第二百三十六話 旗を掲げ人々の守り手たらんことを
アシュリンの言う“重航宙機動強襲巡洋戦艦”、この艦を一通り見て回り思ったことは、その言葉通り廃材の“寄せ集め”だった。
艦の構造的には内と外で二重の艦体が組み合わされていて、要するにアルテリア級機動強襲巡洋艦を中央に配し、その周囲を取り囲んで防御に特化した重装甲区画が増設されているんだ。勿論これは切り離すことが出来ると聞く。
全長は主艦体と増設部を合わせて五百六十三メートル。僕の時代で最も大きな軍艦は、アメリカのジェラルド・R・フォード級航空母艦が三百三十七メートルだから、その異様さが良くわかる。
そして、アルテリア級の設計にも手が加えられていて、目立つものとしては今艦橋から見下ろしている三基の主砲がその最たるものだ。
主砲の諸元は、三番主砲塔だけがかつての超大和型計画戦艦と同じ……いや、砲門数が上回る四十五口径五十一センチ三連装砲で、それ以外が同口径四十六センチ連装砲。数は前部三基後部二基、あまつさえ防御区画内にも左右一基ずつ、主砲塔計七基十五門とかなりおかしい。
元々アルテリア級の主砲は三基だと言うから、かなり盛ったものだ。
流石に外周の防御区画内には弾薬庫まで配せず、左右の主砲に関しては実弾でないエネルギー砲……霊子力砲として運用するつもりらしい。
更には副砲や小口径砲群も増設され、これだけの重武装でも阻まれる弩級戦艦、確か“旗艦級航宙機動要塞艦アマテラス”とはどれほどのものなのか。
アシュリーンが存在しなかったら、確実に対することすら出来なかっただろう。
多くを知り得て尚、僕は良く人の身でここに踏み止まっていられるものだ。
逃げ出したいとは思わないな……だってリシィがいるから。
「何度触れても不思議ね……。私たちの固有能力と同じようなものかしら……」
「キラキラですぅ~。ふぇっ!? 何か変わっちゃいましたぁっ!?」
「ここを押せば戻るのでは……余計に変わってしまいましたね……」
「くふふ、我に任せるが良い。これはこうだ! ドヤァァッ」
「「おおぉ~」」
艦橋の中央には三次元立体宇宙図が投影され、皆は今の時代では当然ない技術の産物に触れて変わる反応を楽しんでいた。
今、僕たちがいる艦橋は上下の二層構造で、神器の記録の中で見た機動強襲巡洋艦アルテリアと同じ、SF色の強い未来的なデザインとなっている。
乗組員はアシュリンの動かす忌人しか存在せず、その中で会話を交わせるとしたらアシュリン二号機のブリュンヒルデと、今は行政府に行っている三号機のヘルムヴィーゲくらいのものだ。
アシュリン一号機は頑なに“アシュリン”を名乗っているけど、機体名は確実に“ゲルヒルデ”とか“オルトリンデ”なんだろうな、多分。
時代が変わっても、忘れられずに受け継がれて行くものは興味深い。
「カイトしゃん、シュティーラさんを連れて来たのよ~」
「アシュリン、ありが……」
「カイト クサカ! 扉が! 扉が勝手に開く!」
「シュティーラさん、落ち着いてください。そういうものです」
「そ、そういうものか……」
アシュリンに案内され、シュティーラさんが慌ただしく艦橋に乗り込んで来た。
普段は威風堂々としているのが彼女なのに、自動扉やディスプレイのちょっとした電子音に驚いては、少女のように驚く仕草を見せているんだ。
勇猛な真紅の皇女様も、未知を前にしては戸惑うこともあるんだな……。
それでも彼女は気を取り直してこちらに向き直った。
「そ、それにしても、貴様は直ぐに態度が硬化するな。ここは行政府でも我々の他に誰がいるわけでもない、友として接してはくれないか。このような場所は柄にもなく緊張してしまってな、私としてもそのほうがありがたい」
「わかりまし……わかった、シュティーラ」
「それで、この巨大な艦を見てどうか。率直な感想を聞きたい」
僕が先に送り込まれた理由に、この時代の人々ではわからない未知に対する見聞がある。シュティーラさんが求めているのは、感想と言うよりはこの艦が邪龍に対して使いものになるかどうか。
僕にとっても未知であるから測りようがないけど、前提とする知識と情報のあるなしから、他の人々よりは幾分かマシな判断が出来るだろう。
それでも……相手はそれ以上の未知の存在でもあるのだから……。
「正直に結論を伝えると、わからない」
「『わからない』とはどう言うことだ? 貴様で理解が及ばないのならば、この艦は私たちにとって更に皆目検討もつかない未知の遺物となってしまうが」
「それは、相手との戦力差を測れないからわからないと言う意味だ。この艦で宇宙に上がり、【天上の揺籃】を目指せることは確かだけど、そこから先の防衛網を突破出来るかは未知。僕が保証出来るものは何ひとつとしてない」
「ふむ、危険は百も承知。ならば貴様は、保証が出来ないからこの艦には乗るなとでも言うのか?」
「いや、逆だ。保証が出来ないからこそ、決死をもって挑んで欲しい」
「くっ、あっはっはっ! 貴様は相変わらず面白いな! 私が言ったことを真に受け、強く責任も感じているのか。それについては謝罪しよう、気にするな」
「え、いや……シュティーラに言われるまでもなく、責任は確かにあるから……」
「何にしても来訪者である貴様より、当事者である我々こそが本来は頭を下げねばならぬ事態だ。怖気づけば、老いるよりも先に“死”が待ち受ける。滅びまで偽りの平穏を生きるのも良かろう。だがそうだな……共に先陣を切るのならば私からも告げねばなるまい。カイト クサカ、我々と共にあり、我々と共に戦ってくれ!」
僕たち地球人は、本当の意味で“来訪者”ではない。
時の彼方より訪れる者としてはそうだとしても、同じ星の上に立つ者としては、僕たちも間違いなく共に住まう当事者なんだ。
……いや、例えここが異世界だったとしても、答えは変わらないな。
シュティーラは以前、僕の剣として共に戦うことを誓ってくれた。
なら彼女の要望に応えるのは当然、先陣に並び立って進むだけ。
答えなんて、今に至るより前から決まっているんだ。
「当然です。己を懸けて挑むと、僕は確かに告げましたから」
「あっはっはっ! ほら、貴様は直ぐに硬化する」
「えっ、あ、すみませ……ごめん。完全に癖だ」
「まあ良い、何度言ったところで態度の変わらぬツルギよりは素直。その答えは然と聞いたぞ。私も助力を惜しまず、出来るだけ多くの英傑を呼び集めるとしよう。この静けさに支配された艦が賑わうほどにな!」
「シュティーラ、助かる。ありがとう」
シュティーラなら何が何でも邪龍に挑もうとするだろうけど、それは彼女もまた誇り高きエスクラディエ騎士皇国の皇女だからで、一般の探索者ともなると恐れる者も当然少なくない数が出てしまうだろう。
そんな彼らを奮い立たせるためには、やはり旗印となる強き存在が必要だ。
その点シュティーラなら申し分はなく、更には龍血の姫たるリシィがいて、光翼の姫たるノウェムまでいる。サクラも、“焔獣の執行者”と二つ名を持つほどにこのルテリアでは知られているから、奮い立つには充分な象徴がここには幾人もいる。
掲げるは“守護”、この艦に人々の守り手たる“守護旗”を掲げるんだ。
「ちょっとシュティーラ。カイトの手前、大人しく聞いていたけれど……彼の主は私なの、協力を要請するのなら私を通してもらえるかしら?」
「おお、すまん。あの珍妙な光る球体に夢中になっているものかと思っていた」
「あ、あれは空の上の地図よ! 既に戦いは始まっているの、遊んでいたわけではないのよ!」
「ふぇえっ!? 姫さまごめんなさいです……私、楽しんでましたぁ……」
「えっ!? テュ、テュルケはまだ良いのよ。私はほら、主として先陣を切る役目があるから、誰よりも率先して行動しないといけないわ!」
「くふふ、見るからに目を輝かせておった癖に。建前とは便利よな」
「ノウェムだって自慢げに操作していたじゃない!」
「ご、ごめんなさい……。私も興味深く拝見していました……」
「ああ~!? アンドロメダまでナビが設定されてるのよ~、変なところは弄らないで欲しいのよ~! 爆発しても知らないのよ~?」
「「「「えっ!?」」」」
何と言うか……若干気の抜けた旗印な予感もする……。
「カイト クサカ」
「はい?」
「貴様は恵まれているな」
「はい、僕も心からそう思います」
「ほら、またしても硬い」
「あっ!?」