第二百四十二話 被害報告
――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「痛っ……リシィ、大丈夫か……?」
「ええ、ベルトを締めたおかげで大丈夫よ……」
「良かった……。アシュリン、警報を止めて被害報告を」
窓の外を染めた青光が消えた後、艦橋からは徐々に下がる地平線が見えるだけで、あれだけの衝撃に晒されても緊急回避は無事に成功したようだった。
警報と赤色灯が消え、艦内は通常の明かりに戻る。
「被害報告、【ダモクレスの剣】は左舷外周防御区画を貫通。これにより六番主砲塔が融解、人的被害なし、航行支障なし。港の一部に損壊が認められたものの、復旧可能。間もなく水平航行に移行します」
「主砲が……修理は出来る?」
「復旧不可、問題ありません」
「問題ないのか……。アシュリン、どこか打った?」
「現在、戦闘管制に切り替え、コアシステム“アシュリーン”稼働中」
「おお……もう少し早く出て来て欲しかったよ……」
淡々と報告するアシュリーンの言う通り、僕の目の前のグラフィカルインターフェースには、艦の立体映像にわかり易い赤で被弾箇所が表示されていた。
急転舵により直撃は避けられたものの、艦体のギリギリを掠めた【ダモクレスの剣】により、丁度六番主砲塔を格納する防御区画が蒸発してしまったんだ。
既にダメージコントロールが動き始め、起動した多数の“対亜種汎用機兵”が破損箇所の修復を始めている。
「主艦体に影響は?」
「ありません、防御区画の独立設計はこのためです」
「流石だ……良し、穴を塞いだらこのまま宇宙に上がる。怪我人の手当てを優先で警戒態勢は維持。ここは任せても構わないか?」
「問題ありません。カイト様はどちらへ?」
「人々の救護に出る。最も被害の多いところはどこだ?」
「食堂での火傷被害が最も重度となっています」
「うん? 火傷? 荷に挟まれたり叩きつけられたりとかは?」
「艦内の重力制御を危険度別に振り分けました。危険度ニ級の食堂で、スープをこぼしたことによる火傷が最も重度となっています」
「えっ……アシュリーンの優秀さが良くわかった……」
「ありがとうございます」
なるほど……限りある出力をそれでも振り分けていたのか……。
「けれど……食堂にはテュルケやサクラ、ノウェムも……!」
「あっ! アシュリーン、後のことは頼む!」
「皆様に問題は……」
アシュリーンが何か言いかけたところで、僕とリシィは艦橋を飛び出した。
―――
「カイトさん! お怪我はありませんか!?」
食堂に入ると、僕は駆け寄ったサクラに全身をくまなく撫でられた。
「だ、大丈夫だよ、しっかりと椅子に座っていたから……。それよりも、食堂で火傷の被害が最も酷いと聞いたんだけど、みんなに怪我は?」
「はい、カイトさんがご存知の方は皆さん掠り傷ひとつありません。ただ探索者が六名ほどスープを被ってしまい、今は治療を施しています」
見ると、治療を受けている六人も特に深刻な火傷を負っている様子はなく、むしろ濡れた装備や衣服を気にしているようだ。
心配だったのだろう、奥ではリシィがテュルケを抱き締めているけど、サクラの言う通り特に怪我もないようで突然の抱擁に「ふえぇっ」と慌てている。
そんな中で、遅れて僕の姿を見つけたノウェムも駆け寄って来た。
「主様~、転びそうになったユキコを我が助けたの! 褒めておくれ!」
「お、おお? そうか良くやってくれた、偉いぞ~」
「えへへ~」
恐らくは年上に対しこの対応で良いのか疑問だ……本人は喜んでいるけど。
「カイトさん、とてつもない衝撃でしたが艦は無事なのですか?」
「ああ、【天上の揺籃】からの攻撃があったんだ。緊急回避で直撃は避けたから、損害箇所を修復すれば問題ない。サクラもノウェムも無事で良かった」
「はい、カイトさんもご無事で何よりです。ですが……」
「え、まだ何かある……?」
「昼食の仕込みも引っ繰り返してしまったので、ゼンジさんが気落ちして調理場の奥に引き篭もってしまいました……」
「うわぁ……」
何にしても、今の攻撃で被害がスープをこぼしただけとは……アシュリーンの優秀さをまざまざと見せつけられる結果になったな……。
食堂にいた人々は、火傷をした人以外は既に食事を再開していた。
逞しいというか何というか、流石は大迷宮で墓守を相手にして来た手練ればかりの探索者たちだ。
僕を見ると「大丈夫だったか?」「何だったんだ?」と聞いてくるけど、正直に答えたところで特に慌てるようなこともなくまた食事に戻って行った。
「サクラ、この際だから昼は糧食を上手くやり繰りしてもらえるかな」
「はい、少し遅れてしまいますが、手分けをし何とかしてみますね」
「うん、助かる。ノウェムも頼んだよ」
「あい、主様には我が特注するから然と待つが良い!」
「あ、ああ……楽しみにしておくよ」
ノウェムの話し方の切り替えスイッチがいまいちわからないな……。
「カイト、思っていたほどに被害はないようね。テュルケも大丈夫よ」
「ドカーンってビックリしましたですぅ~。でもでも、姫さまにギュッてしてもらったので得しましたです! えへへ!」
「うん、テュルケも怪我がなくて良かった」
『カイト様、中央第一格納庫で親方がお呼びです』
「おわっ!? ビ、ビックリした……」
「カイト?」
「カイトさん、どうかしましたか?」
「あ、いや、アシュリーンから通信があったんだ」
通信というか、目の前に突然黒ずくめのメイドが現れたら誰だって驚くだろう。
今のは網膜投影で個人を限定し、あたかも目の前に実際の通信相手がいるかのように見える技術で、これは対象となった本人にしか見えていない。
それとは別に装置の範囲内なら三次元映像を投影する場合もあり、その際は周囲にいる全ての人に見えるけど、こちらは限られた場所にしかないんだ。
そのため、今のアシュリーンの姿は僕だけにしか見えず、回りから奇妙な視線を向けられるのはどうしようもなかった。
「親方が呼んでいるそうだ。ちょっと格納庫まで行って来るよ」
「私も行くわ。テュルケ、この場はお願いね。サクラとノウェムもお願い」
「はい、次は火傷被害を出さないようにしますね!」
「くふふ、我を頼るか。リシィお姉ちゃんの頼みなら致し方あるまい~」
「お任せくださいですです! 姫さまのメイドとしてお料理がんばりますです!」
僕とリシィは食堂を後にし、誘導線に従って格納庫へと向かい始めた。
誘導線は緑色に光り、僕たちの足元から廊下の先へと続いている。
ゲームなどでは良く実装される、目的地まで道順を示してくれるあれだ。
「親方と会うのはルテリア奪還以来ね。籠もって何をしていたのかしら?」
「断片的な情報を整理すると、墓守を組み立てているようだけど……」
「それは私も聞いていたけれど……少し不安だわ……」
「まあ、アシュリーンが何も言わないのなら大丈夫なんだろう」
親方はともかく、サトウさんは良く爆発を起こすらしいので心配もある。
このタイミングで呼ばれたのも気になるし、格納庫まで急ぐとしよう。
―――
「何を……しているんだ……?」
親方たちのことではない。
廊下を行くうちに、第一格納庫に併設された強化外骨格格納庫を見つけて覗いた僕は、思いがけず遭遇した中の光景に驚いてしまった。
「あはっ、見つかっちゃったね~」
そこにはルコと、強化外骨格から首だけを出しているアサギがいたからだ。
「ルコ……とアサギ、貴女たちはルテリアに残ると聞いていたわ!」
「カイくんが絶対に反対すると思って、親方に頼んで格納庫に隠れてたんだよ。アシュリンちゃんも快く許可してくれたよ」
「アシュリンめ……。いや、ルコならどこかで乗り込んで来るとは思っていたけど……こんなところにいたのか」
格納庫には強化外骨格が武装ラックに繋留され、数十体が整然と並んでいた。
本来は“対亜種汎用機兵”用のものらしく、これを装備してようやく“機兵”、人が使えるかどうかは聞いていない。
アサギは竜騎兵戦で負った傷が完治していないことから、流石に大人しくしているものと思っていたけど、甘かったようだ。
「仕方がない……。それよりもこれは使えるのか?」
「……問題ない……調整中」
アサギが淡白な視線をこちらに向けて頷いた。
良く考えるまでもなく、彼女が持ち込んだ強化外骨格の延長線上にある技術で作られているはずだから、後は生身の人の乗り心地がどうかだ。
「二人とも、無茶だけはしないで欲しい」
「あはっ、それはカイくんもだよ~」
「ごもっともです……」