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第二百三十一話 大断崖を割り出でる巨艦

 湖底から伝わる地鳴りは重々しく、ルテリア湖と大断崖の境目は再び水蒸気爆発を起こしたかのように水飛沫を上げる。


 正体はわからない、ただ大きい(・・・)としか判断の出来ない何か(・・)が、崩壊した【重積層迷宮都市ラトレイア】から大断崖を割り現出しようとしているんだ。



「アウー! 大きいー! 何か大きいのが来るー!」

「ぬうぅっ!? アディーテ殿、早くこちらへ!」


「カイト!」

「カイトさん!」

「あうぅっ、立ってられませんですぅっ!」

「くっ、みんな掴まれ……! こいつは……!」



 ――ギゴオオォォオオオオォォォォオオォォォォォォッ!!



 水中を進む巨大な何者かは、湖塔ルテリアに接触し歪な音を立て、あの神代より湖底にあり続けた艦をへし折ってしまった。機動強襲巡洋艦アルテリアが、その全体を目にすることもなく水中に没していく。


 湖上では何者かの巨大さを物語る水泡が一帯を白く染め、その大きさは巨兵ガルガンチュアどころか陸上母艦パンジャンドラムでさえも飲み込むほどだった。


 これだけの巨体……確認されている墓守の中では一体しか存在しない……!



「カイトさん、これはまさか……!?」


「間違いない、“弩級戦艦ドレッドノート”だ! どう足掻こうと僕たちを、ルテリアを潰すつもりだ!」



 ――ドドドドドドドドドドドドシャアアァァアアアアァァァァァァァァァァッ!!



 ルテリア湖が山のように膨れ上がり、押し退けた水が洪水となって港を襲う。


 間一髪のところで岸壁をよじ登ったアディーテが水流を操作し、リシィが光膜で防いで流されることはなかったけど、港は水浸しになり多くの物資や係留されたままの船まで陸に乗り上げてしまった。


 湖を割り、陽の光まで遮り、眼前の景色を白いが埋め尽くす。

 視界を斜めに横切る壁は終わりがないかのように、見上げても見上げても留まることなく空に向かって浮上を続けているんだ。

 流れ落ちる水が滝となり、エンジンノズルから噴き出る青光が水中を掻き乱し、吹き荒れる突風が瓦礫を吹き飛ばす。


 そうして、この時代に存在してはならない巨艦が今ここに現出する。


 これは間違いなく、僕が神器の記録の中で見た神代の航宙艦だ。

 墓守なんて生易しいものではなく、一隻でルテリアを……いや、世界を焦土に変えることまで出来るかも知れない、本来なら人類を星の海へと誘う艦なんだ。


 存在することはわかっていた、やらなければならないのは人の手による対艦。


 だけど、果たしてどれほどの英雄ならそれをなせるのか。



「あっ、主様っ、大き過ぎるのっ!」

「ぬううぅっ!? ここまでとは、竜化したところでこのような巨体……!」

「カイトさん、ルテリアより退避を進言します! 弩級戦艦を相手に、貴方を危険に晒すわけにはいきません!」

「ふえぇぇっ! あんな大きいのが飛んでいますです!」

「アウー! 塔がー! 私のごはんがー!」



 前知識のある僕でさえ驚く巨艦に、皆が表情に驚愕と焦燥を滲ませる。


 その威容、真っ白な艦体はアニメだったら主役を乗せるための艦で、そのデザインはどこか英雄的な優美で美しい鋭角なラインを描いたものだ。


 艦体は基部から前方へと緩やかに伸びるブロードソードを思わせ、艦首は実際に切っ先のように尖り、後部には青光を放出する六基のエンジンノズル、両舷には姿勢制御用と思われる対の翼がやはり青光を帯び存在している。

 武装は目に見える範囲で主砲が前部三基後部ニ基、全長は機動強襲巡洋艦アルテリアの三百メートルを優に超えるほどだ。


 何にしても、人の身でまともに正面から戦える相手ではない。



「カイト、行きましょう」

「リシィ!? だけど……」


「それでも! それでも行かなければ、ルテリアもここに暮らす人々も、全てが滅んでしまうの! 無策でも、必ず死ぬとわかっていても、私は……私は……貴方と共になら、例え業火の中にだって足を踏み入れるんだから!」


「リ……シィ……」


「だからお願い。私のこの手を取って、カイト」



 僕に向け持ち上げられたリシィの手は震えていた。


 初めから迷いなんてものはない、答えはいつだって決まっている、だから僕は彼女の手をただ散歩にでも出かけるような気軽さで取った。



「カ、カイ……ト……?」


「何を驚いているんだ? 僕は初めからそのつもり(・・・・・)、君を支えて溶鉱炉の中でさえも歩くつもりだからね。巨艦に対する策はないけど、迷いはないんだ」


「カイトさん、正気ですか?」

「ああ、サクラ。守りたいのはルテリアやそこに住まう人々だけではない、この地を大切に想う君の心もだ」

「……もう、カイトさんはずるいです! そんなことを言われたら、私には止めることが出来ません! 当然、私も同行します!」


「それなら我も行かんとな。我は主様の翼、梯子ではあそこまで届くまいよ」

「ノウェム、ありがとう。君の綺麗な光翼をまた借りる」


「カカッ! 末恐ろしい御仁よ! 某も無論、同道いたそう!」

「私も無論ですです! 姫さまの行くところに私ありですです!」

「アウー! 私のご飯の稼ぎ場を許せないー!!」



 今ルテリアでは、多くの人々があの巨艦を見上げているだろう。

 敵わないと絶望し、それでも拳を振り上げる英雄たちはきっといる。


 ならば僕たちは先陣を切り、共に戦う人々の道行きをリシィと共に照らす。



「良し、まずは……」



 ――ヒュイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィッ



 僕たちの覚悟に呼応するかのように、弩級戦艦は唸りを上げエンジンノズルから放出される青光の粒子が勢いを増した。

 急激に速度を上げた艦体は傾き、各部砲塔が地上へとその砲口を向ける。



「くっ、動きが早い! みんな、まずは砲塔を潰す!!」



 ――キュオッ……ンッ! ドドドンッ! ドドッゴガアアアアァァァァァァァァッ!!



 弩級戦艦による対地艦砲射撃、何十とある小口径砲塔群が青光を放ち、斉射の度に地上で爆発が起こった。


 主砲はまだ撃っていない、行政府にもまだ弾着はない。被害は区画外縁部、恐らくは奪還作戦で探索者と衛士隊が墓守と戦闘を行っている場所だ。



「ノウェムごめん、力に頼る! 今直ぐ行政府に行ってローウェさんと協力して砲弾を返し、奴が迂闊に撃てない状況を作って欲しい!」


「あい! 主様、気にするな。我は皆のためになることが心より嬉しいの!」


「ありがとう、終わったら何でもお願いを聞くから。頼む」

「くふふ、聞いたの……またデートをしておくれー!」



 そうして、ノウェムは手を振りながら空へと舞い上がって行く。

 僕たちも急がなくては、人々を守るためにまずは英雄たちを守る。



「テュルケ、今攻撃されている区画に先行し、“金光の柔壁(やわらかクッション)”をありったけ展開して欲しい。危険だけど、テュルケの活躍で多くが守れる。頼む!」


「わかりましたです! あんな砲弾へいちゃらですです!」


「ありがとう、充分に気をつけてくれ」

「あのあの、私もおにぃちゃんにお願いしても良いです?」

「ああ、終わったら順番にな!」

「わーいですです!」


「良し、走ろ……」



 だけど、僕たちの足は一歩も踏み出すことはなかった。


 何故なら、ノウェムが困惑した表情でどういうわけか戻って来たからだ。

 彼女は首を傾げ、奇妙なものでも見たかのように眉根を寄せている。



「ノ、ノウェム、どうした?」


「主様……攻撃されているのは墓守だったぞ?」


「はっ……!?」



 ノウェムの衝撃的な一言に、僕は一瞬思考が停止し空を見上げた。

 再び視線を戻し、自分でも無意識のうちに「あれに?」と弩級戦艦を指で差す。



「我も驚いたが……北側も南側も、弩級戦艦が発砲する度に墓守が粉微塵にされておった。主様、あれは味方なのか……?」



 僕はもう一度、ルテリアの上空に浮かぶ弩級戦艦を見上げた。

 何となく頭に思い浮かんだのは、無機質で丸い憎めない無表情。



『カイトしゃん! 助太刀に来たのよ~! のよ~! のよ~!』



 いや、今のは幻聴だ……。だけど、ひょっとしたらあの艦は、僕たちが探そうとしていた、アシュリーン(・・・・・・)が建造していたと思われる航宙艦なのかも知れない……。


 確信が持てない、最悪の中で訪れる出来すぎた最善には慣れていない。



「カ、カイト……あれはもしかして、アシュリーンなの……?」

「わか……らない……はは、こんな時はどうすれば良いんだろうね?」



 この日、迷宮探索拠点都市ルテリアは前触れもなく墓守から解放された。

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