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第二百三十四話 人は幾度も繰り返す

 失礼と思いつつも、リシィとテュルケの様子が気になった僕は、一度湯船の方へと視線を向けてみた。

 リシィはこちらへ背を向けて口まで湯の中に沈み、テュルケは湯船の縁で頬杖をつき惚けている。媚薬を盛られてから解毒剤を投与するまでに間がなかったことから、特に心配は必要ないらしい。


 ノウェムは元より、生体のアシュリンという厄介事が増えてしまったな……。



「それで、今のアシュリンのこの体は何だ? “特位素体”だっけ?」



 今のアシュリンは人に見紛うばかりだけど、薄目を開けて確認した彼女の体は確かに人でない部分がいくつか見受けられる。

 背骨沿いや各関節の位置に線が入っていて、恐らくはそこから部位換装やメンテナンスを行うのだろう。少なくとも表皮に触れた感じは人肌のように柔らかく、その下の駆動系まで生体なのか機械なのかはわからなかった。



「カイトしゃんに始めて会った時の“忌人”と呼ばれていたアシュリンは、懐古主義者がデザインしたものみたいなのよ。だけど、『希望となるのはやはり美少女だ! 戦乙女だ!』と主張する勢力もいて、後になって惜しみない最先端技術を注ぎ込まれて作られたのがこの素体なのよ」


「び、びっくりするほどにくだらない理由だな……」



 だけどそれでも、そうまでしてこの素体を作り上げた人の気持ちが僕には何となくわかってしまった……。

 くだらないが故に誰もが実行することを躊躇するもんだけど、だからこその浪漫でもあり、だからこそのツワモノどもが夢の跡……それなら納得することしか出来ない。


 どんなに科学技術が発達しようとも、いなくはならないものなんだな……僕たちのような“萌え”を貫かんとする人種は……。いや、逆に何でも出来るようになる分、夢を現実に変える力を持ってしまうのか……。



「現存を確認してるのは、この素体も含めて三体だけなのよ。全部で十二体作られたから、探せばまだどこかにあるのかも知れないのよ」


「うん、今は良いかな……。アシュリンがこれ以上に増えても困る」

「酷いのよ~、アシュリンはこんなにカイトしゃんのことお慕いしてるのよ~」

「わっ、わかったから、こっちは向かないでください!!」



 戦乙女を作ろうとした勢力は間違いなくその筋(・・・)の人たちで、均整の取れた体つきは細身ながらも出るところは出て引っ込むところは引っ込み、まさしく人工的に作られたものだからこそあり得る黄金比で僕の目の前に存在していた。

 しかも人工知能《AI》が故に羞恥心なんてものはないだろうから、身動いだりこちらを振り向く度にぷるるんと柔らかな双房が揺れている。


 人工物でも反応してしまうのは、悲しき男の宿命サガだ……。


 それにしても、外見と中身がちぐはぐなのはどうにかならないものか。

 切れ長な双眸に理知的な顔立ちの印象は、さながら主を陰ながら支える優秀なメイド長といった感じなのに、言動がこれではただのぽんこつ残念美人だ。


 いったい何者がこんな妙な人格プログラムを作り出したのか……。



「あっ、ノウェムさん、そこはそんなにっ……カイトしゃんの前でっ……あぅんっ」

「こらああああああああっ!? ノウェム、普通に洗ってあげて!?」

「くふふ、機械人形の割に感度が良いな。神代の技術とは人まで創り上げるか」



 本当にな……。かつての人類は、やがて反旗を翻すことになる“亜神種”を生み出し、また対抗するために更なる機会生命をも作り出してしまった……。

 竜騎兵ドラグーンにしてもそうだけど、地球文明の行き着く先は生命の冒涜と言っても過言ではない……。神に等しい存在の怒りを買うわけだ……。



「ところで、その体には邪龍の生体組織は使われていないよな? 竜騎兵のように、突然反旗を翻して敵対することになっても困る」


「そこは安心して欲しいのよ。アシュリンに使われてるのはあくまでも人工生体組織で、個体諸元上は竜騎兵が上だけど、だから巡洋戦艦を持ち込んだのよ。カイトしゃんのお役に立てるのよ~」


「巡洋戦艦……期待しても構わないか?」

「勿論なのよ! アルテリア級機動強襲巡洋艦改修三番艦、重航宙機動強襲巡洋戦艦なのよ!」

「待って、そんなてんこ盛りで大丈夫!? 僕の時代で既に専用艦で役割を分散し、機動艦隊として組織したほうが良いとなっているけど!?」


「カイトしゃん、何を言ってるのよ。艦隊を揃えられるほどに艦がないのよ。一隻で全てをこなさないといけないのよ」



 何ということだ……。つまり今ルテリア湖に浮いているあの艦は、航宙母艦であり、強襲揚陸艦であり、巡洋戦艦でもあるのか……多分言及されていないだけで、イージス艦でありミサイル艦であったりもするんだ、そうに違いない。


 しかも巡洋艦からの改修となると、艦体に対する重要防御区画バイタルパートの割合が肥大化する恐れがあるのではないだろうか……。



「えーと、アシュリーンが建造したんだよな……?」

「アシュリーンはアシュリンなのよ?」


「そうだけどそうでなくて……。アシュリンのコアOSが建造したんだよな?」



 アシュリンは人間らしい素振りで夜空を見上げ、少し考えた後で顔だけをこちらに向けて答えた。



「そうなのよ。ちなみにアシュリーンのコアブロックは優先して艦に移植したから、あの艦自体がアシュリンでもあるのよ。えっへん!」


「そうか……。【天上の揺籃(アルスガル)】が浮上する前にどうにか出来なかったのか?」


「単艦では出力が足りなくて無理なのよ。それに、かつてアシュリーンを構成した六千八百基のハードウェアはその殆どが大破、今は“対亜種汎用機兵アマルガル”の電子頭脳を並列励起させてようやく最低限の機能を取り戻してるのよ。だから今のアシュリンは手足をもがれたも同然で、カイトしゃんに労ってもらいたいのよ~」



 労るかどうかはともかく、聞いているだけでもとんでもない規模の話だ。

 普段のアシュリンの言動だと到底そうとは思えないけど、やはり【天上の揺籃(アルスガル)】のマザーオペレーティングシステムなんだな……。


 そう、その【天上の揺籃(アルスガル)】についても詳しく聞いておきたい。



「アシュリン、【天上の揺籃(アルスガル)】とは何だ? 神器の記録で見た限りでは、邪龍が襲っていたのがこれに当たると思うのだけど……」


「元々はオービタルリングそのものの名称だったけど、今となっては邪龍の封牢結界と【対亜神種用装甲機兵ヴァンガード】の生産拠点だけが遺るだけなのよ」

「つまり、あれがある限りは墓守も竜騎兵も増産され続けるのか……」


「それだけじゃないのよ。【天上の揺籃(アルスガル)】には最大級の“根源霊子炉シクスジェネレーター”が六基も備えられていて、稼働する限り【虚空薬室ヴォイドチャンバー】から霊子力を無制限に吸い上げるのよ」

「“霊子力”とは“神力”のことだよな。邪龍による人の滅びを待たずとも、いずれはこの星そのものが枯渇してしまうということか……」


「流石はカイトしゃん、話がはやいのよ~。神代文明ではこの霊子物質エーテルマターが様々な動力源に使われてたけど、石油と違って枯渇してしまえばその上で生きる生命体の全てが共倒れなのよ」



 なるほど……“神力”とはつまり、この地球の血液であり生命力に等しい。


 それは単なるエネルギーだけでなく“次元干渉力”まで持ち、本来ならあり得ない作用をこの世界にもたらす。魔法なんて生易しいものではなかった……。


 文字通りの諸刃の剣、存亡への綻びは栄華の中でこそあったんだ。

 人は道を間違え、そして自らの滅亡をもってそれを清算した。


 “星龍”とは、本来そんな人の驕りを粛清するための存在だったのかもな……。



「あぅん、カイトしゃぁん……。そんなにアシュリンに触れたいならぁ、言ってくれれば良かったのよぉ」

「はあ? 突然何を言って……」


「カーーーーイーーーートーーーーッ!?」


「ほわっ!? 何っ!? リシィッ!?」

「あ、な、た、そんなに撫で回して、余程女性の体に興味があるようね?」


「ふへっ!?」



 言われて手元を見ると、いつの間にかアシュリンの背を洗う手拭いが落ち、僕の左手は素手のまま彼女の裸身を撫で回すことになってしまっていた。


 考え事をしているうちに落としたのか……。


 そして、僕の隣ではバスタオルを体に巻いて仁王立ちするリシィ。

 瞳を真っ赤に燃やして憤慨する様は怒り心頭といったご様子だ……。



「えーと、ごめんなさい。考え事は良くないね? これでも不可抗力なんだ?」


「な、何故アシュリンなの……私というものがありながら……どうせ触れるのなら、わ、わ、わ……うぅー、うぅぅぅぅーーーー、うーーーーーーっ!!」


「リシィ……さん?」

「カ……」

「カ?」


「カイトのバカァーーーーーーッ!!」


「二度目っ!?」

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