第二百五十話 緋剣再臨 神話を断つ
唐突に声を張り上げ、サイドディスプレイに映し出されたのはシュティーラだ。
視線を向けると、アルテリアが砲撃に晒されながらも目で見てわかるほどの凄まじい速度で迫って来る。
「シュティーラ、なにを!?」
『おめおめと隠れ通すなどサークロウスの名折れ! これは皆の総意でもある!』
「何を言って……アシュリーン、止めなかったのか!?」
『プランBです。むしろこちらが効率は良いです』
「はあっ!?」
プランA……だったかどうかはともかくとして、元々の作戦はアマテラスの進路を制限してキルゾーンへと誘導すること。
それがどういうわけか、【天上の揺籃】に突撃するまで温存するはずのアルテリアが、ここに来て最大戦速でこちらに向かっているんだ。
総意とまで言うシュティーラは勿論のこと、腰に手を当てドヤ顔をするちびアシュリーンも、今からではもう止めようがない。
『一番から三十六番までの防御区画を放棄、艦首霊子力衝角展開、艦内重力制御最大、総員対衝撃防御。アルテリア突撃進路』
「待て、突撃!?」
「カイト、アルテリアが来るわ!」
「なんっ!? くっ、乗員を一人残らず守れアシュリーン!!」
『勿論です、マイキャプテン』
何で今だけ艦長呼び!?
アルテリアの艦体前部三分の一ほどに小規模な爆発が発生し、それと同時にまだろくに損害を受けていない防御区画が投棄された。
そしてその下からは、投棄された箇所と同じだけの範囲を覆ってしまうほどの巨大な“青光の剣”が迫り出し、艦首衝角固定位置にまで展開する。
アルテリアは加速を続け回り込むように、アマテラスの右舷前方から主砲の斉射とともに迫り続ける。
アマテラスも当然迎撃するも、主砲のほとんどはアメノハバキリが破壊し、右舷側に残さえた三連装主砲二基六門だけが青光を放っている。
「ア、アシュリーン……大丈夫なの……!?」
『問題ありません。このための防御区画、このための霊子力衝角です』
リシィが心配するのも無理はない。
アルテリアはアマテラスの霊子力砲の直撃を受け、一見すると大炎上しているようにも見える。だけど、主艦体にだけは直撃しないよう艦を傾け、器用に衝角や防御区画で受け流しているんだ。
それはディスプレイにも赤色の被弾箇所として逐一表示され、その情報の通りなら主艦体――アルテリア級機動強襲巡洋艦には全く被害が及んでいなかった。
そんなバカな……とも思うけど、本来は【天上の揺籃】のマザーオペレーティングシステムだからこそ出来る妙技、そうとしか言えなかった。
――キュドッ! ドンッ! ドゴオオオオオオォォォォォォォォッ!!
そして、アルテリアの砲撃がついにアマテラスの右舷主砲を二基とも破壊した。
二隻の接触は目前、あの勢い、艦首衝角の巨剣、どう見てもその進路は突き刺すことを前提としたもの。
「突撃進路」とは、その意味そのままの……。
『臆すな!! 突貫!!』
通信先の艦橋ではシュティーラが大剣を抜き放って正面に掲げ、それに合わせたかのようにちびアシュリーンまで剣を振って意気揚々と前進指示を出していた。
巨艦が巨艦に迫る。大航海時代にまで遡らなければ、まず目にすることのない艦船同士の近接……いや、白兵戦闘。常識はずれのそれが、今まさに僕たちの目の前で行われようとしている。
アルテリアは更に出力を上げ、艦首霊子力衝角の青光が艦を包み込んだ。
――ガゴォオオォォン!! ギィィゴオオオオォォオオォォォォォォォォッ!!
迫真の合成音が響く中、アルテリアの衝角がアマテラスの右舷前方から斜めに突き刺さり、そのままの勢いで装甲を破断させながら奥深くまで突き刺さった。
巨艦同士の接触は凄まじい衝撃となり、青光の粒子を飛び散らせるだけでなく、煽られた竜騎兵や味方機動部隊まで吹き飛ばされてしまっている。
衝撃は当然アメノハバキリにも伝わり、まるで船の上で嵐にでも遭遇してしまったかのように、機体は上下左右に激しく揺らされた。
霊子力の余波……とでも言えば良いのか、幾重にもなった環状の青光が遮るもののない宇宙空間にどこまでも広がっていく。
『間隙を作るな! 撃てーーーーーーーーっ!!』
シュティーラの怒号がディスプレイ越しに響く。
『主砲自動照準全砲門斉射。右舷スラスター最大、両舷最大戦速、離脱します』
アマテラスに突き刺さり一度は止まったアルテリアが、号令と同時に主砲を斉射しながら艦体を転身させ、剣を薙ぐかのように再び動き始めた。
霊子力砲が放つ青光は間を置かずに弾着して二隻の合間を輝かせ、アメノハバキリによって破壊された艦上構造物を更に余すことなく薙ぎ払う。
アマテラスも小口径砲群でアルテリアを撃つも、巨艦に対する豆鉄砲は両艦ともに同じ、こうなってしまっては残された攻撃力によって決着がつくだろう。
巨大な要塞艦を両断するなんて、僕は考えもしなかった……。
そうして、突き刺さった霊子力衝角はアマテラスの右舷側に抜け、爆発に煽られたアルテリアは一瞬で鎮火する炎の中を最大戦速で離脱して行く。
『緊急事態、主翼をアマテラス龍種生体組織に捕らえられました。本艦の独力による離脱不可。カイト様、アメノハバキリでの対処をお願いします』
「はっ!?」
見ると、アマテラス下部の生体組織が蠢き、多量の巨大触手となってアルテリアの主翼に絡みついていた。
それだけでなく、破壊された艦上構造物や破断箇所を赤黒い“肉”が覆い、一瞬で異形の巨大生物に変貌してしまっている。
この姿は……。
「カイト、あの姿は……見覚えがあるわ……!」
「ああ、“八岐大蛇”……。やはり出て来たか……!」
触手は龍頭に、艦体は胴体に、赤黒く濡れる様は間違いなく八本の首を持つ龍。
『ここまでの瞬時変態は予測演算からも外れています。演算誤差修正、プランBは完遂率八十六パーセント。AIでも違えることがあるとは、驚愕です』
「そ、それは僕の台詞だ……。アシュリーンも妙なところで人間くさいな……」
「カイト、アルテリアが取りこまれてしまうわ! 救出するわよ!」
「ああ、眺めている場合ではない!」
既にアルテリアを捕らえる龍頭に味方機が攻撃を始めている。
だけどアマテラスの対宙防御砲火は未だ弾幕を張り、ここに来て竜騎兵も妨害電波による影響を脱し始めていた。
更に巨大な龍の首は、アメノハバキリの頭頂高の二倍にまで達するほどの太さがあり、いくら銀槍で突こうとも瞬時に自己再生してしまい切りがないんだ。
なら神話に倣おう、八岐大蛇を断つ剣はここにある。
「リシィ、緋剣だ! 頼む!」
「っ!? ええ、わかったわ!」
後部席のリシィに振り返って告げると、彼女の輪郭に赤色が灯った。
そして銀槍は粒子と消え、代わりに赤光が霊子力槍を覆い始める。
「旭日を統べし者 金烏玉兎に揺蕩う者 紅鏡を背負う者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん 万界に仇する祖神 緋剣を以て断て 葬神一剣――」
僕は操縦桿を倒し、アルテリアを拘束する龍頭に向かってアメノハバキリを加速させる。
機体を包む赤光は紅蓮の炎に、炎は収束し霊子力槍を緋剣に変え、それは銀槍よりも更に巨大な龍頭を両断するほどの巨剣にまで変貌した。
神代を超えた神話の時代からの因縁だ、ここで一切合切を終わらせる。
『機体リミッター解除、根源霊子炉オーバードライブ、ご存分に』
「カイト、あの醜い龍の似姿ごと断ち切りなさい!!」
「ああ、天羽々斬剣!! 八岐大蛇を斬る!!」
「「 【緋焚の剣皇】!!」」
機体の加速がついには限界を超え、座席に押しつけられる圧を感じながらも歯を食いしばってブラックアウトに耐え、決して操縦桿を離さずに宇宙を翔ける。
そうして僕たちは紅蓮に燃える緋色の流星と化し、アルテリアを絡み捕らえるいくつもの龍頭の合間を我武者羅な高速機動で斬り抜けた。
――ゴオオオオォォォォオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!
遅れて聞こえるのは、炎が燃えるような合成音。
アシュリーンの演算速度でも間に合わなかった斬撃は、龍の首に赤黒い肉を更に赤く燃やす炎の首輪の痕をつけた。
邪龍がどんな手の内を見せようと、僕たちはその全てを覆してみせる。