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第二百五十六話 ただ許さず

 ◆◆◆




 リシィの神唱により、僕の右手に【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツェ】が顕現する。


 そもそもが、ブレイフマンはその“複製”能力の特性において死に難いだけで、戦闘能力は地球人類の枠を越えることのない相手だ。

 奴の異常性に飲まれ、そんなことにも気がつかなかっただなんて、人を相手とした戦いの経験が足りなかった。ブリュンヒルデにたしなめられるわけだ。


 目の前ではアサギとベンガード、ブリュンヒルデも加わってブレイフマンの逃げ道を遮り、次々とサクラが焼いて……いや、消失・・させている。

 それはまるで霧を払うように淡々と行われ、サクラの心にこそ負担がかかっているのではないだろうか……。


 そして、リシィが僕の右手の上から緋剣を握り、考えていることまで理解してくれたのか、こちらを見て小さく頷いた。



「ブレイフマン! ここでおまえを討つ!!」



 僕はリシィを左腕に抱えて床を蹴り、逃げるブレイフマンに対しても躊躇せず緋剣で袈裟斬りにする。

 だけど、対象の過去の全てを見せ、その中から原因となる事象を探り当てる緋剣の力をもってしても、この時は曖昧な輪郭しか見えなかった。


 世界にとっての存在そのものまで分割されているのか、アシュリーンがサクラとベンガードを呼び寄せたのは、先に数を減らしてその密度を元に戻すためと推察する。


 それを行う負担は、物理的にも精神的にも確かに重い。



「カイト、サクラにばかり背負わせるわけにはいかないわ。【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツェ】の力をもって、私たちも【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】と同じことをするの」


「ああ、僕も同じことを考えていた。人を手にかける感触を、サクラ一人に押しつけるつもりはない。掃討に加わる」



 既に半分まで数を減らしたブレイフマンに、僕たちは改めて向かい合う。


 残る数は二十人と少し。恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出す先から行く手を遮られている奴らを、この場から一人も逃すつもりはない。



「イヒャアッ! 小僧っ、俺を殺そうってのかっ! この人殺しがっ!」


「自分のことを棚に上げる輩の常套文句だな。正義を語るつもりなんてない、おまえはリシィに銃口を向け、未だサクラの心を傷つけている。僕にとってのおまえを裁く理由は、至極自分本位なものだ」


「イハッ! いいぞぉ、その身勝手さ。目的のためなら殺しも正当化する意思、キサマはむしろ俺たち(・・・)寄りの人間だなぁ……イッ!? やめっ、ギヒャアァッ!!」



 今、緋剣で斬って消したのは、一人目の上半身だったブレイフマン。


 唯一マカロフ拳銃を持っていた男、それが最初だったかどうかは今更考えても仕方がないことだ。


 狂人グリゴリー ブレイフマン、既に始まりも終わりもない、一人の男だ。



「ブリュンヒルデ、【天上の揺籃(アルスガル)】の中を入念に調査は可能か? まだどこかに、大量のブレイフマンがいる可能性は?」


「現在、【天上の揺籃(アルスガル)】の制御領域は六十三パーセントに及び、近隣区画の監視網には捉えていません。声紋、脈拍などによる分析では、嘘をついている確率は四パーセント。何にせよ、始まり(・・・)を断ち切ってしまえば全てが消えることとなります」


「そうか……。なら後は目の前の存在をまとめるまでか……」

「やめろっ! 降参するっ! もうキサマらには手を出さないっ、イハッ!」


「ダメだ、緋剣の力で過去を見た。おまえは命乞いをする相手にも、ただ平穏に暮らしていただけの何の罪のない家庭にまで押し入り、そうして『イハハッ』と笑いながら引き金を引いた。今も最後に笑っただろ?」


「イッ……ヒギィッ!!」



 最早これではどちらが悪者かもわからない。

 僕に背を預け、右腕を重ねるリシィの表情は見えない。


 一方的に、逃げ場もない瓦礫に埋もれた通路で、狩人が獲物を追い詰めていくかのように、これまで狩る側だった人間が狩られていく。


 喉が渇く、ヒリヒリと痛む、こんなことには慣れたくもない。



 ――ドオォンッ!!



 そうして、暗い通路を一際明るく照らす爆炎とともに火の粉が散った。


 結局、僕とリシィが三人斬ったところでサクラが始末をつけてしまったんだ。

 彼女は舞い散る火の粉の中でやはり暗いだけの天井を仰ぎ、それでも油断なく最後の一人に槍鎚の先端を押し当てている。


 来訪者とは、地球人類とは、こうまでして脆く儚い存在だ。今の時代の人々と比べたら、強化外骨格パワードエクソスケルトン対亜神種用装甲機兵ヴァンガードに頼ってようやく対等、力なく圧倒されてしまう弱者だということを忘れてはならない。



「サクラ、ありがとう。後は僕が」

「はい、お気を付けください。この者の目は未だ狂気に満ちています」



 僕とリシィは残骸の上で膝をついたブレイフマンの前に立つ。



「イハハッ! 俺もついに死ぬ側に回るか! まさか再生する間もなく消えるなんざ、俺たちは誰も考えなかった! イハッ、全員が俺だ、忠告する奴なんざ一人もいるわけがねぇっ! イハハハハッ! ああ、死足りねぇ……」



 返す言葉もかける言葉もない、狂人の最後は狂人に相応しく、誰にも祈られず誰にも看取られず、ここで人知れず消えてしまえば良い。



「カイト、背負うのは貴方一人だけではないわ。決着をつけましょう」


「ああ……」



 僕とリシィは緋剣を振り上げ、躊躇わずに最後の一人に刃を落とした。



 ――炎と燃える赤光の中に見えるのは、ブレイフマンのこれまでの生涯。


 始まりこそ、幸せな家庭に生まれたかのように見える。だけど、どこで運命の歯車が狂ったのか。

 少年は青年となる過程で快楽殺人鬼として目覚め、親殺しからマフィアの暗殺者になるまで、まともな道徳を外れた享楽のみを追求する存在となってしまった。


 それが何で、いったどんな意味をもってこの世界に召喚されたのか。

 その存在通り、邪龍にとっての邪魔となる存在を排除する、ただそれだけのためにこの男は招かれたのかも知れない。


 だけどブレイフマンは、舵取りも出来ないほどに狂っていたんだ――。





「カイトさん……リシィさん……」



 サクラが項垂れる僕とリシィの傍に寄り添う。



「ハッ、くダラん。小僧ハ小僧ラしく、綺麗事ダけを気取ってヤガれ」



 ベンガードが背を向けたまま悪態を吐く。



「……」



 アサギの表情はわからない、ただ静かにこちらを向いている。



「僕は弱いな。あいつを許すことが出来なかった」



 最初のうちは、赤子に戻して人生をやり直させるつもりでいた。


 だけど、ブレイフマンの過去を見て、奴が振り回した血に濡れたマカロフを見て、因果を断ち切ったところで還らない三桁にも及ぶ犠牲者を思い、決断を下した。


 存在の抹消――影響するのは本人だけ、既に失われたものは還らない。


 生きながら罪を償うこともひとつの罰だけど、僕は自分のエゴでそれすらも許さなかったんだ。



「人類種性格統計と犯罪データベースによるプロファイリングから、ブレイフマンは今後確実に障害となることは明確です。野放しにしたところで、知らぬ場所で犠牲を増やすだけでしょう。カイト様、リシィ様、賢明な判断です」



 ブリュンヒルデがAIらしく酷く論理的な励まし方をした。



「大丈夫だよ。戦いとは言わば生存競争だ。今までは墓守が相手だったからその認識が薄かったけど、甘い考えではこれから足元を掬われる事態に陥りかねない」



 僕はリシィの腰を抱く左手を離し、広げた掌に視線を落とした。

 リシィもサクラも、そんな様子の僕の手を追うように視線を動かす。


 最初の時は手が血で濡れた幻視をしたけど、今はそんなこともないようだ。



「うん、大丈夫だ。これが正しい道理とは思わないけど、それでも僕は自分の意思で折り合いをつけてこの先も進む」


「カイト……貴方の前向きさには私も救われるわ。そうよね、綺麗事ばかりではどうしたところで成せないこともある。ひとつの教訓かしら、邪龍と対する前に格段上の覚悟が出来たわ」

「それでも、気持ちは重くなりますね……。覚悟は出来ても、そう何度も経験したいこととも思えません。あの、カイトさん……少しだけ、頭を撫でてもらっても構いませんか……?」



 誰もがそんなことをしている状況ではないとわかっているのだろう。


 だけど、ほんの少しの行動が前に進むための支えとなるのなら、僕もまた彼女たちの願いに応えたい。


 しばらくの間、僕はどこか悲しげな二人の少女の頭を撫でた。

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