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第二百四十八話 出撃 今決戦の火蓋を切る

 重力カタパルトによる加速が僕とリシィの体に圧をかける。

 それでも、操縦席にも多少の重力制御があるため意識を失うほどではない。


 緑色の誘導灯が高速で機体後方に流れ、僕はただ操縦桿に手を添えているだけで後は全てアシュリーン任せだ。

 そんな中、何故かディスプレイの中のちびはスキーのダウンヒルの真似事をしていて、いまいち宇宙に出るはずの緊張感が薄れてしまっていた。


 まあ、これはこれで良いのかも知れない……。



『発艦シークエンス完了、機体異常なし、進路指示に従ってください』



 青光の気密シールドを抜け、ついに僕とリシィは宇宙へと投げ出された。


 ただ流されることはない。ここでもアシュリーンがしっかりと機体に制動をかけ、護衛戦闘機の編隊と合流することが出来たからだ。


 後からアサギとブリュンヒルデが追いつき、アメノハバキリの両隣に並んだ。

 アルテリアの両舷格納庫からは“対亜神種用装甲機兵ヴァンガード”が出撃し、先行するように三機五編隊を組み、余った一機は僕たちの直掩につく。

 “対亜種汎用機兵アマルガル”はこの後、アルテリアの近接防御のため艦の周囲に展開するけど、アシュリーンの制御があったとしても竜騎兵ドラグーンに対しては不利だった。



「この感覚……今にも落ちてしまいそうだわ……」

「僕も同じ気分だ。酷く落ち着かないことだけは確かだね」



 地に足が着かない状況は精神的に耐え難いものがある。

 それが大気圏内を飛ぶものならともかく、今は少し間違えたら宇宙の深遠へと飛ばされてしまう……いや、落とされる(・・・・・)。落ち着けるわけがない。



「アシュリーン、相手の機動兵器は竜騎兵だけと思って良いんだよな?」


『はい、現代の墓守には航宙用スラスターが装備されておらず、少なくとも宇宙にいる間は問題となりません。設計図も【天上の揺籃(アルスガル)】にある全ての端末から消去し、重力制御が搭載された機体も地上戦用のものばかりです』


「竜騎兵用のスラスターを流用される恐れは?」

『あります。ですが、予測演算によると実用化まで最短でも二年と三ヶ月はかかり、墓守は【天上の揺籃(アルスガル)】の内部にのみ展開すると判断して構いません』


「そうか、なら後は竜騎兵を何とかすれば……アシュリーン、妨害電波ジャミングは頼んだ」

『龍種生体用妨害電波はこの日のためのものです。おまかせください』



 これからのためにやれることは多くの者が準備してきた。


 それでも、こうまでしてもまだ足りないと思う。超常の存在に対し、矮小な人如きがいったいどうすれば勝利することが出来るのだろうか。


 ……だけど僕は、だからこその“弱者”で良い。


 僕には、生まれ持った鋭い牙も身を護る鱗もない。代わりにあるのは、ただひとつの知恵と、その知恵をもって研ぎ澄ます矛だけ。


 弱者故に、進化と深化をもって、決して至ることのない絶対強者と相並ぶ。


 だから、この右腕の【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】は必ずや神を穿つ“神滅の槍”と成す。



『有効射程到達まで残り二分、アマテラス視認出来ます』

「あれか……」



 メインディスプレイに映し出される巨大な艦影、とはいえ【天上の揺籃(アルスガル)】と比較したらそこまで大きくはない。

 観測によると全長は四百八十メートルで、むしろ今ならアルテリアのほうが長く、その代わりに全高が八百六十メートルもある縦長の艦だ。


 あれでコアブロックで、実際の艦体は二十キロを超えていたと聞くから、もしも完全に残されていたとしたら勝ち目がなかったかも知れない。


 そして、その更に遠方……。



「【天上の揺籃(アルスガル)】……とてつもない大きさね……」

「ああ……星を飲み込んでしまうひし形の大穴に見える。例え内部に侵入出来たとしても、あれでは邪龍まで辿り着くだけでもひと苦労だな……」

「それでも、私たちはやり遂げるわ」

「勿論だ」


『カイト クサカ、リシィ、聞こえるか?』

「シュティーラ、聞こえている。艦橋から見えているか?」



 シュティーラからの通信がメインディスプレイに映し出された。


 僕たちが搭乗するアメノハバキリは、現在アルテリアの艦首上方に位置しているため、艦橋の彼女からも肉眼で見えているはずだ。



『見えている、どうだ宇宙空間とやらの遊泳は?』

「あまり気分の良いものではない、もう帰って露天風呂に浸かりたいよ」

『ふむ、二人とも浮かぬ顔だな。リシィ、今からでも代わってやろうか?』

「んっ!? それだけは容認出来ないわ! この席は私が座るの!」

『あっはっはっ、その意気だ! 二人とも、頼んだぞ!』



 そこまで言って、シュティーラの姿はディスプレイから消えた。



「今のは……シュティーラなりに心配してくれたのかな……?」

「どうかしら、本気でも言っていそうだけれど、少しは心配もしてくれていたのかも知れないわね。彼女らしいわ」


『彼女も少し心拍が乱れていました。自分自身を落ち着けるためでもあるのかも知れません。人の心とはままならないものですね』

「そうなのか……。あの人にも緊張なんてものがあったんだな」

「それを聞くと少し見方も変わるわね……」


『有効射程内、交戦距離に到達。主砲、各種砲塔自動照準、攻撃可能です』



 そうこうしている間にも、アマテラスに攻撃可能な距離に到達してしまった。


 アルテリアは取舵を切り、艦よりも巨大なデブリがある左方向へと進路を取る。

 僕たち機動部隊は直進だ。全隊がデブリを遮蔽と射線切りに使い、角速度に気を付けながら出来るだけ時間をかけて接近を続ける。


 そう、僕たちの第一目的は“時間稼ぎ”。


 “キルゾーン”は既に選定済み、当然それは相手も予測し得ることを想定し、裏の裏をかいてあり得ない(・・・・・)位置にまで範囲を取ってある。


 戦いは、始まる前から既に終わっていたんだ。



『アマテラス発砲、遠弾。重力嵐観測誤差修正、主砲照準修正完了』



 ちびアシュリーンがあわあわとコミカルな動きをしながら報告するけど、聞こえる声音はそんな姿とは裏腹に淡々と静かなものだ。

 しばらくすると、報告通りのアルテリアからは離れた位置に、かなり洒落にならない数の青色の光線が通り過ぎて行った。


 事前に受けた説明によると、【イージスの盾】をオーバーロードさせるには、実弾よりも霊子力砲エーテルカノンを直撃させたほうが効率は良いらしい。

 ただ、ここはオービタルリングの残骸による重力嵐が最も酷い宙域で、常に射撃諸元を修正し続けなければならず、僕たちはそれすらも盾とするつもりなんだ。


 まずは霊子力砲による対艦砲撃戦……それと……。



「カイト、こちらはまだ撃ち返さないの?」

「ああ、相手の発砲でも照準修正が可能なら、こちらは確実に弾着を狙いたい。アシュリーン、位置取りはどうなっている?」



 横目で離れて行くアルテリアを見ると、間もなく巨大デブリに艦首が隠れる位置まで来ていた。



『次弾効力射、三分二十八秒後まで有効。カイト様、いつでもどうぞ』



 ちびアシュリーンは自分よりも大きなデジタル時計を持ち上げ、第一射の有効時間を表示している。

 それもちびの体はふらふらと揺れているにも関わらず、何故か時間表示だけは決して揺らさないから、その様子がいちいち可愛くて思わず和んでしまう。


 いや、和んでいる場合ではない、不利な状況を覆すため確実に命中させる。



「現状維持で、機動部隊を出来るだけ近づける。三十秒を切ったら教えて欲しい」

『かしこまりました』



 僕たちは予めアシュリーンが選定した航宙路を進行する。

 有効射程と言うのはあくまでも主砲の射程で、まだアマテラスの対宙防御砲火の範囲には入っていない。


 それも少しの間だけ、徐々にアマテラスの巨大な艦影は近づいている。

 遠方で小さく見えていた艦はより巨大に、あまりにも短時間で迫る様はお互いの宇宙における航行速度が尋常でないことを表していた。



「これ、多分テュルケが『うえぇ、気持ち悪いですです!』と言っているな……」

「ええ、確実にそう言うわね。醜悪だわ……こんなものが神代の艦だなんて……」



 アマテラスはそれほどまでに、生理的嫌悪を感じてしまう酷い有様だった。


 上部はアルテリアと同じ神代の艦だけど、艦体の下方から長く垂れ下がる生体組織が、まるでボロ布を纏っているかのように揺らめいているんだ。

 縦に長い理由はこれか……。太陽光を反射しテラテラと赤黒く濡れている様は、確実に粘ついていることを想起させ、今にも顔を背けたくなってしまう。


 こんなものが航宙艦であって良いはずはない。あれはもう、人類が生み出してしまった歪さの最極、破壊しなければならないものの根源だ。



 ――ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!



 あまりの歪さで眉間に皺を寄せたところ、操縦席にアラーム音が鳴り響いた。



『カイト様、お時間です』


「良し、全主砲斉射、薙ぎ払え! 撃てぇっ!!」

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