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第二百五十三話 愚者にして狂人 再来する後悔

 僕たちはメンテナンスベイから出て【天上の揺籃(アルスガル)】の通路を進み始めた。

 ブリュンヒルデが先導し、隊列中央を僕とリシィ、最後尾はアサギが追従する。



『通信試験を行います』「問題ありません」



 最初は耳に直接聞こえ、途中からブリュンヒルデの喋りに変わった。

 内部でアルテリアとの通信が出来るかどうかの試験。結局は通信もブリュンヒルデも、アシュリーンが一人で喋っていることに変わりはない。


 通信機は出航前に注射器で耳の裏に埋め込まれた。

 大きさは髪の毛の太さの数十分の一と、触れたところで感触もない。

 流石に全員分は用意も施術も出来なかったようで、指揮を任された人が優先的に埋め込まれ、アルテリアを介しての相互通信も可能な代物となっている。


 神代の……というか、僕のいた時代でも既にインプラント技術は実用化していたから、遥か未来のものなら更に確立された技術なのだろう。



「隔壁開きます。直ぐの通路を右折、階段を二十六階分上がってください」



 ゴンゴンゴンと、通路を塞ぐ隔壁が連続で開いていく。


 【天上の揺籃(アルスガル)】の内部は相変わらずの光景で、青黒い鋼材の壁に青光の溝が四隅から照らしている、高さ三メートル幅二メートルもない人用の通路だ。


 本来は対亜神種用装甲機兵ヴァンガード用の搬出路や港があったとのことだけど、今は全てが封鎖されメインフレームへの進入がかなり制限されているそう。

 これは、邪龍を封じ込めるために神代の人が取った処置でもあるけど、今は更に隔壁が追加され外からの侵入まで防ぐ要塞と化していた。



「階段はこれか……うわっ!? “肉”だらけだけど!?」

「うっ、酷い臭いだわ……。この中を進むの……?」

「……気持ち悪い」



 通路から扉を開いて内階段に踏み入ったところ、床や壁にみっちりと張りついた生体組織が目に飛び込んできた。

 この手の光景はゲームで見慣れているけど、実際に自分がその中に入るとなると耐え難いおぞましさを感じてしまう。無口なアサギまで声を発したくらいだ。


 赤黒くテラテラと濡れ、ドクンドクンと脈動し、リシィの言う通り臭いも酷い。



「これは生体的な配線でしかないので問題ありません。足元が滑りますので、転倒だけはお気を付けください」

「他に、安全に通れそうな道は……?」

「搬入出用エレベーターがありますが、動く棺桶でもあります」


「……仕方がない。リシィ、アサギ、行けるか?」

「ええ、わがままは言っていられないわ」

「……行く」



 ブリュンヒルデに続き、僕たちは空気まで粘りついているような、龍の体内に入ってしまったかのような螺旋階段を上り始めた。


 万が一足を滑らせた時のため、リシィを前に僕が直ぐ後ろで支える隊列。

 目の前で揺れる尻尾とスカートは目の毒……いや目の保養だけど、僕は出来るだけ周囲を取り囲む生体組織に注力し後をついて進む。

 時折焦げついた臭いが漂うのは、ブリュンヒルデが障害となる生体組織をヒートランスで焼いてくれているから、多少は歩きやすくなっているようだ。


 恐らくは、これこそが“創物”の特性を持つ白銀龍テレイーズの生体組織……。

 人の手により生み出された彼女……無事であることを願いたい……。




 ―――




 良くある迫る肉の壁や触手に襲われることもなく、僕たちは二十五階分の階段を上り切り、三十分とかからずに二十六階上まで辿り着いた。



「これは何かしら……墓守……?」

「いや、対亜神種用装甲機兵ヴァンガードの残骸だろう。それも恐らくは神代の……」



 内階段から出た部屋というより広い通路には、長い年月を放置され赤錆びた残骸が所狭しと転がっていた。


 天井までは高さ十メートルほどだろうか。アメノハバキリは無理だけど中型の墓守までなら進入が出来、壁は下方ほど広がり通路を台形に形作っている。高さよりも横幅があることから通路の幅は十五メートルくらいか、無数に転がった残骸のせいで床はその殆どが見えない。



「カイト様の仰る通りです。ここはかつて、亜神種との戦闘が行われた外縁防御陣地の一角となります。亜神種はヤラウェスに自我を奪われ生きる兵器とされ、人類に対する尖兵とされてしまいました」


「それまで共存は出来ていたのか……?」

「少なくとも、人類と亜神の交配種となる、今も現存する“亜種”は受け入れられていました。それもまた、自我を奪われてしまいましたが」


「そうか、リシィやサクラやノウェムはその“亜種”になるんだな……」



 リシィが複雑そうに黄と青の混じった瞳色で僕を見る。

 かつては隣人であり、そして敵ともなってしまった存在だからか。

 その中でも、彼女は特に神龍の龍血、因子まで受け継いでいるから。


 大量の実験用水槽に浸かった人の似姿が思い浮かぶな……。

 ひょっとしたら、今もこの場所のどこかに存在しているのかも知れない。



「リシィ、手を」

「ええ、ありがとう」



 僕は通路を塞ぐ残骸に上り、リシィに手を差し出して引き上げた。

 見える限り奥深くまで続く長い通路、その全てを残骸が覆い尽くしている。


 この場所は厄介だ、身を潜める(・・・・・)場所がいくらでもあるのだから。



 ――ガィンッ!



「きゃっ!?」

「動体、熱源感知。発見が遅れました、特殊光学迷彩のようです」



 突如として暗闇に閃光が瞬き、飛来した弾丸を僕は右腕で弾いた。

 今のは確実にリシィを狙い、弾かなければ致命傷となっていただろう。


 油断はしていない。最後となるはずだった場所で行動不能にされた経験は、気配がなくとも警戒する鋭敏さを僕にもたらしていたんだ。


 ブリュンヒルデが構え、アサギも僕たちの前で防御態勢を取った。



「今のを弾くか! めんどくせえ、イハッ、めんどくせえ! あの時とは違う!? おもしれえ、おもしれえ! それでこそヤりがいがあるってもんだ! イハハッ!」



 隠れもせず、残骸の上で空間から滲み出るように姿を現したのは、想定もしていなかったまさかの人物だった。

 光学迷彩のマントを惜しみもせずに脱ぎ捨てた姿は、見間違うはずもなく僕の記憶に焼きついて離れない一人の男。



「おまえ、何で……何で生きている!? グリゴリー ブレイフマン!!」



 信奉者、不意打ちされ、僕が始めて手にかけた殺したはずの人。


 相変わらずの痩せこけた頬に短髪、灰色の瞳、楽しそうな声音の割にはピクリともしない仏頂面。そして手に持つ、ロシア製の拳銃マカロフ。


 間違いようがない、一度は死んだはずの男がどういうわけか目の前にいる。



「イハッ! 心臓を潰したってか? あれは気持ちよかった! 最高の絶頂はよぉ、自らの死の中でこそ訪れる! 思い知ったぜ小僧ぉっ!」



 ブレイフマンは腕を広げ、残骸の上で狂ったように腰を振っている。


 幻影でもなく、自らが一度死んだようなことまで告げ、それすらも快楽と愉悦と浸り笑いもせずに笑う狂人。


 あの時と同じ……奴は死んでもなお狂ったままだ。


 こいつは……まさか……。



「カイト、誰なの……? 人なのに……とても同じ人とは……」

「最後の信奉者グリゴリー ブレイフマン。僕が手にかけ、後悔で苦しんだ男」

「……っ!? そっ、そんなっ!? それなら何で生きているのっ!?」


「ブレイフマン、おまえの固有能力だな! 死からも再生(・・・・・・)する!」



 ブレイフマンが仏頂面のまま首を傾げた。



「勘の良いガキは嫌いだが、俺は一度キサマに殺されてから気分が良い。カイト クサカだったか、特別に教えてやる」


「聞きたくない。リシィを狙った代償は何よりも重いと知れ」



 だけど、ブレイフマンに僕の言葉は届いていない。男は何かを思い出すよう宙空に視線を向け、そのままの姿勢でしゃがれた声を吐き出した。



「俺は死にたくなかった。何人も何人も何人も何人も何人も何人も、数えるのもめんどくさくなるほどにクソ共を殺してきた。死にたくなかったから殺した、殺したから俺は死ななかった。それで後はどうしたか……イハッ! 覚えてねえ! 死にたくねえ死にたくねえと思ってたら、いつの間にかこんな体になってた! イハハッ! それだけだ! 大して教えることもなかったな小僧ぉっ!」


「狂って……なっ!? そんなバカな……!?」



 僕にとってはどうでも良いことを、ブレイフマンはベラベラと喋った。

 だけど驚いたのはそこではない、狂人の背後に更に男が現れたことにだ。


 ブレイフマンと瓜二つ、もう一人(・・・・)のブレイフマン。


 まさか、こいつの固有能力は単純な“再生”ではない……!?

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