第二百二十八話 神力を散らす灼熱の大槍
僕とリシィは互いに槍を構え直線にしてわずかな距離を駆けた。
そして、竜騎士が振り回すヒートランスの間合いに踏み込もうとした瞬間、突如として安定した槍の矛先がリシィに向けられる。
――ジュッキイイィィィィィィンッ!
眼前でリシィに対する凶刃をそう安々と見逃すつもりはない。
僕は咄嗟に上半身を捻り、銀槍で薙ぐようにヒートランスの軌道を反らした。
だけど、交差した銀炎の槍と灼熱の槍の干渉は、その間で明らかに単純な火花とは違う何らかの力場を拡散させ互いを弾き返してしまったんだ。
衝撃は薙いだ僕にも返り、銀槍を握る右腕に嫌な痺れを伝える。
「ぐっ……この力場は、やはり神力に干渉するのはその槍か!」
そしてこいつもまた人と紛う計略をもって演技をし、人を戦場で謀る。
センサー類があるはずの生体と機械が融合した人もどきが、目を潰されたくらいで敵を見失うなんておかしいと思ったんだ。
人としか思えないような言動をする、アシュリンたち“対亜種汎用機兵”の後継機。例え心は持たずとも、だからこそ効率的に戦場で自らの優位を作り出そうとする。
騎士の、いや、歪な人の似姿、これが“対龍種殲滅用人造人間”……!
「カイト! あっ!?」
「リシィ、一度体勢を整える! 離れろ!」
「追撃はさせん!」
腕から全身にまで伝わった痺れで体勢を崩した僕を庇い、リシィも光槍でヒートランスを弾いたところで、やはり彼女もまた顔を歪めた。
未だ近接するベルク師匠がシールドバッシュで追撃を抑え、サクラが竜騎兵の体勢を崩そうと脚に鉄鎚を打ちつけ、僕とリシィは間合いの外まで退避する。
だけど、幾度かのサクラの攻撃を受けても、竜騎兵は損害を受けるどころか微動だにしていなかった。先程の脳天への打撃も、その後の全身を燃やした爆炎も、今だってよろめく様子すらないんだ。
硬いとかそんなレベルではなく、まるで効いていない。
「あの槍、体内の神力まで拡散させるわ。神器で打ち合えば、私たちの体のほうが持たない」
「ああ、ベルク師匠の盾……通常装備なら影響はないみたいだけど、一撃で表面が溶けてしまっている。神器でなければ打ち合うことすら出来ず、神器だからこそ干渉を受けてしまう。厄介だな」
僕とリシィは警戒したまま、ベルク師匠とサクラに抑えられる竜騎兵を見た。
あの周囲の温度まで高めるヒートランスの高熱もさることながら、更にこちらの神力にまで干渉する特性が厄介すぎる。神力を使わない通常装備なら影響はないかも知れないけど、高温に溶かされては意味もない。
それに、未だにリシィが最優先攻撃対象として命を狙われているんだ。
人と紛う謀略をもって誘き寄せ、龍血の姫を亡き者にせんとする。
騎士の外見にあるまじき非道、やはり奴に騎士の誇りは一塵たりとてない。
――ガンッ! ジュウゥゥッ!
「ぬうぅっ!? これしき……まだまだぬるい!!」
ベルク師匠が竜騎兵の槍撃を抑え続ける。だけどヒートランスを弾く盾は赤熱して熱を伝え、持ち手からは掌を焼く煙が上がってしまっている。
あの盾は墓守の装甲から作られ、当然ベルク師匠と同じく“耐熱”の特性を持つため溶け落ちこそしていないものの、伝わる熱量の凄まじさを物語っていた。
サクラがいくら炎熱に干渉しようとも、やはりまずはあのヒートランスをどうにかしないことには、内に踏み込むのも容易くはない。
「リシィ、右肩を狙えるか!?」
僕はわざとらしく誰にも聞こえるように声を上げ、それとは別にリシィにだけ聞こえるよう耳打ちをした。
「テュルケが斬ったところね、やってみせるわ! テュルケ!」
「はいです! どこまでもお共しますですです!」
僕とリシィを守るため、眼前で立ち塞がったテュルケも振り向いて頷く。
「ぬうっ!?」
「させません!」
――キュオッ……ドドッゴォオオッッ! ザァアアァァァァァァァァァァッ!
ベルク師匠とサクラが、不意に持ち上げられた竜騎兵の盾を弾いた。
盾の底部から青く細い光線が放たれ、その射線上となったルテリア湖は遥か彼方まで水上を割られる。更に光線は湖塔ルテリアにも直撃し、湖上に露出した島部を吹き飛ばしてしまった。
轟々と赤く燃える機動強襲巡洋艦アルテリアの成れの果て、幸いにもルテリア艦隊は避難民を乗せて外洋に逃れ人的被害はない。
「アディーテ! 大丈夫か!?」
「アウー! だいじょぶー!」
「みんな、二射目を撃たせるな!」
竜騎兵の正面にはベルク師匠、背後にはサクラ、僕とリシィとテュルケは竜騎兵を軸にヒートランスの外側へと回り込むように動き始めた。
まずはテュルケが地を這うほどに体勢を低く先行し、“極刀 白大蛇”を振るって竜騎兵の右腕装甲の隙間を斬りつける。
白大蛇の刀身は折れても不思議ではないほどにしなり、確実に装甲の隙間を抜けたにも関わらず、それでもやはり腕を切り離すことは出来ない。
かつて戦った八岐大蛇を思い出す。あれは恐らく神龍テレイーズが母体で、竜騎兵にしてもテレイーズかセレニウスのどちらかが母体だ。
神龍の生体組織、星を創り変えてしまうほどの再生力、それを上回ることで初めて奴の討滅は可能なんだ。
斬ってダメなら存在から殺し尽くすしかない、この“死の虚”をもって。
「カイト!」
「構うな、僕が押さえる!」
再びリシィ目掛けて向けられるヒートランスに、僕は躊躇せず踏み込んで突きの軌道を銀槍で塞いだ。
直接打ち合うことで、嫌な痺れをもたらす衝撃が右腕にまで伝わり、それでも溶け落ちない赤熱すらしない神器で押さえ続ける。
リシィは僕が守る、例え何が足りずとも彼女の“銀灰の騎士”は僕だけだ。
「長すぎるんだよ、その槍は!!」
僕は左手で、セオリムさんから貰った【神代遺物】の短剣を抜いて斬りつけた。
一か八か短剣の損傷覚悟の特攻、武器破壊を狙った高周波振動短剣による斬撃は、だけど思った以上に容易くヒートランスの槍身深くまで達した。
断つことまでは出来ない、それでも斬った箇所より穂先までの赤熱が弱まる。
「本体より柔らかい!? ならば……!」
僕はヒートランスを自身の槍で押さえたまま、竜騎兵に向かって銀槍を滑らせる。
狙うは槍身の根本、およそ五メートルの距離を干渉による衝撃に耐え、肌を焼く高温にも耐え、ただ我武者羅に一心不乱に走り抜け短剣で斬りつけた。
「テレイーズが龍血の神器その身に受けなさい!!」
それと同時にリシィの光槍の矛先も竜騎兵を捉える。
竜騎兵の未だ塗料がこびりついた頭部は、最初からリシィを向いている。
右腕のヒートランスは僕が押さえ、左腕のエネルギー砲もまたベルク師匠とサクラにより抑えられている。
満足な視界を奪われ、この場に縫い止められ、得意の機動力もこうまで接近されては万全を発揮することは出来ないだろう。
一対一なら敵わなかったかも知れない、だけど僕たちは決して一人ではない。
それでも、どれだけ上回ろうとも、この世界では最悪が僕たちを上回る。
如何なる最善も最悪へ、最悪は更なる最悪へ、上塗りし黒く何も見えなくなるまで、最悪は人の行き先を闇色に塗り潰す。
わかっていたことだ。わかっていて抗えなかったからこそ、今のこの状況だ。
そうして竜騎兵は、何の執着もなくヒートランスを右腕から切り離した。
僕の眼前で、コマ送りで見るかのようにゆるりと持ち上がったその右腕からは、新たな青光の剣が形成されて伸びる。
剣は勢いを増し再び槍を形成し、その矛先はリシィの頭部を狙った。
何度でも言う、最善は最悪へ、最悪は更なる最悪へ。
それがこの世界の不条理だ。