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第二百五十一話 天に瞬く秘策

 アルテリアの主翼に絡みつく龍の首は、緋剣でひとつも残らず輪切りにした。


 機体を反転させて確認すると、“八岐大蛇となる因果”を緋剣により断ち切られた肉塊は、切り口から炭化し燃え広がりながら崩壊を始めている。



『龍種生体組織崩壊を確認、アマテラス指定宙域に進入。プランB、条件つき完遂となります。カイト様、リシィ様、奮闘に感謝いたします』



 ちびアシュリーンがペコペコと可愛い仕草で頭を下げた。


 こうして、難を逃れたアルテリアは竜騎兵ドラグーンに防御砲火を上げながらも宙域を離脱して行き、アマテラスに至っては生体組織による制御を失ったのだろう、重力に引かれて大気圏内への落下を始めていた。


 右舷を両断され、黒ずんだ生体組織と鋼鉄の残骸を撒き散らし、エンジンノズルの青光も消沈し、姿勢を立て直そうとすることもなく母なる大地へと落ちて行く。



「アシュリーン、時間は?」

『誤差四十六秒、タイムスケジュールよりも早いです』

「“天の宮”に連絡を、時間通り指定宙域に頼むと」

『かしこまりました』



 まだ機動部隊と竜騎兵の戦闘は続いている。


 とはいえ、アマテラスの制御を失ったことで竜騎兵も統制を失ったようだ。

 竜騎兵は周辺を右往左往するばかりで、機動部隊とアルテリアの防御砲火が次々と撃破していく様はあまりにも一方的。最早、障害とはならなかった。


 それにこの宙域は全てが射界、こちらが用意した“キルゾーン”なんだ。



『カイト様、始まりました。本機は一時退避させます』

「ああ、頼む。ほんの数分だけで良い、機体の制御を任せる」


「カイト、大丈夫?」

「うん、少し力み過ぎて過呼吸にでもなりそうだ。リシィは?」

「とても重かったけれど、カイトと一緒に鍛錬しているもの。平気よ」


「良かった、頼りになる。……あ、ここからでも見えるな」

「本当だわ、とても綺麗……。あれがかつて地上を穿ち、神代文明を滅ぼす原因になっただなんて、この光景からでは信じれられないわ……」

「そうだね……。【ダモクレスの剣】なんて名付けた人は、いずれその力が自分たち自身に向けられることを予見していたのかも知れない……」



 ダモクレスの剣の故事……それはどんな繁栄の中であっても、自らに迫る危機が常に存在することを知らしめるためのものだ。

 どんなに座り心地の好い玉座であっても、頭上に吊るされた剣に気が付かないのなら、それはやがて頭の上に落ちてきて座る者を殺すこととなるのだから。


 皮肉にも結末はその名の通り、人類自らの上に降り注いでしまったんだ。


 僕とリシィが見るディスプレイには、地球の到るところで瞬く青い閃光が映し出されていて、その光景はあたかも星そのものが煌めいているようだ。

 だけどそれは見惚れるものなんかではない、あれは“天の宮”から放たれた、他ならない【ダモクレスの剣】の青光なのだから。


 そう、今も本数が増え続ける“青光の柱”は、セーラム高等光翼種の転移能力を用い、空間で保持し続けている【ダモクレスの剣】の放射光。

 本来なら一筋の閃光で終わるはずのそれを、【天上の揺籃(アルスガル)】の【イージスの盾】をオーバーロードさせるためだけに束ねようとしているんだ。



『カイト様、“天の宮”のセントゥム様より通信が入っております』

「うん、直ぐに繋いで」



 息を整えるため、座席に体を投げ出していた僕は改めて姿勢を正す。

 続いてメインディスプレイに映し出されるのは、ノウェムに瓜二つでそれでも髪の長さから別人だと知る人物、セントゥムさんだ。



『お二人とも久し振りね。と言っても、まだ半月も経っていないのね』


「お久しぶりです、セントゥムさん」

「猊下、このような場所から失礼するわ」


『お気になさらないで、今は手短にお伝えしますね。“天の宮”はこれで全ての備蓄霊子力を放出し、姿勢制御が出来なくなります』


「そ、それは……住処を失うということですが……」


『構いません。我らセーラムは地上に下り、“天の宮”は最後の出力でそのものを砲弾と化します。ですから、後のことはよろしくお願いしますね』



 僕は息を飲む、そこまでは頼んでいなかったからだ。


 どのみち、“天の宮”の維持が出来るのもそう長くはないと聞く。

 スペースエレベーターの最上、かつてのオービタルリング基部となる【天上の揺籃(アルスガル)】に比類する大質量が砲弾と化す。

 それは、機会を間違えれば巻き込まれるのは僕たちで、制御出来なければ地上に落下し大破壊を引き起こしてしまうかも知れないんだ。


 危険だし惜しくもあるけど、セントゥムさんの申し出なら尊重しよう……。



「わかりました。アシュリーン、【天上の揺籃(アルスガル)】攻略の最終局面までは“天の宮”を現状維持。全員の退避を確認後、そうだな……太陽に突っ込ませるような入射角で進路を算出して欲しい。間違っても残骸が地上に降り注がないように」


『かしこまりました。カイト様はえげつない策を思いつきますね』

「そ、そうかな……」


『頼もしきは我が子かな……』

「え? セントゥムさん?」

『いえ、ごめんなさいね。私にとっては皆が子のようなものですから。クサカ様、成し遂げてくださいね』


「は、はい……。あの、それでしたら……せめて様付けではなく……」

『あら、ごめんなさいね。カイトくんとお呼びすればよろしいかしら、リシィティアレルナ様もそのように?』

「え、ええ、猊下。リシィで良いわ」

『リシィちゃんね、孫が一度にたくさん出来たようで嬉しいわ』



 遥か年上に様付けで呼ばれるのは気になっていたのだけど……外見はノウェムだから、直してもらったところでどうにもしっくりこない。


 セントゥムさんは喜んでいるようなので、まあこれはこれで良いだろう。



『カイト様、【イージスの盾】のオーバーロードに必要な総出力に到達、各輸送船に必要諸元を伝達します。タイミングはどうしますか?』


「わかった。セントゥムさん、僕たちはそろそろ……」

『ええ、歳を重ねると話が長くなっていけませんね。カイトくん、リシィちゃん、ご武運をお祈りしておきますね』


「ご協力に感謝します。ありがとうございました」

「猊下、またルテリアで……」



 セントゥムさんからの通信が切れ眼下を望むと、数えきれないほど幾筋もの“青光の柱”が地球の空を行き交っていた。


 今、大気圏内では高空をセーラム高等光翼種を乗せた輸送船が飛び、あの瞬きの維持に負担をかけさせているんだ。ノウェムのように血を流すわけではないけど、いつまでも維持し続けることも出来ない。



「アシュリーン、タイミングは任せる。僕とリシィも、みんなも覚悟は出来ている」

「了解しました。では、最大効力射となるタイミングを算出、放出を五分二十六秒後と設定します」


「わかった。残りは五分だな……」



 そんな会話をしている間にも、アメノハバキリはアルテリアに追いついて甲板上に足を下ろした。

 続いてアサギとブリュンヒルデも下りて来る。アメノハバキリの高速機動ではぐれていたけど、直ぐにまた駆けつけてくれていたんだ。


 周囲には機動部隊が編隊を維持したままで追従し、損害のある機体は格納庫に戻って可能なら応急修理の後で再出撃する。



「いよいよね」

「ああ、きっとみんな艦内で痺れを切らしている」


「そうね、この場所は孤独だもの、皆と一緒が良いわ……。あっ、べ、別にカイトと二人きりが頼りないとか嫌だとかではないのよっ!?」


「う、うん、宇宙空間が孤独だというのは僕も実感している」

「それなら良いの……ありがと……」



 リシィは何で今お礼を言ったのだろう……。


 アルテリアに視線を向けると、被弾による損害は防御区画のみで大したことがなさそう。それに比べて機動部隊の損耗は酷く、対亜神種用装甲機兵ヴァンガードが六機、攻撃機が二機、電子戦機も二機、ましなのは戦闘機で三十機が残存していた。


 幸いにも、アルテリアの直掩に残していた対亜種汎用機兵アマルガルは全機が無事で、総数百九機が白兵戦力として【天上の揺籃(アルスガル)】に突入出来る。


 僕は未だ遠く、だけどあまりの大きさに近くにも見える【天上の揺籃(アルスガル)】を見る。

 元々はオービタルリングの一部で、兵器以外にも航宙艦を始めとし、様々な種類の工業製品の一大生産拠点だったと言う話だ。

 そして、やがては地球に襲来する【鉄棺種】から逃れるため、超巨大移民船の建造にも用いられるはずだった。


 人々の生活基盤を支え、人々の未来までを担うはずだった【天上の揺籃(アルスガル)】。


 その面影は、もうどこにも遺されていない。

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