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第二十五話 騎士たり得る者

 第一防護壁は十階建てマンションの高さに相当し、壁の上に突き出た監視塔は更に高い位置に存在する。

 延々と螺旋階段を上り、息を切らせて上まで辿り着くと、驚きの表情でこちらを見る二人の衛士と目が合った。彼らの顔は焦燥の色が濃い、僕とそう変わりなく見える二十歳前後の青年たち。


 若くても戦場の間際に立つ彼らに、僕はどことなく親近感と畏敬の念を覚える。



「状況を教えてもらえますか?」



 僕の背後にいたサクラが声をかけると、衛士たちは途端に表情を緩めた。

 やはりサクラは、リシィと同様にルテリアでは影響力があるのか。



「は、はいっ、ファラウエア執行官! 現在、大型の【鉄棺種】は四体、小型は数え切れません! 西通りに“重砲兵シージアーティラリー”三体が侵攻、噴水広場では“砲狼カノンレイジ”が暴れています! 探索者が前線を抑えているとのことですが、ここからでは詳細までは……」



 監視塔から探索区を見渡すと、そこは屋根の上に転がる墓守の残骸で酷い有様となっていた。

 今も、建物の向こうからよじ登ってくる、小型の墓守がいくつも目に入る。


 確か、“針蜘蛛スプリガン”。全長一メートルほどの鋼鉄の蜘蛛だ。

 砲兵の一種らしく、使い捨ての連装鉄針砲二基四門を脇に抱えている。

 まだ図鑑の全ページに目を通したわけじゃないので、そう名づけられた理由まではわからない。単純な迷宮守護者としての意味か、それとも取替え子(チェンジリング)を行うのか、どちらにしてもわかり易く“ニードルスパイダー”で良いと僕は思う。

 それが無数に、探索区の屋根の上を這い回っている。


 監視塔よりは少し低い位置になる第一防護壁の上端を見ると、均等に配された機関砲が、今まさに針蜘蛛に狙いを定めて粉砕しているところだった。

 ドンッドンッドンッと断続的な射撃、地球の史実では優秀な対空兵器として猛威を振るった、ボフォース四十ミリ機関砲にも似ている。

 ミリタリー系のストラテジーゲームをやっていた僕も、こいつには何度か酷い目にあったので良く覚えていた。


 火線は探索区全域に伸び、屋根の上はこの機関砲の独壇場。被害も少なからずあるものの、次々と登ってくる針蜘蛛を制圧し続けて問題はなさそうだ。


 砲兵の一種である“重砲兵”も、図鑑で見て覚えている。

 砲兵に装甲を増設して、『シージ』と名づけられているけど攻城砲を装備しているわけじゃなく、自衛用の機関銃と重迫撃砲を備えた個体だ。

 そして迫撃砲は面制圧兵器、防御陣地をピンポイントで砲撃しているのは、やはり長砲身大口径砲を搭載している“砲狼”か。


 探索者たちが邪魔をしているのか、あれから砲撃はされていないようだ。





 衛士から状況は聞いたものの、目的を忘れてはいけない。

 僕は監視塔から注意深く周囲を見渡して、ヨエルとムイタを探す。


 だけど、ダメだ……。


 監視塔は高い位置にあるとは言え、探索区の建物はどれも十メートルから二十メートルの高さがあって、離れた西通りは当然見えないし、建物の間を網目のように走る路地も見えない。唯一路面まで見通せるのは、間近にある東通りだけ。


 これでは、兄妹がどこかにいたとしても、見つけることは出来ない。



「サクラ、ここじゃヨエルとムイタは……」



 その時、西通りで大規模な爆発が起きた。

 巨大な火球が燃え上がり、西通りに近い針蜘蛛まで吹き飛ばされている。



「何だ!?」

「西通りには“樹塔の英雄”のパーティが向かった。あれは恐らく、彼らが所持する【神代遺物】によるもので、今頃はきっと重砲兵は跡形もなくなっている!」



 それを見たからか、衛士は表情を綻ばせながら答えた。


 【神代遺物】……あの爆発が……?

 個人が携行出来る大規模爆発兵器があるのか……一部建物も巻き込んでいるようだけど、被害を気にしていられる状況でないことは確かだ。



「あれなら、砲狼に対する増援を期待しても良いか?」

「どうでしょうか。私の知る“樹塔の英雄”……カイトさんもご存知のエリッセのお兄さまですが、その方のパーティなら砲狼に対するに充分ではあります。ですが、合流するにも針蜘蛛の数が想定以上に多過ぎて……」



 エリッセさんのお兄さんか、それなら強そうだ。

 だとしても、針蜘蛛の数が邪魔になるのは厄介だな。

 その間も砲撃されるとなると、あまりのんびりとは出来ない。


 それにしても……この世界は戦い方がチグハグだ。


 火砲があるのに近接戦闘をする探索者たち、あくまで水際防衛のためなのか、防御陣地の榴弾砲が浮いてしまっている。

 それでも墓守は、火砲を潰すことを優先しているようだから、囮として必ずしも無駄じゃないけど……。戦術がこなれていないのは、やはり近代化が流入したものだからか、それとも固有能力に頼り切った戦いから抜けられないためか……。


 何にしても、これでは万全に対抗しているとは言えない。



 そんな数瞬の思考の淵から顔を上げると、東通りに大型の墓守が誘い込まれたところだった。


 灰色の都市迷彩の四足歩行の胴体と、歪な解体用重機を模した顎。

 背には、遠く離れたここからでも良くわかる長砲身の火砲が、その機動力を削ぐように空を仰いでいた。


 間違いない、“砲狼カノンレイジ”だ。



 砲狼の周囲では、大盾を持った戦士数人で前後を挟んで戦線を構築し、探索者たちが壁を蹴って背に飛び移ろうとしては、長い尻尾に叩き落とされている。


 リシィもいる……!


 大盾を持った戦士たちの後方、一際目立つ金光を纏って光矢を放っている。

 リシィには、力を込めない見かけ倒しの光矢の中に、必殺の本命を紛れ込ませる戦法を提案してある。だから、継戦は楽になっているはずだ。


 だけど、これは持続力がどうこう言う話じゃない……。


 これは、まずい……!



「あれじゃダメだ! 何で通りに誘い込んでいるんだ!?」

「は? 砲狼は狭路に誘い込んで、まず機動力を奪ってから討滅することが確立された戦法だ。何でと言われても、教練所で教わるやり方だが……」



 衛士が怪訝な表情を浮かべ、僕の問いに答えた。


 教科書に従うのは良い、だけどこの世界には固有能力があって、それは個人の戦力差ともなる。教えられた一通りだけで、全てを万全にこなせるわけがない。


 リシィとサクラだけでも、その対応可能な戦術の差は相当に違う。

 やはりこの世界の人々は、本来至って然るべきところにまるで及んでいない。


 誰も気が付かなかったのか……!



「カイトさん、どう言うことでしょうか? あれではダメなんですか?」


「機動力を奪うのは、何も間違っているわけじゃない。だけど、それは直ぐ後に討滅可能な、固有能力を持った人物がいることが前提だろう?」

「は、はい……」


「だとしたら、もう討滅しているはずで、だけど今はそれが出来ていない。そして、狭路に誘い込んだと言うことは、こちらも密集すると言うことだ」



 サクラは何かに気が付いたようで、通りの先に驚愕の表情を向ける。

 遅れて、衛士二人もジワジワと顔色を変え始めた。



「あの大口径砲が、もし密集して戦う人々に向けられたら……」

「そんな……! 何で誰も気が付かずに……!」


「あれを見て。何の策もなく、相手の虚を突くこともなく、ただ飛びかかっては迎撃されてしまっている」



 サクラと衛士たちは愕然とする。



「一度力が通用しなかったら、次はその力の使い方を考えないといけない。この世界の人々は、持って生まれた身体能力と固有能力に頼るばかりで、その才を万全に発揮出来ていない。頼り過ぎて、その先にまで思考が及んでいないんだ!」



 リシィもそうだった。だから使い方を考えて、教えた。


 最早四の五のは言っていられない。都合良く、全てを覆す勇者でも現れない限りは、ここで待っていても状況は悪くなる一方だろう。

 砲口が人々に、リシィとテュルケに向く前に、どうにかしなくてはならない。



 ……そうだ、力が足りないわけじゃない。


 弱いからこそ、力を持たないからこそ、微に入り細を穿つ思考が出来る。

 考えに考え抜いて、誰も至らなかった境地にまで辿り着き、今まで決して覆らなかった条理を覆す。


 それこそが人間だ。弱者であっても、強者たり得る存在だ。


 ならば、やってやる。

 今まさに目の前で奪われようとするものがあるのなら、その不条理、僕が覆す。


 リシィを守る。


 墓守から、そして偽神どもから。

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