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第二十六話 勝利へと至る道 それが例え――

 だけど、どうすれば良いのか。

 僕はただのゲーム好きであって、戦術や戦略に慧眼があるわけじゃない。

 せめて、ミリタリー分野にもっと造詣があったのなら、戦場で役に立つ知識も持っていただろうに。


 何はともあれ、まずは観察だ。

 針の穴を通すように、見極めなければならない。


 狭路に誘い込まれた砲狼カノンレイジは、機動力を奪われても、探索者に対してまだ優位があるように見える。探索者たちによる一斉攻撃も、独自の生物かのように動く長い尻尾によって容易く迎撃されてしまっている。


 最も厄介なのはあの顎か……今も、迂闊に飛び込んで喰われた(・・・・)探索者が、血の雨を降らした。



「ああっ、探索者が……!」

「何てことだ……!」



 衛士が狼狽えて声を上げ、サクラは目を伏せて唇を噛む。


 『人喰い(マンイーター)』……砲狼が持つ二つ名の由来だ。

 離れていなければ、僕は卒倒してしまったかも知れない。

 間近に居るリシィの心労を考えると、居ても立ってもいられない。

 どうにかしないと……早く、突破口を見つけないと……。



「サクラ、あそこには送りたくないけど……砲狼に対抗することは出来ないのか?」


「はい、確かに私は、多くの探索者よりも優位を保てるとは思います。ですが、生身では討滅にまで至りません。【神代遺物】を使えれば可能ですが、許可が下りるまでに時間がかかります」


「くっ……ここでもお役所仕事なんてものがあるのか」

「申しわけありません」

「サクラのせいじゃない」



 砲狼の核は首の付け根にある。

 ここから見ているだけでも、顎や尻尾を掻い潜って首を狙うのは至難の業だ。

 口腔内を狙えば容易くも思えるけど、あの顎は墓守の中で最も硬く、不貫徹属性を持つ。この世界でどうやって調べたのか、分子密度と強度が地球の常識では考えられないほどに異常らしい。


 だけど、それ故に重く、落とし易い(・・・・・)とも。


 と言うことは、砲狼はフロントヘビー、トップヘビーでバランスが悪いはずだ……。運河に誘い込んで沈めるか……ダメだ、あれは生物じゃない。川底を歩いて、何ごともなかったかのように上陸してくる。


 くっ……思考が纏まらない、焦って混乱して何も導き出せない。

 バランスが悪いのも仮説の域を出ない、図鑑だけでは情報が足りない。



 ――ドンッ!!



「しまった!! 三射目!?」



 砲狼が発砲した衝撃で、飛びかかった探索者の数人が吹き飛ばされ、頭上を越えた砲弾は防御陣地のひとつを再び吹き飛ばした。


 リシィとテュルケは……!? 良かった、無事だ……。


 ……


 …………


 ………………


 ……待て、砲狼は壁の向こうをどうやって見ている?

 第一防護壁に遮られ、その向こうを何故ピンポイントで狙える?


 僕は今いる監視塔から、左右に伸びる壁の上に視線を巡らせた。

 慌ただしく行き交う衛士が目に入るだけで、それらしいものは何もない。


 大断崖の上……ダメだ、高過ぎて見えない。

 何かがいたとしても、ここからでは……いや、いる! 崖の上じゃない!


 遥か上空の鳥の群れに混じり、見るからに大きく、羽ばたかない(・・・・・・)鳥がいる!!



「カイトさん、あれは……墓守!?」



 サクラも僕の見上げる視線の先に気が付いたのか、その鳥を見た。



「サクラ、見えるか? あれは墓守?」

「はい、墓守です。気が付きませんでした、あんな高空にいるなんて」


「な、何だ……あんなところで何をしてるんだ……」

「恐らくは観測機。あれが砲狼に砲撃座標を送っているんだ。だから、壁の向こうからでも正確に狙って着弾する」



 狼狽える衛士に説明する。

 確信はないけど、十中八九そうでないと説明も出来ない。


 神代期の人工衛星がある可能性、スペースエレベーターに観測機器がある可能性、全ての可能性を精査している時間はない。


 勝算もない、だけど懸けるしかない。



「サクラ、あれを落とせる攻撃手段がルテリアにはあるか?」

「あります。エリッセの固有能力が超長距離射撃を可能とします。今直ぐに……」

「いや、まだだ。目を潰したら、それこそ砲口がリシィたちに向く」

「では、どうすれば……」



 目標を定める……。


 まず“目を潰す”、そして目を潰した後の“足止め”、最後に“無力化”だ。


 この三つを、出来れば同時に行い、最低でも砲は破壊しなければならない。

 あの観測機が爆装している可能性や、特攻機である可能性も考慮して、あくまで砲狼と同時討滅でなければ、最悪の事態を招いてしまうだろう。


 後はその手段……。


 目を潰す以外は、あの場にいる探索者たちに協力を仰ぐしかない。

 そんなに都合良く、その手段があるとは思えないけど、今の僕に出来ることは“知恵を貸す”だけなんだ。


 あそこに行くのは怖い、だけど僕は行く、行ってみせる!



 ――望め 望め 望め



 ――力を求めよ 求めよ 求めよ



 ――さらば与えられん 与えられん 与えられん



 不意に、衝動が耳を突いた。


 止めろ……!


 福音書の引用か? どこまでも巫山戯ている!

 お前たちの力は借りない! “三位一体の偽神”!

 これまで黙っていたのなら、最後まで黙って見ていろ!



「くふふ、何か困っているようだな」



 いつの間にか、監視塔の縁に少女がいた。

 たなびく銀髪がふわりと石材に影を落とし、収束した光翼が光の粒子を散らして消える。まるで、これから舞踏会にでも行くかのような、肩を大きく出した黒灰色のAラインドレスを着てクルクルと舞っている。



「ノウェム……!?」

「ほんの数日会わぬ内に、覚悟を決めた表情になっているな。おのこの成長は早くて目が離せぬ」


「ここに何をしに来た!?」

「つれないな。おぬしが困っているようなので、我が少しは手伝ってやろうと言っている」

「……っ!?」



 表情が読めない。幼く、老獪で、人を食った笑み。

 半眼から覗く上目遣いの翠眼からは、信の在り処が全くわからない。



「見よ」



 ノウェムがそう言って手をかざすと、突然目の前の空間に亀裂が走った。

 亀裂の向こうは、監視塔の僕たちを見下ろす視点。外と繋がっている……!?


 これは……離空間を繋げる固有能力か……!


 僕だけではなく、サクラも衛士も驚いてノウェムの様子を窺っている。



「これは……?」

「おぬしは、我の力をどう見る? そしてどう使う? 我に示して見せよ」



 まるで、狙って降って湧いたようなノウェムと、この能力。

 これが、“三位一体の偽神”の手の内であることは間違いない。


 ノウェム自身に、自覚があるかどうかはわからない。

 だけど、悔しいけど……これは光明だ。僕には筋道が見えて来てしまった。

 この誘いに乗ってはダメだ。それでも、優先順位ははっきりしている。


 何よりも大事なのは、仲間たちの、リシィの無事なんだ……!



「ノウェム、その……穴、通り切らない内に閉じたらどうなる?」


「……くっ、くふふ、くはっあははははははっ! まさかおぬしは、移動手段にしか過ぎぬと思っていたこれを、攻撃に使おうと言うのか? 良いぞ、乗ってやろう! ただし、あまり大きな陣は引けぬ、良いところ脚の一本しか飲み込めぬぞ?」


「それで充分だ」



 勿体ない。とんでもない能力なのに、移動手段としてしか認識がないのか。

 やはり、この世界の人々は力の使い方がまるでなっちゃいない。



「後は砲狼を無力化する手段だけど……サクラ、あの戦っている中に、切断か貫通に特化した能力持ちはいないか?」

「それでしたら、リシィさんがその極致です。リシィさんの持つ神器は神龍が与えたものですから」

「ん? なら何で今は使っていないんだ?」


「くふふ、それは我のせいだな」

「何でノウェムが?」

「今は気にするな。まずはあれを倒すことが優先であろう? 『今だけは使える』とでも言っておけば良い」



 解せない。だけど、ノウェムの言うことは一理ある。

 まずは砲狼を倒す。細かいことはその後で良い。



「わかった。後は機会を合わせなければいけないんだけど、通信機はある?」

「有線のものは重要施設にありますが、無線通信機は未だに研究開発中です」

「そうか、時間を指定するしかないか」

「では、こちらを」



 サクラはそう言って、懐から懐中時計を取り出して僕に渡した。

 年頃の女の子が持つには、あまりにも古びれていて、くすんだ銀色をしている。

 擦れて見えなくなっているけど、彫られてある元号が『大正』……?



「まさかこれ、お爺さんの?」

「はい、大切なものです。終わったら、ちゃんと返してくださいね」


「……そうか。わかった、必ず返すよ」



 勿論、死ぬ気なんてない。



「ノウェムは?」

「くふふ、必要ない。我がどれだけの時を生きていると思うておるのか。一瞬たりとて、狂いなく言い当てることも出来るぞ」



 見かけだけなら十代前半……年齢を聞いたら酷いことになりそうだ……。



「サクラ、三十分もあれば大丈夫か?」

「はい、エリッセの居場所はわかっています」


「良し、じゃあ三時きっかりに観測機を落としてくれ。ノウェムも同時刻に、“陣”とやらに砲狼の後ろ脚を落として切断。僕はリシィに作戦を告げにいく」


「はい! 終わったら直ぐに合流します!」

「くふふ、良いぞ」



 サクラとノウェムは直ぐに監視塔から飛び出し、僕も壁の下を目指す。


 転がるように下る階段で、三十分は無茶だったかと少し後悔を感じたけど、脇目も振らずに全力で走れば何とかなるだろう。


 それでも三十分は長過ぎるんだ、その間にも犠牲は確実に出る。

 だけど、それを全て飲み込んで、砲狼を討滅するために走り切ってみせる。


 必ず――。

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