第二百三十五話 乗艦 神代の天翔ける艦
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翌日、行政府の今後の方針や部隊編成が完了するまでの待機時間、私たちはアシュリンに連れられルテリア湖に浮かぶ巨大な艦にまで来ていた。
墓守は街を奪還した後も現出し、防衛態勢の整わないルテリアの代わりに今はあの巨艦が守ってくれている。カイトは確か“ミサイル”と言っていたかしら、火を噴いて飛翔する槍が時折放たれているの。
今この街はアシュリンに守られていて、その彼女は昨日からずっとカイトにくっついているけれど、これではあまり強くも言えないわね……。
「これが本来の【対亜神種用装甲機兵】か。従騎士に近いけど、それよりもどこか無骨な印象だな」
「現代で迷宮内に存在する【鉄棺種】は、形態の様々な亜神種や戦後の環境に適応するため生み出された、言わば実験機、試作機ばかりなのよ。後期のものほど本来の設計から逸脱してるのよ」
艦内を見て回るのは私とカイト、後はテュルケとサクラとノウェムも一緒。
親方や特にサトウが一緒に来たがっていたけれど、シュティーラの命令でまずは私たちが内部を確認して来ることになったの。
今は格納庫に来ていて、カイトの言う通り従騎士に似た墓守が並んでいる光景は、初めて見た時に驚いてしまった。
天井まではどのくらいあるのかしら、えと……“ゔぁんがぁど”よりも少し高いくらいだから十メートルくらいね。通路の幅は十数メートルはあり、その左右の壁際に従騎士に良く似た紺色のゔぁんがぁどが立ち並んでいる。
それにしてもこの艦は本当に大きい。私が見た最大のものはルテリア艦隊の艦だけれど、どんなに少なく見積もっても全長だけでその二倍以上はあるわ。
艦内も見たことのない装いで、何と言えば良いのかしら……白く清潔、鋼鉄で出来ていて明るく、所々に文字が描かれた光る絵画があり……最も驚いたのは、その透けて浮き出る文字や立体的な絵画に触れられたこと。
カイトは“ホログラフ”と言っていた、本当に何でも知っているわね……。
「八機は少ないな……これで限界?」
「格納庫は艦内三箇所にあって、【対亜神種用装甲機兵】は十六機、残りは航宙戦闘機になるのよ。そうそう、親方さんたちのコンテナも運び込んでおいたのよ」
「そうか、何か聞いている?」
「霊子物質の反応があるから間違いなく墓守なのよ」
「えっ!? それは大丈夫なのか……?」
「何とも言えないのよ~、一応は警備にアシュリン二号機を配してるのよ」
「親方とサトウさんはいったい何を作ったんだ……」
昨日の今日でまだ少しずつだけれど、着々と【天上の揺籃】に向かう準備は整えられているわ。
行政府にはアシュリン三号機が行っていて、情報の交換や様々な折衝をしてくれているとのこと。
カイトも私も少し不安を感じたけれど、乗艦する時に擦れ違った彼女は、今目の前にいるアシュリン一号機とは違ってとても理知的だったわ。
名前が同じなのはややこしいから、一号機以外は機体名で呼んで欲しいとも言っていたわね。二号機が“ブリュンヒルデ”、三号機が“ヘルムヴィーゲ”。
「アシュリンさん、ここにある【対亜神種用装甲機兵】のように、全ての墓守を制御下に置けないのでしょうか?」
そんな会話が続く中、しきりに何かを考えていたサクラが質問した。
それは私も思ったわ。墓守は元々がアシュリンの制御下にあるとのことで、その全てを味方につけることが出来れば、カイトの負担も大きく減るのにと。
「カイトしゃんのために何とかしたいのはやまやまなのよ。だけど、邪龍は中核となるネットワークを支配してるから、それには【天上の揺籃】まで行って制御中枢に直結する必要があるのよ」
「ねっと……わぁく……?」
「前にデータリンクについて説明したよね。それを視覚化して、全ての墓守同士が繋がる“蜘蛛の糸”のようなものを想像して。それがネットワークだ」
「そんなものが……。私たちでは及びもつかない世界のお話です……」
「そうなのよ~、とってもとっても大変なのよ~」
あまり大変そうには見えないわね……大丈夫なのかしら……。
「うーん……簡単に見て回っただけでも、単艦で宇宙に上がるのはやはり危険に思えるな……。せめて陽動をかけられるもう一隻があれば……」
「アシュリンもそう考えて後二隻ほど建造してたけど、間に合わなかったし【天上の揺籃】の浮上で今は地面の下なのよ」
「なんてことだ……決死の強襲作戦を敢行するしかない状況か……」
「あっはは~、それも確実に弩級戦艦が阻んで来るのよ~。あれは元旗艦級要塞艦のコアブロックだから、寄せ集めのこの艦じゃとても歯が立たないのよ~」
「そこは笑うところ!? 宇宙ではこの艦だけが頼りだよ!?」
「この艦にはアシュリンがいるのよ! 大船に乗ったつもりで良いのよ!」
「それが一番の不安要素なんだけど……」
そ、それは私もだわ……。話の半分も理解出来ていないけれど、アシュリンしか頼れる存在がいないのは誰もが不安に感じることね……。
「ふえぇ……こんな大きいお船でも敵わないですぅ? 姫さまぁ……」
「テュルケ、大丈夫よ。ルテリアには頼りになる英雄たちが数多くいるもの、私もカイトもついているから、きっと……いえ、必ず何とかするの」
「我らセーラムも、長い年月に渡り秘匿し続けた神代遺物【ダモクレスの剣】を稼働させる。弩級戦艦の一隻や二隻は一網打尽だ、安心するが良い」
「ノウェムもテュルケを気遣ってくれるのね、意外だわ」
「リシィよ、我を何だと思うておる。情に裏切られ、だからこそ情に厚くありたいと願う。おぬしとて、我にとっては……ええいっ、こんなことを言わせるなっ!」
「本当に意外だわ……らしくなく緊張でもしているの? けれどそうね……私もノウェムのことは妹のように好ましく思っているわ」
「そこは姉ではないのか? おぬしのほうが我よりも小娘であろう?」
「こっ、こむす……確かに貴女ほど歳は取っていないわねっ!」
「ぬあっ!? 年寄りだと言いたいのか!? 我とてまだ……」
「二人とも、こんな場所で喧嘩はやめて!?」
あ、熱くなってしまったわ……。私の大切な家族、テュルケを気遣ってくれたことが嬉しくてつい……。けれどそうね、私にとってもノウェムは既に大切な家族だわ。
面と向かってそう告げるのは恥ずかしいけれど、今のうちに伝えられることは伝えておくの。そうでないとこの先はどうなるかもわからないのだから……。
やはりカイトにも告げておくべきかしら……ううん、一番大切なことは、一番大切だからこそ、しっかりと伝えるために何ひとつ諦めず進んで、最後に伝えるの。
大丈夫、やれるわ。カイトを支え、多くの仲間たちに支えられ、必ず。
だ、大好きなカイトを連れて、絶対に故郷に帰るんだからっ!
◆◆◆
良かった……。艦に乗ってから……いや、昨晩の一件で裸身を見てしまった時から、どこか緊張していたリシィが今ので少し解れたようだ。
ノウェム様様だけど、彼女も彼女で何か落ち着かない様子なんだ。
まあ仕方がない。空の上にはいつ襲い来るともわからない邪龍と大量の墓守、自ら死地に飛び込んで行かなければならない状況で、落ち着けと言うのも無理だ。
早く終わらせたいところだけど、機を焦ってはそれこそ未来を逃す。
冷静に、耐え忍び、虎視眈々と時が来るのを万全の態勢を整えながら待つ。
今がまさにその時なんだ。
「カイトしゃん、他に見たい場所はあるのよ? 恥ずかしいけど……カイトしゃんのお願いなら、アシュリンはアシュリンの中だって見せちゃうのよ……?」
「それはお断りします」
「釣れないのよ~」
断ったものの、正直なことを言うとアシュリンの今の体には興味がある。
いや、性的な意味ではなく、人造人間に対する単純な知的好奇心だ。
どうもこの“特位素体”とやらは、人類滅亡後の“創生”まで想定されているらしく、アシュリンが言っていた通りに“子作り”まで出来るらしいんだ。
それは本を正せば、無から生命さえも生み出す神龍の力……。
そんな超常存在に対し、矮小な人が勝てる術なんてあるのだろうか……。
「そうだな……安全確認は済んだし特に問題があるようには思えないから、後はシュティーラさんを呼んで艦橋で落ち合おうか」
「そうするのよ~、迎えを送ったのよ~」
「行動が速いな……。アシュリンはたまに優秀だね……」
「アシュリンをいったい何だと思ってるのよ!?」