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第二百四十六話 星へと渡る天の境界

 僕たちの緊張とは裏腹に、アルテリアは滑らかに空へと上昇して行く。


 地上は太陽が隠された夜の世界だ。所々にまとまった明かりは見えるものの、その殆どが闇に覆われありとあらゆる形を隠してしまっている。

 だけどそれも束の間、上昇を続けるアルテリアの艦橋からは、地平線の彼方を明るく照らす陽の光が徐々に見え始めていた。



「アシュリーン、正面の地球の様子を艦内ディスプレイにも映し出して。自分たちが守ることになるこの世界、皆にもしっかりと目に焼き付けてもらいたい」


「了解しました。日照面に出ます」



 地平線の丸みから、陽光に照らされた明るい世界が広がっていく。

 宇宙空間の深い暗闇と、輝くばかりの緑の大地に青い海との対比は、こんな空の上だからこそもたらされる感慨を胸に呼び起こす。


 興奮――そんなものではない。手を伸ばせば届きそうなのに、決して届くことのない寂しさ。そう、僕たちはもうこの豊かな世界から離れてしまっているんだ。

 

 多くの言葉は不要、この星は人類が滅びた後も青く輝いていた。



「綺麗……世界はこんな風になっていたのね……」



 僕は返す言葉もなく、リシィと重ねる手を強く握り締める。


 青白い夜間灯のみの艦橋で、彼女のぼんやりと照らされる横顔は、しんみりと窓の外に見える地球の様子を眺めているだけ。

 手の震えは止まり、どんな感傷を胸に抱くのだろうか、その瞳は始めて見る青から黄に変わる不思議な色合いとなっている。だけど僕はその想いも聞けず、もう一度窓の外へと視線を向けることしか出来なかったんだ。


 見下ろす地球の大陸の形には覚えがない。ふと日本を探したものの、馴染んだ島影は丸みを帯びた地平線のどこにも見当たらない。

 いや、実際には存在する。戦争末期、降り注いだ【ダモクレスの剣】の攻撃により破壊され、その後の海面上昇で小さな島を残すのみとなってしまっているんだ。


 知ることが怖かったけど、今はもう一度かつての故郷を見てみたい。


 どんなに変わってしまっていたとしても……。



「第一宇宙速度、熱圏界面突破、既に宇宙空間です」



 グラフィカルインターフェースに映し出され、それまで荒ぶっていた根源霊子炉シクスジェネレーターの出力を表すインジケーターが通常域にまで戻る。



「見事なものだ。大地とはこうも大きく、そしてこうも小さいとは。自らの矮小さを思い知らされる」

「シュティーラは妙な例え方をするね。だけど、何となく言いたいことはわかる」


「私……ここで見たこの光景を忘れませんわ。カイトさんが人々に見せたかったものは、これほどまでに美しく雄大なものでしたのね」

「はい、エリッセさん。僕たちはルテリアだけでなく、人々だけでもなく、この世界……この星そのものを守ろうとしています」


「カイトが一生懸命になるわけね。こんな光景を見せられたら、誰もが精一杯に守りたくなってしまうもの。カイトはこの光景を知っていたのね」

「僕も直接目にするのは初めてだけど……思い知るからこそ、より大切にしたいとも思えるんだ」



 モニターに映し出される艦内の人々も、見下ろす地球の様子にただただ心を奪われてしまっているようだ。


 願わくば、ひとつ守るべきもの()が増えてくれるとありがたい。



「アシュリーン、進行に異常はないか?」


「艦体に異常なし、二分後に第一宇宙速度から巡航速度に移行、一時間四十六分後に【天上の揺籃(アルスガル)】と軌道が交差します。アマテラスとの交戦距離到達までは一時間二十四分、機会は一度きりしかありません」


「これを阻止することが出来なければ、ルテリアが地図から消えるか……。常に後手に回るのはこうも歯痒いものなのだな」

「だけど、それは恐らく邪龍も同じではないかと思っている」

「カイト クサカ、それはどう言うことか?」


「邪龍といえども、“青光の柱”の維持に力を使い過ぎているんだ。だからこそ僕たちの宇宙進出を許した、慌てて攻撃して来たことがその良い証拠だ」


「ふむ……“時空間転移”、容易くないというわけか……」



 既にシュティーラとエリッセさんには、この世界が来訪者の住まう時代の遥か未来であることは話してある。

 他に知るのはツルギさんとアケノさんに親方。それと直接の面識はないけど、今もルテリア防衛に当たるもう一人の総議官にも伝えたそうだ。


 話が一区切りついたところで、腕を引っ張られる感覚に僕は視線を下げた。



「あ、あの、カイト……宇宙の暗い闇に飲み込まれてしまいそうで、もう少しこのままでいてもらっても良いかしら……」



 そうだ、僕はまだリシィの手を握り締めたままだったんだ。


 僕だけが立ち上がり、彼女は椅子に座ったまま上目遣いに見てくる。

 瞳の色は既に変化して今は緑と青、頼りにはされているようだ。


 宇宙の暗闇、深く遠い深闇、確かに飲み込まれる感覚だな……。



「うん、例え宇宙空間に投げ出されたとしても、この手は決して離さないよ」

「んっ……もうっ、もうっ! あまり怖いことは言わないでっ!」


「なるほど、アケノが言う『見ていて飽きない』とはこれのことか」

「お兄様がカイトさんを欲する理由も良く良くわかりましたわ」


「二人とも、茶化さないで! 緊張感がないわ!」

「はて、どちらが緊張感がないのやら」


「わ、私はこれからこの艦の外に出るのだから、今だけよ!」



 何にしても、これくらいのやり取りなら緊張感も解れて良いかも知れない。

 僕もまた、リシィの頬を膨らませる様を見て肩から力が抜けたんだ。


 握り締めたお互いの手は、今はもう温かかった。




 ―――




 艦橋を任せ、僕とリシィは再び第一格納庫に戻って来た。


 朝から慌ただしく行き来を繰り返してどうにも落ち着かないけど、こればかりはどうしようもなく、まずはやるべきことを片付けるしかないだろう。


 やはり、のんびりとするなら宿処しかないよな……。



「カイトさん!」

「主様ー!」



 格納庫に入った途端、サクラが駆け寄りノウェムが飛びついて来た。

 二人が来た先には、テュルケとベルク師匠にアディーテもいる。



「いよいよですね。カイトさん、リシィさん、一時的に離れてしまいますが、この場よりご武運をお祈りしています」

「ああ、ほんの数十分の間だから、【天上の揺籃(アルスガル)】突入の後は頼りにしている」

「はい! お任せください!」


「主様、我も一緒に行きたかったの……」

「ほ、ほら、本当にほんの数十分の間だけだから、泣かないで!? これが終わったら、もう離れるようなことはないと思うから、多分!」

「約束だぞ! 寝る時も、湯殿でも、常に一緒だからな!」

「ああ、もちろ……あれ、誘導されてない? それは流石に別だよ?」

「ふぬーっ! もう少しだったのにっ!」


「姫さまっ、さっと終わらせてっ、さっと帰りますですっ! お空の上は落ち着かないですですっ!」

「ええ、そうよね、落ち着かないわ。宇宙からの眺めは綺麗だけれど、だから余計に地上が恋しくなってしまうもの。終わらせて皆で一緒に帰りましょう」


「カイト殿、道先案内お頼み申す。同道出来んのは口惜しいが、竜種だろうと艦より外は生存を許されんと聞く。何卒ご無事に帰られよ」

「アウー! 帰られよー! 帰ってごはんいこーカトー!」

「ベルク師匠もご無事で。本番は【天上の揺籃(アルスガル)】に揚陸してから、合流するまでは皆のことを頼みます。アディーテ、帰ったらまた鳳翔に行こう」



 別れではないのだけど、何だか妙にしんみりとしてしまう。


 僕とリシィは先に有人正騎士で出撃し、アルテリアの道先案内をするつもりだ。

 それは、アマテラスに対する足りない一手を担う露払いに近い役目……それも少し違うけど、とにかく機動兵器としての役割を果たす。


 猶予はあまりなく、このわずか数分の間隙を逃せば地上が焦土に包まれてしまうのなら、逆に失敗することを臆さずに細い道程を貫き通すだけ。



「クサカ! 最終調整に入る、機体に乗ってくれ!」

「あ、はい、親方! 今直ぐに行きます!」



 親方がキャットウォークの上から僕たちに声をかけてきた。

 残りは後一時間、機体の最終調整と出撃準備、本当に慌ただしい。



「それじゃ、みんなまた後で。リシィ、行こう」

「ええ、行きましょう。今度こそ皆で終わらせるの」


「はい。カイトさん、リシィさん、【天上の揺籃(アルスガル)】でお待ちします」

「主様も、リシィも、絶対に無茶をするでないぞ! 絶対にだからな!」

「ううぅ……姫さまっ、どうかご無事でっ。神龍テレイーズのご加護がありますようにですですですっ!」

「『死んで花見が咲くものか』と、某も心して参る! 必ずや成し遂げようぞ!」

「アウー! 私も本気だすー! アウウーッ!」



 本気のアディーテか……ちょっと変身とかを期待しよう……。

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