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第二百二十九話 対するは運命さえ穿つ神槍

 最善は最悪へ、最悪は更なる最悪へ。


 この世界は、どこまで行っても人の業が生み出した災厄だ。


 竜騎兵ドラグーンの青光の槍が、僕の眼前で最愛の女性ひとを殺さんとする。

 世界が不条理なのはわかっていたことだ、リシィが狙われていることも最初からわかっていた、神器に対する邪龍の執着……それは“憎悪”。


 だから僕は、だから僕たちは、持てる全てをもってこの世界の不条理を覆す。





「カイトの言った通りだわ!」



 リシィを狙った槍は、だけどどこからか現れた小さな光盾に阻まれた。


 竜騎兵の優先攻撃対象がわかっているのなら、あえてこちらの行動を知らせて動きをより限定させ、その裏で防御策を展開させる。

 そう、耳打ちをした段階で、既にリシィは自身の背に光盾を形成していたんだ。


 人として人を頼り、騎士として主を信じ、男として大切な女性ひとと支え合う。


 なればこそ、リシィが自ら囮となり作ったこの隙は決して見逃さない!



「脇がガラ空きだ、竜騎兵!!」



 リシィは竜騎兵の槍を受け流し、頬を裂きながらも更に一歩を踏み込んで光槍を突き入れ、僕もまた切り離されたヒートランスに焼かれながらも、彼女と呼吸を合わせて銀槍を突き入れる。



 ――キイイィィィィィィンッ!!



 そうして、リシィの光槍は竜騎兵の胸部を右から左背面まで抜け、僕の銀槍も同じように正面から鳩尾を抜け背中まで貫いた。


 竜騎兵の体内で交差する光槍と銀槍、更に装甲の隙間から噴き出す光炎と銀炎は、操り人形に過ぎないこの騎士の人型を内から燃やす。


 肉は灰に、灰はどこまでも灰に、焼き尽くし消失するまで炎の中で爆ぜろ。



「良し、後は【蒼淵の虚皇(クロウマセリオン)】を被せて……討滅だ」



 竜騎兵はその場で二つの神器に貫かれたまま立ち往生し、最後に蒼衣を頭から被せられ、青光の槍が消失したところで完全に停止した。



「終わってみれば他愛のない相手だったわね。狙われるとわかっていれば、かえって動きやすくもなるもの。やはり神器は竜騎兵に対しても有効だわ」

「ああ、やはりこいつの堅牢さは、単純な装甲厚とは違うものだったんだ」

「カイトさん、何かわかったんですか?」


「憶測だけど、僕たちとそう変わらない大きさの人型で、大型墓守と同等の装甲厚や【イージスの盾】の搭載は不可能に近い」

「ふむ、ならば某とサクラ殿の攻撃が通用しなかったのは……」


「恐らくは対神力に特化した対抗防御。これを抜くには、神器に類する防御限界を超えるだけの攻撃を加えなければならないんだ」


「でもでも私、白大蛇で斬った時は神力を使ってませんでしたぁ?」

「それは中身が八岐大蛇ヤマタノオロチと同じ“肉”、神龍の生体組織だからだ。装甲は神力抵抗、本体は超再生力、神器がなければそれこそ大断崖を崩すとかしないと」

「ふえぇ……何度も戦いたい相手じゃないですぅ……」


「結局、我は今回もペンキを撒いただけだったぞ、主様。これで良いのか?」

「ノウェム、お帰り。少なくとも光学カメラだけでも潰せば、ほんのわずかでも隙になるかも知れない。結果として今は機動力を奪っていたんじゃないかな」

「うむぅ……」



 ノウェムも空から下りて来たものの不服そうだ。


 相手をしてわかったけど、竜騎兵は強化外骨格パワードエクソスケルトンの兵器体系技術の延長線上にあるものではないだろうか。

 墓守に対抗出来たアサギがどうにも出来なかったのは、恐らく彼女の強化外骨格の上位存在となる相手だったからだ。


 だけど、これで竜騎兵の対抗手段も確立が出来そうだ。

 ルテリアには神力を使わない多くの火砲があるし、レッテのように身体強化に神力を使う種なら、装備次第では与し易い相手となるかも知れない。


 迂闊に近寄るのは危険だけど、竜騎兵は数がいるだろうから、対抗するためには多くの探索者や衛士の協力が必要不可欠なんだ。



「太陽が昇るわ……。まだ戦闘は続いているようだけれど、一度工房に戻って今後のために備えましょう。必要なら私たちも戦線に合流するの」


「ああ、そうだな……ん? アディーテ?」



 気が付くと、アディーテが湖上に浮かんだまま両腕を大きく振っていた。

 結局、最後は手を借りられなかったけど、今回の功労は間違いなく彼女だ。


 後でゼンジさんのところに連れて行って、何か美味しいものでも……。



「アウー! カトーッ、そいつ違うーっ! まだいるーっ!!」


「えっ?」



 ――ドシャアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!



 アディーテが告げるや否や、水飛沫を上げて飛び出したのは、再び竜騎兵。


 地平線に姿を見せた太陽を背負い、後光が銀灰の騎士の似姿を真の英雄たらんと演出している。

 背面スラスターからは翼状の青光を放出し、煌めく陽光の中を飛翔する姿はまさにロボットアニメに出て来る主役機、太陽色に燃える槍があまりにも神々しい。


 二体の存在は情報になかった……だけど、二人一組ツーマンセルは基本中の基本だ。



 ――キュオオォォォォ……



「まずい! みんな散れ!!」



 竜騎兵は背面スラスターを全開にして急加速を始めた。

 “死”が脳裏を過ぎる、その射線上にいる者は確実に薙ぎ払われる。

 砲盾を体の前面に押し出し、灼熱の大槍で全てを貫き燃やす突撃形態。


 奴が狙っているのは当然リシィだ。


 だけど誰も、サクラもノウェムもテュルケもベルク師匠も、皆が皆その射線上から逃れようともせず、僕とリシィの前に立ち塞がって受け止める構えを取った。


 確かに、退いたところで状況は変わらないだろう……ならば……。



「アウーーーーーーッ!!」



 竜騎兵の加速は湖上に逆落としの大滝を作り上げ、それと同時にヒートランスに熱せられた白く煙る水蒸気が拡散する。


 進路を塞ぐのはアディーテによる水柱の渦。真下からの直撃でも止めることは出来ず、熱量と機動力の前にわずかな視界を遮るだけで意味をなさなかった。


 だがそれで良い、コンマ一秒でも進行を緩めるのなら、その隙を活用する!



「カイト!?」



 そうして僕は皆の前に走り出た。



「ベルク師匠、サクラ、奴の本体を押さえろ!! 槍は僕が!!」



 皆の一瞬の驚愕、だけど僕の手に翻る蒼衣を見てなすべきことを理解する。


 【蒼淵の虚皇(クロウマセリオン)】はまだ顕現状態、その内側は“死の虚”を内包する虚無だ。 

 僕は蒼衣を躊躇わずに回収し、水柱を上げながら迫る竜騎兵に向けた。


 蒼衣の全力開放は恐ろしい。どこまでも深く冥い“死の虚”が、皆の命を奪い取ってしまうのではないかと胸に過ぎり、出来ることなら使いたくはない。


 だけど今は、その灼熱の大槍(ヒートランス)をどこにも決して届かせるつもりはない!



「受け止める!!」

「おおおっ!!」

「はいっ!!」


「リシィッ!!」



 ――ドシャアアアアァァアアァァァァァァァァァァァァッ!!



 水柱、湖上、大気、全てが炸裂し、衝撃波が港を襲う。


 まず竜騎兵と、到達する衝撃波から僕たちを守ったのは辺りを包む光結界だ。


 リシィの無限に変成する【極光の神器】、金光の膜が衝撃を受け止め、それでも突き破るヒートランスを僕は蒼衣で飲み込んだ。

 サクラは【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】をただの鉄鎚として打ち、ベルク師匠は盾と己自身を使って勢いの削がれた竜騎兵本体を押さえる。


 だけどそれでも竜騎兵は止まらず、背面スラスターから放出される翼状の青光は更に勢いを増した。

 長大なヒートランスの全てを腕ごと“死の虚”に飲み込まれても尚、こいつはリシィを轢き殺そうと出力を上げるばかりなんだ。


 そうして僕たちはジリジリと押され、加重の全てがかかっているだろうベルク師匠の足が石畳を割って沈む。



「ぐおおおおぉぉおおぉぉぉぉぉぉっ!!」



 だけどそれも後少し、竜騎兵の背面に散った光結界の粒子が再び収束し金光の槍となり、湖上では雲にまで届きそうな水流が水の槍を形作っている。


 そうだ、僕は、僕たちは決して一人で戦っているわけじゃないんだ……!



「竜騎兵、今再び滅しなさい!!」



 僕たちの背後で、恐らくはリシィが黒杖を振るったのだろう。


 光槍は竜騎兵の背中を目掛けて射出され、それと同時に光槍よりも更に大きくなった水槍が、湖水を吸い上げながらアディーテを乗せて疾駆する。



 そして、僕たちの眼前で目が眩むほどの青光が瞬いた。

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