第二百五十二話 突入【天上の揺籃】
『転移陣指定座標に展開、タイムカウント開始します』
メインディスプレイでちびアシュリーンが再び時計を掲げた。
残り時間は四十三秒、僕たちの遥か後方に無数の転移陣が展開し、繋げられた空間の向こうでは【ダモクレスの剣】の霊子力光が青い輝きを放っている。
アルテリアは速度を上げ、未だ遠い【天上の揺籃】に向かって加速を始めた。
「終わりにしよう、何もかも。平穏を取り戻すんだ」
「ええ、終わったら私の話を聞いてね、カイト」
「勿論、その願いは必ず聞き届ける」
『【ダモクレスの剣】指定宙域に放射、衝撃に備え機体を固定します』
地球の空で翠光に輝く転移陣は二列三列と遠く列をなし、その全てからほぼ同じタイミングで“青光の柱”が宇宙空間に放たれる。
その様はもう“柱”でもなく、青き星が身動いて形作られたかのような“波”だ。
押し寄せる荒波は進路上の全てを奔流の中に飲み込み、未だ落下し続けるアマテラスや統制を失って漂う竜騎兵を押し流していく。
――ドンッドゴォッ! ゴッオオアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
そしてアマテラスは、艦体の半分が流れに沈んだところで大爆発を起こした。
その破壊の光景はまるで水面に弾ける泡のようで、残骸と青光の粒子が球状の衝撃となり宇宙空間に飛散していく。
弩級戦艦アマテラス、これまで史上最大とされた【鉄棺種】の最後だ。
更に束ねられた【ダモクレスの剣】の霊子力光は、【天上の揺籃】への侵入を阻む【イージスの盾】をオーバーロードさせるため、天の大河とまでなって押し寄せる。
「リシィ、しっかりと掴まれ! 衝撃が来るぞ!」
大地を引っ繰り返し、空間を裂いてしまうほどの衝撃が、物理的な振動となり離れているアルテリアにまで襲い来る。
艦から吹き飛ばされたら宇宙の果てだ。機体の手は艦体をしっかりと掴み、その陰にアサギとブリュンヒルデが衝撃に備えて身を隠した。
そうして青光の波は最大戦速で進むアルテリアを追い抜き、未だ巨大な影としか見えない【天上の揺籃】に殺到して行く。避けることは出来ない、重力制御があろうとも、その大きさが故に軌道を変更する前に直撃するからだ。
邪龍の敗因は、グランディータが守る“天の宮”を落とせなかったこと、そしてリシィを何度となく襲いながらもその悉くが妨げられたこと。
これまでも、これからも、僕が彼女を如何な悪意や憎悪からも守り続ける。
『【ダモクレスの剣】直撃までタイムカウント十秒』
「総員白兵戦闘用意!! 両舷前進一杯!! 【イージスの盾】ごと貫け!!」
アルテリアの根源霊子炉が限界域で稼働を始め、艦首霊子力衝角も直視出来ないほどの青光の輝きに包まれる。
この光景は、まるでSF映画で良く見るワープの様だ。青光の粒子が幾筋もの線状となり一瞬で視界から消え、トンネル内を通っているようにも錯覚してしまう。
一筋の光となったのは僕たち自身、そして迫るは【天上の揺籃】。
『アルテリア突撃進路、両舷前進一杯、根源霊子炉オーバードライブ、霊視力衝角出力最大、艦内重力制御最大、全砲門斉射、突貫!』
そうして僕たちは、不条理をも斬り裂く巨剣となり天上を翔け抜けた。
「行っけええええええええええええええええええええええええっ!!」
【天上の揺籃】から超新星爆発でも起こったかのような閃光が迸る。
それは【イージスの盾】の崩壊を意味し、どこまでも連なる黒塗りの壁が迫ったところで、アメノハバキリは固定を解かれて宇宙空間に投げ出された。
アルテリアは青光の中を突き進む。
「行け、行け、行け」と、「進め、進め、進め」と、そして「貫け」と、最早誰が口にしているのかもわからない勇猛果敢な英雄たちの声が響いた。
そして、最後には音がなくなる。
無音の中でただひとつ聞こえたのは、リシィが僕を呼ぶ声――。
―――
――キイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィンッ
――耳鳴りが酷い。
あらゆる情報が五感から飛び込んで来たせいで、僕自身の感覚がオーバーロードでもしていたのか、現状の把握にかなりの時間がかかってしまっている。
『――ト様、カイト様、脈拍正常、意識確認。状況完遂、揚陸を開始しています。カイト様、誘導灯を表示します、四十八番メンテナンスベイから進入してください』
僕は頭を振り、衝撃に眩む意識を無理やり浮上させて辺りを見回した。
最初に視認出来たのは、視界に収まらないほどの“黒塗りの壁”。次に、その壁に艦体の半ばまでが突き刺さった状態のアルテリア。
視線を振って下方に向けると、アシュリーンの言う通り緑光の誘導灯が宇宙空間に放出されている入口があり、僕は朧気ながらも操縦桿を押した。
【天上の揺籃】に……辿り着いたのか……?
「……はっ!? リシィ無事か!?」
「え、ええ……目眩が酷いけれど、直ぐに治まるわ。行きましょう」
「あ、ああ……アサギとブリュンヒルデは?」
『本機に問題はありません。先導します』
『……問題、なし』
「良かった……。アシュリーン、状況を。移動しながら聞く」
『アルテリアは重力アンカーで艦体を固定、内部到達と同時に管制侵入を仕掛け、一部システムを掌握しました。現在、電子戦は当方が優位、防衛システム、生命維持システム、外縁区画の制御を確保。進行可能です』
「皆は?」
『霊子力衝角解放、橋頭堡を確保。各班に別れ揚陸を開始しています。突撃の際に怪我人が五十七名出ましたが軽傷、戦闘行動に支障はありません』
「わかった……。無理はさせないように、引き続き管制を頼む」
『かしこまりました』
今のところは順調……だけど、最悪はアシュリーンが逆にハッキングされてしまうことだ。【天上の揺籃】の管制を最後まで維持出来なければ、僕たちは空気を抜かれるだけで終わってしまうのだから。
突入後の行程は、まず管制室の占拠と酸素供給区画の確保を優先事項とし、時の彼方から連れ去られたまま行方のわからない人々と、捕らわれの神龍テレイーズの救出も平行して行わなければならない。
管制室にはセオリムさんのパーティが中心となり向かってくれる、心配はない。
救出にはエリッセさんの指揮の元、防御能力に秀でた探索者が多く振り分けられ、守りながらの退却戦となるだろうけど、成し遂げてくれると信じる。
僕とリシィ、アサギとブリュンヒルデはメンテナンスベイから内部に進入、まずはサクラやノウェムたちと合流してから中枢を目指す手筈だ。
『精神干渉波の放出を観測、複製【黄倫の鏡皇】対抗措置開始』
「始まったか。複製で無理だったらこちらでも神器を展開する、それまでは頼む」
『かしこまりました。干渉波抑制有効、今のところは問題ありません』
“複製”といっても神器を複製したわけではなく、逆の位相の波をぶつけているそうだ。これにより、ヤラウェスの精神干渉をある程度まで抑えることが可能。
メインディスプレイの中では、相変わらずちびアシュリーンが一生懸命な様子で観音扉を開ける動作をしている。
指定されたメンテナンスベイの扉が開いていくので、それを表しているのだろうけど、戦闘中にまで和む必要があるのか今もって疑問だ。
『カイト様、これ以降のアメノハバキリの進入は物理的に不可となります。生身で数多くの墓守と遭遇しますが、どうかご武運を』
「ありがとう。いつものことだから、アサギとブリュンヒルデもいるし大丈夫だよ」
メンテナンスベイの気密シールドを抜けると、そこは関係者以外あまり訪れないだろう貨物室といった感じのこじんまりとした空間だった。
内部には特に何もなく、アメノハバキリが格納されて一杯になる程度。
隔壁が閉まり機密が確保されたところで、僕とリシィは機体から表に出た。
アサギは強化外骨格を装備したまま、ブリュンヒルデど共に周囲を警戒しているものの、メンテナンスベイの中に脅威となるものはなさそうだ。
「ブリュンヒルデ、地図の確保は?」
「内部は随分と変わっていますが、誤差を照合中です。問題ありません」
「良し、みんなと合流を目指そう。きっと心配しているだろうな」
「そうね、私も心配だわ。始めるにも終わらせるにも、皆と一緒が良いもの」
「ああ、終わらせよう。今度こそ僕たちの手で」