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第二百三十二話 黒きメイド 現る

 迷宮探索拠点都市ルテリアを一ヶ月以上に渡って侵奪し続けた墓守は、わずか半日で殲滅されてしまった。


 対地艦砲射撃は確実に墓守だけを破壊し、航空型墓守にも情け容赦のない対空砲火で応じた。何者も接近は出来ず、街に影を落とした巨艦は一方的な蹂躙が終わる最後まで人々の味方であり続けた。


 今はルテリア湖の沖合に停泊し、その雪山のような威容を見せつけている。



「船かしら……? いえ、水面から浮いているようね……」

降下用舟艇ドロップシップに似ているな、上陸用の輸送機か……」



 僕たちが港から艦を遠巻きに観察していると、しばらくして開いた格納庫から黒紺色の小型輸送機が発艦した。

 機体上部には主翼が二対、後部には強化外骨格パワードエクソスケルトンを二十機ほど搭載出来そうな貨物室、主翼の先端には回転翼の代わりに青光の噴出孔が備えられている。


 僕の時代で近い形状はV-22 オスプレイだけど……何よりも異常なのは、その飛行する機体の上に立つ人がいることだ。



「メイド……かな……」

「ええ、そう見えるわね……」

「何者でしょうか……。とてもアシュリンさんには……」



 僕の目の錯覚ではないようだ。


 輸送機の上に、きっちり両手を揃えて姿勢正しく佇んでいるのは、メイド。

 ファンタジー色の強いテュルケとは違い、頭から爪先まで全身が真っ黒の古式奥ゆかしいフォーマルメイド。真っ白なカチューシャとエプロンドレスのみが黒の中で汚れもなく、水面から反射する陽の光を受け輝いている。


 どう考えたところで、【重積層迷宮都市ラトレイア】から出て来た航宙艦に普通の人が乗っているとは思えない。それなりの速度で飛行する機体の上に立って微動だにしていないのも、あの黒いメイドが人ならざる者であると言える。


 人にしか見えないけど、あれも忌人……“対亜種汎用機兵アマルガル”の一種か。



 やがて、輸送機は少し離れた砂浜に着陸した。

 警戒を緩めずに近づくも、見れば見るほどに普通の人だ。


 静けさのある冷たい美貌、顎の高さで切り揃えられた髪は黒色で、膝丈のエプロンドレスも茶色いブーツも派手さのない本来のメイドの装いをしている。

 こちらを見た瞳の色は金で、それだけを見ると日本人ではないけど、角も獣耳も尻尾もなくかつての地球人類を模した者であることは間違いない。


 愛嬌だけで言うなら、まだアシュリンのほうがあったな……。



「えーと、始めまして? 助けていただいたことに感謝をしたい、貴女は……?」



 どう対応すれば良いのかわからずギクシャクとしてしまったけど、黒いメイドは僕の問いに応じたのか、輸送機から姿勢を崩さずに飛び降りて来た。


 一歩、二歩と砂浜ですらも優雅に歩き、僕の鼻先まで顔を近づける。

 怜悧で無機質な眼差し、ピクリともしない表情に血の気のない肌、つい最近も似たような雰囲気の人と会ったけど、アサギはまだ人とわかる分マシだった。


 だけどこの黒いメイドが纏う雰囲気はどうか、完全に人形のそれだ。



「カイト クサカ様、お会いしとうございました」


「ほわっ!?」


「カイト!?」

「カイトさん!?」

「主様!?」



 人形だと思ったものの一瞬で前言撤回する。


 僕は何故か黒いメイドに抱き締められ、そのメイド服の下の温もりや押しつけられた柔らかな双房に、これが機械人形であるはずはないと思ってしまったからだ。



「貴女何者!? カイトから離れなさい! 何この力……サクラ手伝って!」

「はっ、はい! カイトさんが困っています、直ぐに離れてください!」


「うぅぅっ……離れなさい! カイトから離れてっ! カイトは私のなんだからぁっ!!」


「え、えーと……た、確かに僕はリシィの騎士だけど……そう面と向かって言われると……何だか照れくさいね……?」

「んっ!? う、ううぅぅ……カイトの浮気者! そうやって美人に抱きつかれて、いつまでも鼻の下を伸ばしておけば良いんだわっ! ふんっ!」

「伸ばしてないよ!? 振り解けないんだ!」



 一体全体どうなっているのか、サクラに頭を抱き締められた時のように、神器の膂力をもってしても振り解くことが出来なかった。

 いくら僕が元は貧弱でも、それなりの鍛錬を続けて来た今、女性の細腕でこうも簡単に押さえつけられていると軽くショックだ。


 前言撤回を再び前言撤回する、やはり普通の人ではない。



「ダ、ダメです……これ以上はカイトさんを引き千切ってしまいます……」



 こ、怖いことを言っている……僕が致命傷になる前に何とかしなくては……。



「き、君は何者だ? 検討はついているけど、アシュリーンで良いのか? それくらいしか他に思い当たらない、しっかりとまずは説明して欲しい」



 そう伝えると、僕の胸に顔を埋めていた黒いメイドが顔を上げた。



「申し訳ありません。この感情は私のものにあらず、代替機による“思い出”の記録がエモーションプログラムに影響を及ぼした結果、カイト様に対する強い好意の発露となってしまったようです」


「えっ……つ、つまり……?」

「こうすればよろしいでしょうか?」



 黒いメイドは僕を拘束したまま動きを止めた、呼吸まで止まっている。

 瞳の中では何やら文字が行き交うのが見え、やはり忌人の類で間違いない。


 そうしてどうすることも出来ずに待っていると、しばらくして瞬きをしたメイドの表情がこれまでになかった驚いたものに変わった。怜悧で冷たい美貌はどこへ行ったのか、やけに人間らしい素振りで自分の顔や体を触り、頭を忙しなく振って周囲の状況を確認している。

 それはともかくとして、男の前で自分自身の胸を揉みしだいて恍惚の表情を浮かべるのはダメだと思う……。


 最終的に、彼女は氷上に咲く一輪の花のように僕を見て笑った。



「カイトしゃん! 会いたかったのよ~! こうしてまた、それもタイプヴァルキリー特位素体で触れ合えるなんて夢のようなのよ~!」


「ア、アシュリンか……?」

「そうなのよ、アシュリンなのよ~!」



 もう人形のような美貌から冷たさは感じられなかった。

 朗らかに笑う、誰が見ても明朗快活な美人、メイドのアシュリンがここにいた。


 それも、僕を「カイトしゃん」と呼んでいることから、陸上母艦パンジャンドラムで完全に機能停止する前にきっちりと記憶データのアップロードを済ませたんだ。

 まさか、あのお世辞にも可愛いとは無縁の機械人形が、こんな美人さんに生まれ変わるとは誰が予測出来ただろうか。


 僕の想像の中のアシュリーンは、酷いことに目がついた機械の球体で、幾本もの管で繋がれた巨大なマザーシステムの姿をしていた。本当に酷い。


 ま、まあ、何にしても……。



「アシュリン、お帰り。また会えて僕も嬉しいよ」


「カイトしゃん、相変わらずなのよ……。では早速、子作りするのよ~!」

「はあっ!? 突然何を言ってるんだ!? というか出来るの!?」



 ダメだこいつ、やはりアシュリンはどんな姿でもアシュリンだった……。




 ―――




 突然の都市奪還成功のお祭り騒ぎとなったその日の夜、僕たちはアシュリンも連れて行政府まで戻り、事の顛末をシュティーラさんにざっくりと説明した。



「大体の話は理解した。つまりそのメイドが【天上の揺籃(アルスガル)】の元制御中枢で、今はルテリア湖に停泊している艦を制御していると言うことだな」


「はい、掻い摘んで纏めるとそんなところですね」



 とりあえず不測すぎる事態ながら、独自に動いていたアシュリーンのおかげで、思っていたよりも随分と早く航宙艦を手に入れることが出来た。


 ただし、二度と同じものは建造出来ず、また現存する艦も他にはない。

 つまり機会は一度限り、【天上の揺籃(アルスガル)】の防衛網をただの一隻だけで潜り抜け、邪龍に対して何とかしなければならない。

 防衛網の中には当然弩級戦艦(ドレッドノート)が含まれるだろうから、対艦戦闘も想定しておくべきだけど、その辺りをアシュリンに聞いても「適当なのよ~」だ。


 どんなに頼れる味方も、相手がアシュリンというだけで不安しかない、本当に大丈夫なのだろうか……。



「な、ん、で、貴女は少し目を離すとカイトに近づこうとするの!」

「ええ~、別に良いのよ~。お姫さまも、殿方と組んず解れつ触れ合いたいと思うアシュリンの気持ちがわかるのよ~?」

「んっ!? そ、そそそんなことはないわっ! はしたないものっ!」


「私は少しわかりますです~」

「テュルケ!?」

「ひゃいっ!」



 執務室では、ソファの端に座る僕の隣にノウェムとサクラが順に座り、対面ではリシィ、アシュリン、テュルケが何をしているのか先程から押し合っている。

 その様子を訝しげに見るシュティーラさんは奥の執務机だ。



「カイト クサカ、私にはそのメイドがそれほどの重要な役割を担っているとは、貴様から説明を受けたところでそうとは思えないのだが」


「僕もそう思います。まあ……恐らく艦の管理は、主人格とでも言えば良いんでしょうか、“アシュリーン”と呼ばれる存在が担当するから大丈夫ではないかと」


「そういうものか?」

「そういうものだと良いのですが……」



 この先の行程は、僕たちだけで何とか出来るものではない。

 僕にとっても、多くの英雄たちにとっても、宇宙は未知の領域となる。


 今はただ信じよう、未知だろうと臆せずに挑む彼らと、そしてアシュリンを。

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