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第二百三十九話 “アルテリア”

「カイトしゃん、重航宙機動強襲巡洋戦艦の艦長をお願いしたいのよ」

「それは構わないけど……その長いのは毎回言うのか……?」



 翌朝、丁度一日が経過した日が昇りきらないうちに、僕たちは重航宙機動強襲巡洋戦艦……もとい巡洋戦艦の出航準備を進めていた。


 今は艦橋で、僕とリシィの他にはアシュリン、シュティーラ、セオリムさんと、後は大隊指揮官に選抜された主要パーティのリーダーが数人、探索者ギルドからはエリッセさんが代表として来ている。



「じゃあ司令官はシュティーラさん、艦長はカイトしゃんで登録しておくのよ。カイトしゃん、この艦に名前を付けてあげて欲しいのよ。じゃないと“重航宙機動強襲巡洋戦艦アシュリーン”になるのよ」


「微妙に調和している気がするけど、少し間が抜けた感じだね……うーん」



 考える僕に皆の注目が集まる。


 人類の存亡を懸けた英雄たちを乗せる唯一の艦となると、やはり“ヤマト”と名付けたいところだけど……この時代でその名を知る者は少ない。

 優先すべきは、やはり皆を奮い立たせるような馴染みのある名前で、だとすると選択肢はひとつしかないだろう。



「皆の拠り所となる、迷宮探索拠点都市ルテリアの元となった名前、またかつてこの空を翔けた一番艦の名前を継いで神代の彼らにも報いたい」

「カイトしゃん……それは……」


「ああ、“重航宙機動強襲巡洋戦艦アルテリア”。この艦の名前に最も相応しい」


「ふむ、悪くない。確か湖塔ルテリアがそれに当たるのだったな」

「ええ、そうよシュティーラ。流石は私の騎士ね、これ以上にない命名だわ」

「ははは、アルテリアか。何とも雅な響きを感じる名だね、心に沁み入るようだ」

「お兄さまは、カイトさんが仰るなら何でも褒めちぎりそうですわね。私も異論はありません、とても美しい名前だと感じますわ」


「はは、ありがとうございます。そのままですけどね」



 皆は復唱し、頷きながら賛同してくれた。


 面識のない他のリーダーたちもこれには納得したようで、特に反論がないというか、「流石は軍師だな……」と過剰な評価まで得ているようだ。



「早速登録したのよ~。DNA情報から、カイトしゃんのご先祖さまがアルテリアの副長をしていたことが判明、不思議な因果なのよ~」


「えっ!? 副長ってまさか……」



 つ、つまりは“カイン”か……待って、ご先祖さま……?

 ということは、グランディータの龍血を受けて過去に飛んだのは彼ら(・・)か!


 ああ……機動強襲巡洋艦アルテリアが、ここに落着している時点で気がつくべきだった……。そうか、彼らは生き延びこうして今の今まで繋がっていたんだ……。


 不思議か……神龍の介入があったとはいえ、本当に不思議な因果だ……。



「カイト、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。世界は神秘に満ちているなと」

「そう、それなら良いの。まだまだこの世界は神秘に満ち溢れているわよ」

「ああ、これが終わってリシィの故郷に旅立つ日が楽しみだ」

「んっ……う、うん……そうね……」


「さて、艦の名が決まったところで、出港はいつになるか?」


「シュティーラさんはせっかちさんなのよ。人数が増えたことで艦内の整理が必要だから、どんなに早くとも昼にはなるのよ。宇宙に上がってしまえば余裕なんてないから、今のうちに艦内に慣れておくのよ。迷っても知らないのよ?」



 神秘の余韻に浸る暇もなく、シュティーラが話を進めた。


 昨日から志願する探索者は急増し、まだ滑り込みがあるらしいけど、その数は既に三千人を優に超えてしまっていた。

 更には一般からの志願者も増え、乗員総数は四千人に迫る勢いだそうだ。

 龍血の姫の威光……いや、勇壮で可憐なリシィの演出こそが恐るべしといったところか……。流石にここまでとは夢にも思わなかったよ……。


 ともかく、艦内空間は何とかなるとしてもこのままでは物資がまるで足りないので、今はルテリア全土からかき集めて緊急搬入中だ。

 そのため半日は動けず、この手の状況では大抵隕石爆弾や超巨大ミサイルが降って来るものだけど、今のところ墓守の襲来もレーダーは捉えていない。


 このまま何事もなく出港したいところだけど……ああ、これフラグか……。



「ならば仕方あるまい。関係各所に通達、全ての乗組員は出港まで習熟に徹し、許可なき者の艦内侵入は何が何でも阻止すること。それと……そうだな、カイト クサカ、リシィ、貴様らには半日の休暇を厳命する」


「シュティーラ、私たちも!」


「リシィ、その男は一番槍になろうとするはずだ。後は言わなくともわかるな?」

「ん……そうね、わかったわ。カイト行きましょう、私たちは出番まで休息よ」

「え? ここ数日で休息は充分に取れたけど、特に疲れてもいないよ?」

「良いから、私に付き従いなさい!」

「はいっ!?」



 この後で、集められたリーダーたちには艦内機器を使用する際の諸注意や人員配置、出港後の行程が言い渡される。

 本当に良いのだろうか……。結局、僕はその前に艦の名前を付けただけで、後はリシィに引っ張られ艦橋を後にしてしまっているんだ。


 何気なく僕の左手を引いて先を行くリシィの手は熱い。その心地好い温もりは、不意に繋がれた手を出来るだけ長くこのままでいたいと思ってしまうほどに。


 半日もすれば空の上、今は素直に彼女に従うとしよう。




 ◇◇◇




「リシィ、どこへ向かっているんだ?」

「食堂よ。まだ朝食も食べていないもの、カイトもお腹は空いているわよね?」

「ああ、緊張からか意識していなかった……。それなら、サクラが手伝いをしている食堂に行こう。確か左舷の第一食堂だったかな」

「ええ、この艦で最も広い食堂と言っていたわ」



 カイトを連れ出すために思わず手を取ってしまったけれど……ど、どうすれば良いの、このまま手を離さずにいつまでも過ごしたいわ……。


 多くの人々の前で姿を晒し、あんな注目されることをしてしまったせいで、廊下で擦れ違う全ての人が私に恭しく礼をしてくる。

 数日前まで誰もいなかった艦内は、昨日の今日で人波を掻き分ける状態となってしまっているの。とても落ち着かないけれど、それを慮ってくれているのか、カイトはどこへ行くにも必ずつき従ってくれる……素直に嬉しく思うわ。



「それにしても、体がふわふわとして慣れないわね……」


「仕方がない。重力圏外で行動するための習熟に、艦内重力が少し下げられているんだ。少しでも慣れておかないと、白兵戦はまず出来ないだろうから」


「説明は受けたけれど、実感が湧かないわ……」

「宇宙は何よりの未知だから慣れるしかない、手を離さないで」

「え、ええ……カイト、ありがと……」



 昇降機を乗り継いで進むと、人が多く出入りする部屋に辿り着いた。

 文字は読めないけれど、漂って来る匂いからここが食堂なのはわかるわ。


 内部に入ると、懸念した通り人々の視線が一斉に私を向く。

 百人以上が席につける室内で、今は三、四十人が座っていたけれど、その誰もが一斉に立ち上がってまたしても私に礼をしてくるの。


 私も手を上げて応え座るように促す、本当に落ち着かないわ……。



「あっ!? ユキコさん、ゼンジさん、何でここに!?」


「あらあらぁ~、カイトくん、リシィちゃん、相変わらず仲良しさんねぇ~。うふふ、良いでしょ~。ここを『鳳翔』の出張店舗にしちゃったっ♪」

「おうっ、カイト! 嬢ちゃん! ユキコの言う通りだ、これだけの大所帯に料理人は必要だろう! 野郎どもの腹は俺らに任せろや!」



 食堂の入口を入って右手には、広い開口部を備えた調理場がある。


 その中で、並んでいる人々に配膳していたのはユキコとゼンジだったの。

 行政府で姿を見かけないと思ったら、こんなところにいたのね……。



「そ、それは助かりますが……僕たちは戦いに、それも宇宙に行くんですよ?」


「あったりめぇよ! こちとら江戸っ子だからよ、いつまでもおめえさんにだけ重荷を背負わせるのは無粋でいけねぇ! これは男の意地ってぇやつよ!」

「うふふ、こうは言ってるけど、この人ただ単に心配なだけなのよぉ~。カイトくんもリシィちゃんも、お腹いっぱい食べて行ってねぇ~」


「カイトさん、リシィさん、『出張鳳翔』にようこそ。お食事なら直ぐにご用意出来ますよ。皆さんは奥にいますので、そちらで少しお待ちいただけますか」

「サクラ、二人の乗艦を止められなかったのか……?」

「ふふ、お二人を止めるのは私には無理です。それに私も、ここに来て始めて知りましたから」


「そ、そうか……。ユキコさん、ゼンジさん、今は感謝します。ありがとうございます。ですが、戦闘が始まったら無茶はしないでください」


「おうよっ! その辺は弁えて飯炊きに精を出すからよぉっ!」

「この人ったら、直ぐに墓守だろうと魔物だろうと殴りかかるけど、私が怪我をしないようちゃんと見ておくわねぇ~」



 皆が皆、自分のやれることで精一杯にこの戦いを支えようとしている。


 ツルギとアケノはルテリアに残って都市再建と防衛に尽力し、ユキコとゼンジも自分で決めてこの艦に乗り込んだ。


 今の状況を皆は私の功績だと言うけれど、それは違う……本当に人々の心を奮い立たせ、足が竦みそうになる私を支えてくれたのは、いつだってカイトだもの。


 私の騎士……ううん、私にとってただ一人の英雄であり、大切な……。

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