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第二百二十六話 予期せぬ危機 水精の反撃

 相手が動き出す前にと、陽が昇る前に行動したのが裏目に出た。


 ただの暗闇だけならこちらも明かりには事欠かないといえ、爆発的に膨れ上がった水蒸気は霧と立ち込め、視界をわずか数メートルに限定してしまったんだ。


 ランタンの明かりを映し、白く霞むヴェールの向こうに“奴”がいる。



「カイト、姿が見えないわ!」



 これが作為的なものであれ、偶発的なものであれ、奴が“赤熱する槍(ヒートランス)”を持っていることは聞いていた。

 流石にここまでの霧が発生するとは想定していなかったけど、あらゆる状況の全てを捻じ伏せ、自分が望む結末に導くだけの覚悟をして来たんだ。


 ならばやることは決まっている。



「見えないなら見えるようにするまで! リシィ、光膜最大展開! 押し退けろ(・・・・・)!」


「……っ! 金光よ我らを遮るものを退けよ!!」



 再び霧の中で石畳を踏む鋼鉄の足音が聞こえた瞬間、リシィを中心とした金光の波動が勢い良く広まった。光膜は人を透過し水蒸気だけを押し退け、それと同時に隠れて僕たちを狙った“奴”まで退ける。


 後は水滴の纏わりついた風船が弾けるように、光膜の拡散によって寄せられた水分が僕たちの頭上にパラパラと小雨を降らせた。



 ――シュウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……



 “奴”のヒートランスが小雨を受け、膨大な熱量が陽炎を生み出している。



「此奴が竜騎兵ドラグーンか……名のある騎士にも見えるが、中身は奇怪な肉塊と聞く。おぬしのような得体の知れぬ存在は、このベルク ディーテイ ガーモッド、決して見過ごすわけにはいかん! いざ尋常に勝負、参られい!!」


「アウーッ!? くさいーっ!! すんごいくさいーっ!!」



 “対龍種殲滅用人造人間”、間違いなくこいつがそうだ。


 墓守とは根本的に違う、鋼鉄の骨格に白金龍セレニウスを母体とし生み出された生体組織を纏わせ、更にその上を神代の武装で固められた人造人間。


 人自らが生み出し、人を世界を滅亡にまで至らしめた業の人型、“竜騎兵ドラグーン”。



「こんなものは騎士ではないわ。心ない騎士を、私は決して騎士と認めない!」


「リシィさんの仰る通りです。機械人形に騎士の名誉はありません!」



 その姿は、皮肉にも僕の右腕右脚と同じ銀灰色の騎士だ。

 背丈は二メートルあるかないかで、西洋の甲冑にも強化外骨格パワードエクソスケルトンにも見える。

 迷宮内で見た醜悪な“肉”の人型は完全に隠れ、ベルク師匠の言う通り、敵対せず人の中に紛れ込まれたら名のある騎士にしか見えないだろう。


 そして何より“銀灰色”は僕の色、誇りの色だと言ってくれたリシィが、それを冒涜するかのような竜騎兵の装甲色に抑えられない憤りを露わにしている。


 彼女の全身を震わせながら瞳を真っ赤に燃やす姿は初めて見た。



「誉れなき人でもない下郎が、我の主様に矛先を向けるとは言語道断。我が血と引き換えに次元の狭間に飲み込んでやろう」


「ノウェムさん、おにぃちゃんの許可がないとダメですです! そんなことしないでも、私が白大蛇とやわらかクッションでボッコボコにしてやるですです!」



 だけど、騎士に見えると同時に、明らかに騎士でないとも言えるのは確か。


 何故なら、全身の装甲の隙間から青炎を燃え上がらせ、少し前の僕の右腕右脚と同じ状態なんだ。今も銀炎に色が変わっただけで、そう大差もない。

 背面には翼状のスラスター、左手に持つのは盾に見えるけど、親方の話によると何らかのエネルギー兵器、そして右腕は肘から先がヒートランスとなっている。


 それにしてもあのヒートランスは長過ぎる……。リシィが顕現する、全長五メートルはある【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】とそう変わらないほどの異常な長さ。

 あんな長い槍では突進しか出来ず、本来なら懐に入ってしまえばどうとでもなる代物だけど、溶け落ちないのが不思議なほどに赤熱する様は【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】を思わせ、横薙ぎにされただけでも致命傷だ。


 銀灰の騎士 対 銀灰の騎士なんて、皮肉にもほどがある。


 だけど、それでも……。



「“銀灰の騎士”の名、くれてやるつもりはない! 【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」



 自らの力で顕現する神器は自身が振るうことを前提としているからか、竜騎兵のものと比べ、本来の銀槍と比べても半分ほどの長さしかない。


 これでは焼かれることを恐れて懐まで踏み込めず、だからと臆して矛先で対峙すれば、こちらの槍は決して相手に届かない。


 ならば恐れるな、勇敢と無謀を履き違えず、果敢をもって暴虐を討つ。



 ――ジュウウゥゥウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!



「ぬうっ!? 何たる熱量か! カイト殿、あれは受けられん!」



 ベルク師匠の言う通りだ。港に置かれている鋼鉄製の鎖が、ヒートランスを近づけただけで触れもせずに赤熱し変形を始めている。


 彼我の距離はおよそ五十メートル、にも関わらず寒いはずのルテリアが暑い(・・)



「カイトさん、私が熱を軽減します!」

「サクラ、出来るか!?」


「【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】で干渉します! 槍本体の温度が高すぎて限度はありますが、近接が可能な程度まではやってみせます!」


「良し、頼んだ! 後は触れなければ良いだけ、何とかする!」

「はい! お任せください!」


「カイト、来るわ!」



 そして、竜騎兵がヒートランスを構え一歩を踏み出した。


 それと同時に熱風が周囲の濡れた石畳を一瞬で乾かし、鋼鉄と石以外の木材や浮きや網、港に残されたありとあらゆる物資が余すことなく燃え始める。


 二歩目……三歩目……急加速!



「やらせませんです!!」



 テュルケが、急接近する竜騎兵の矛先に“金光の柔壁(やわらかクッション)”を展開する。


 だけどそれは、僕も誰も予測しなかった悪手だった。


 理屈はわからない。“金光の柔壁(やわらかクッション)”は、ヒートランスに触れるとまるでスタングレネードでも投げ込まれたかのように弾け散り、目映い金光を放ってしまったんだ。


 目が眩む、何も見えない、竜騎兵の姿を捉えられない、今まさに眼前まで迫っているにも関わらず、僕たちは完全に視界を奪われた……!



「アウゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!」



 視界が白く染まる中、アディーテの鬼気迫る雄叫びが聞こえた。


 状況を把握出来るのは音と触覚だけ、まずは凄まじい激流となる水音が聞こえ、次にヒートランスが水を蒸発させる音と同時に立ち込める熱気も肌に感じる。


 飛び散る水飛沫が頬を濡らし、足元を流れて踝まで覆うのはやはり大量の水だ。



「カイト、目がっ……!」

「くっ……光結界を! 絶対防御!」


「金光よ何者も通さぬ盾となれ!」



 音を良く聞け、装甲が軋む音を決して聞き逃すな、ヒートランスの熱を肌で感じ取るんだ、全身で大気の変動を竜騎兵の殺意として認識する……!



「あうぅ、目が……ごっ、ごめんなさいです!」


「今のは予測が出来なかった! あの槍には気を付けて、ひょっとしたら対神龍、対神力用かも知れない! 良し、視力が戻って来た、アディーテは!?」


「カイト殿、水中だ! 如何な竜騎兵といえど、水を得たアディーテ殿を捕らえることは出来ん!」



 そうか、竜騎兵が地上に出た段階でアディーテは臭さに耐えかねて水中に潜り、今の閃光の影響も受けていなかったのか。


 周囲は水浸しになり、水蒸気で急激に湿度が上がってしまっている。

 湖に隣接する以上、使える水量はルテリア湖の体積に等しく、アディーテは僕たちの危機にそれをありったけ操作して竜騎兵を水中に攫ったんだ。


 水中の様子はわからないけど、凄まじい速度で二つの気泡が移動しているのだけはわかる。その様子は追い駆けっこ、今はヒートランスの熱量が足りないのか、再び水蒸気爆発が起きるようなこともなかった。

 大丈夫だ。竜騎兵が水中戦用でもなければ、水精種のアディーテに追いつける道理はない。



 ――ボシュウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!



 そして水中での決着がついたのか、まずは竜騎兵が錐揉み状態になりながら水上に吹き飛ばされて出た。

 そのまま全身のスラスターを噴かせ、空中で振り回される体勢を整えようとするも間に合わず、建物の瓦礫に突っ込んで行く。


 アディーテも後を追うように水中から勢い良く跳び出し、空中で回転しながら僕たちの傍に華麗に着地する。



「アウゥー、あいつかたい! 捻れない、穴空かない、くさい!」


「アディーテありがとう、助かったよ」

「アウーッ! 褒められたーっ!」

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