戦闘を回避することが可能です」
「拍子抜けだわ。えと……とらむすてぇしょん?の先から、戦闘が激化すると思って備えれば良いのかしら?」
「具体的には乗っている最中からです。途中の隔壁が稼働しないため、六十八パーセントの確立で迎撃が必要となります」
「え、それこそ動く棺桶じゃないのか……?」
「歩きでは日数がかかります。管制を奪還される可能性が少なからずあることから、多少の強行は致し方なしと申し上げます。車両は軌道装甲車の類となりますので、予測演算が“可能”と判断しました」
「そうか……気を引き締めて進むしかないな」
「ええ、もう直ぐ皆と合流も出来るのだもの、臆すことはないわ」
「ベルクさんが“霊子力盾”なるものをお借りしていて、『更なる守護奮戦は某にお任せを』と仰っていましたよ」
「それは是非とも頼りにしたいところだ……!」
僕たちはブリュンヒルデに先導され、瓦礫に埋もれた通路から再び人用の通路に足を踏み入れた。
ライフシステムが復旧したらしいけど、通路の明るさは変わらず薄暗いまま。
所々に設置された電光掲示板の周囲だけが明るく照らされ、そこには英語で駅の方向や距離、稼働状況などがしっかりと映し出されている。
こうして実際に知る文字を目の当たりにすると、今が僕のいた世界と同じ時間軸上に存在することを否応なしに実感してしまう。
それに、あまり気持ちの良いものでもない。いや、今が未来だからではなく、ゲームでも映画でもこの手の人の気配が途絶えた構造物では、異形存在と遭遇することがある種のセオリーだからだ。
まあここでは墓守だから、その正体はわかっている……。
―――
体感的にも時間的にも二キロを進んだところで、僕たちは駅の構内に出た。
駅はオービタルリングから脱落し長い時間を使われていなかったせいか、今まで通って来た通路以上に経年劣化が酷い。ほぼ全域が赤錆に侵蝕され、水や油が滴る箇所は固まり鍾乳石を形成してしまっているんだ。
今もどこかで流れる水音が不気味さを演出し、こうして更に時間が経ってしまえばいずれは完全な洞窟となってしまうのかも知れない。
「軌道も酷く錆びているように見えるけど……?」
「接地走行は不可能ですが、軌道車両は霊子力浮上式のため問題ありません。試験運転も済ませてあります」
「良かった……」
「主様ーーーーっ!!」
「あごっ!?」
駅のホームから軌道を確認していたところ、ノウェムが突然どこからともなく飛びついて来た。
それも顔を上げた瞬間だったので、彼女の頭が僕の顎にクリーンヒットし、仰け反るように二人もつれて倒れ込む羽目になってしまったんだ。
ノウェムは直ぐに体を起こし、今にも泣き出しそうな表情で僕の体を弄っている。
ブリュンヒルデがブレイフマンに遭遇した時のことを実況中継していたから、当然彼女も見ていて色々と心配してくれたのだろう。
離れてまだ一日と経っていないけど、出撃から激戦を越えて以来だ。
「痛いところはっ!? 怪我はないっ!? 会いたかったのっ!!」
「ノ、ノウェム、僕は大丈夫だよ。むしろ今の突進が一番効いたよ……」
「うぐぅ、ごめんなさい……主様の姿を見つけて……それで……」
「うん、ありがとう。心配かけた」
「えへぇ……」
ノウェムの頭にポンと手をやると、彼女は柔らかく微笑んだ。安心したのだろう。
「姫さまーっ! ご無事ですですですっ!?」
「テュルケ、私は大丈夫よ。ここまでご苦労さま」
リシィのほうも倒れこそしていないけど、テュルケに抱き着かれ似たような状況だ。
視線を巡らすと、軌道車両の軌道は往復分の二車線があり、僕たちがいる側とは反対のホームに良く知る皆の姿を確認することが出来た。
連絡通路が近くにあるけど、皆は少しの遠回りをすることもなくホーム間を飛び越えてこちらにやって来る。
そうしてノウェムとテュルケに続きベルク師匠とアディーテ、それにティチリカたちベンガードのパーティが程なくして周囲に集まった。
「カイト殿! 姫君! 信奉者と聞き肝を冷やした! 無事であられるか!」
「アウー! カトー、リシー、無事であられるかー!」
「二人とも、見ての通り僕たちは掠り傷のひとつもありません。大丈夫」
「カイトさんは相変わらずなノン~、良かったノン~」
「軍師、無事だったかい。アタイたちが助太刀に来たさね」
「軍師クサカ、久しい」
「……」
「ティチリカとヨルカ、ローとラッテンも久し振り。助かるよ」
彼女たちも相変わらずのようだ。特にラッテンはローの陰に隠れていて、しばらく行動を共にしたにも関わらず未だ僕たちには慣れていない。
目が合うと一応は頭を下げるので、知人程度には認識してくれているようだ。
何にしても仲間たちとの再会は、【天上の揺籃】の中にいてこれ以上ないほどに頼もしく感じられる。
「ブリュンヒルデ、シュティーラの本隊は順調に進んでいるか?」
「問題ありません。既に別区画の軌道車両に先行して乗り込みました。合流は中枢内、封牢結界に到達する直前となります」
「良し、僕たちも進もう。ここからが正念場だ!」