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第二百二十三話 彼方で出会う彼と彼女

「何だここ……」



 僕たちが連れて行かれたのは親方が出て来た暗い通路の先で、そこは大量の水槽が置かれた用途のわからない一室だった。

 水槽は長方形で水はなく、底面からは青光が漏れガラスを照らしている。何らかの実験室に見えるけど、最も近い印象としては平和的な水族館の光景か。


 その更に奥の個室、十畳ほどの部屋にはルコがこちらに背を向けて膝をつき、傍で水槽にもたれかかる少女の様子を窺っていた。サトウさんはいない。



「あっ、カイくん! リシィちゃんとサクラちゃんも、みんな無事だったんだね!」


「ルコも良かった……。だけど再会は後だ、サクラ頼む」

「はい! ルコさん、この方の容態はどうですか?」



 サクラがルコの元に駆け寄り、少女……アサギさんの容態を確認する。


 ルコは医学を学び始めたばかりで、サクラにしても専門的な医学知識があるわけではなく、最低限の看護知識と神力操作による治癒促進が出来るだけだ。


 僕も彼女の状態を把握しようと傍に寄るも、素人目に見ても苦痛を浮かべる表情が傷の深さを表していることがわかるだけ。



「その人がアサギさんだよな?」


「そうだよ。パワードスーツごと槍で突かれて、同時に焼かれたから出血はそうでもないんだけど……脇腹に刺さった破片を取り除くまで一日経過しちゃったんだ。アサギちゃんが応急キットを持ってたから、今は何とか落ち着いてるよ」


「うん、わかった。サクラ、慎重に頼む」

「はい、ですがこの方……いえ、今は治療に集中します」



 アサギさんの体に触れたサクラが何かを言いかけてやめた。


 気にはなるけど、まずは治療に専念して少しでも苦痛を取り除くのが先だ。

 僕は神器の恩恵があるから神力治療でも回復出来ていたけど、普通に考えたら外科治療が必要な傷はそれだけでは治らないはず……。せめて意識が戻れば……。


 僕は何か出来ないかとアサギさんの様子を良く観察する。彼女の服はラバースーツとでも言えば良いのか、青色を基調として所々を黒色で引き締める、体に沿うよう作られた近未来的なデザインのものだ。周囲に強化外骨格パワードエクソスケルトンは見当たらない。

 体の線が細く男の子のようにも見えるけど、胸元まで開いたスーツの隙間からわずかな膨らみが見えたことから女性だと判断した。


 アサギさんは目を閉じ、深く息を吐いてその表情は苦しそうで、傷を負った脇腹にはシートのようなものが数枚重ねて貼りつけられ血が滲んでいる。


 傷の治療は任せるしかないか……。



「親方、サトウさんは?」

「奥の開発室だ。切り札の梱包がもう直ぐ終わるが、アサギに頼り切ったツケがこんなところで来るとは、目が覚めたら謝らなきゃならん」

「いえ、無事なら良いんです。謝罪よりもお礼のほうが良いと思います」

「そうか、何にしても三位一体の偽神とやらにはツケを払わせる」


「ベルク師匠、アディーテ、奥に行ってサトウさんの護衛をお願いします」

「うむ、心得た、油断は出来んからな。アサギ殿はお任せいたす、カイト殿」

「アウー! まっかせろー!」



 ベルク師匠とアディーテは更に奥へと向かい、せめて僕は傷の治療以外で自分に出来ることを考える。



「そうだ親方、飲み食いは出来ていますか? 保存食ですが、食事を」

「助かる。直ぐに戻るつもりだったからな、持ち込みが少なかった」

「工房の水道は……」

「ダメだ、出るのは泥水だけだ」


「あ、アディーテは奥に……。仕方ない、テュルケ手伝って」

「はいですです!」



 まあ贅沢を言わず、保存食をそのまま食べるしかない。


 そうして水筒を取り出したところで、リシィが怪訝な表情でアサギさんを見ていることに気が付いた。ノウェムまで僕とアサギさんを交互に見ている。



「リシィ、ノウェム、どうかした?」

「この娘……えと、女の子で良いのよね?」

「多分ね、それが気になる?」

「いえ……彼女は、その、似ているわ」

「我も、どうにも似ていることが気になる」

「うん? 誰に?」


「あっ、やっぱりそう思うよね。アサギちゃんはカイくんに似てるんだよ」


「は? 他人の空似と言うやつか……?」



 リシィは首を傾げ、どうもルコの言葉に納得がいかないようだ。


 僕も特に思い当たる節がなく、それでもグランディータが教えてくれた【重積層迷宮都市ラトレイア】の特性、“転移召喚対象を現存する人々の縁から選定する”が機能したとするなら、何らかの縁がある人物の可能性はあった。


 僕がいなくなった後で祖父が……いやいや、流石に老齢でそれは……。


 僕は気になり、改めてアサギさんに近づき良く見てみるも、彼女はとても日本人とは思えない容姿をしていた。

 青光に照らされているので良くわからないけど、首元までのショートカットの髪は銀灰色で、閉じられた長い睫毛まで同様に銀灰色だ。

 傷のせいか青白い肌に生気はなく、荒く息をしていなければ人形だと思ってしまうような顔立ちは……顔立ちは……うん?


 僕はひとつ気が付き、背後に立ってアサギさんを観察するリシィを見上げる。


 線が細く人形のように整った顔立ち、青光の中で目映くも透ける白金色の髪と長い睫毛、艷やかな白い肌はこんな暗い地下室でも宝石と見紛うほどに輝いて……。


 リシィとアサギさんは明らかに違う……存在としては真逆の太陽と月だ。


 だけど何故だろう、僕には彼女がリシィに似ていると思えた。



「うーん……今は気にしている場合じゃないけど、サクラはどう思う?」

「え……あ、はい、私もカイトさんに似ていると思います。特に神力が、瓜二つと言っても良いほどに……」

「神力が……? やはり僕の血縁……爺ちゃんに聞くことは出来ないし、本人なら何か知っているだろうか……。ルコと親方は何か聞いていませんか?」


「ううん、アサギちゃんて殆ど何も話さないんだ。私が一方的に喋るだけ」

「ああ、ルコの言う通りだ。一応は首だけは振るが、意思疎通に困るほどにな」


「そうですか……。とりあえずは治療を優先するしかないですね」



 先程サクラが言いかけたのはこの件についてか……。答えの出ない引っかかりは気になるけど、これ以上は詮索したところで虚空を掻くようなものだ。


 とにかく今はお腹を満たし、防衛部隊による工房区奪還を待つ。



「親方、干し肉はこのまま噛じることになりますが、良いですか?」

「ああ……だがこの歳になると歯がな。情けない話だ」



 だよな……祖父も硬いものには苦労していたから……。



「サクラは直火で焼いてから薄く切っていたな。せめて切るか」

「カイト、それなら私が焼いても良いかしら。一度試してみたかったの」

「うん、金光で? それならお願いしようかな、表面を炙って欲しい」

「ええ、大切なのは心象よね。光の炎を思い浮かべて、出来るだけ熱く……」



 金光の炎か……それなら、心象次第では僕の銀炎でも同じことが出来るのではないだろうか……。

 リシィは僕が右手に持った棒状の干し肉に両手をかざし、真剣な表情で「炎……熱く……」と繰り返し呟いている。


 というか、どこかに固定したほうが……。



「あっついっ!?!!?」


「あっ!? ごご、ごめんなさいっ! 火傷は……神器だから大丈夫よね」

「ふーっ! ふーっ! だ、大丈夫だけど、ビックリしたよ……」



 干し肉をナイフにでも刺そうかと思った瞬間、僕の右腕はまるごと金光の炎に包まれてしまった。

 一瞬だったのと右腕だから大事には至らなかったけど、親方に「何をやってるんだ」と言いたげな表情で見られている。


 リシィが右腕にふーふーと息を吹きかけてくれているので、そこは役得だ。



「一瞬で炭になってしまった……」

「え、ええ、心象が強過ぎたわ……。持続的な炎で程良い火力が必要よね」

「うん、だけどやはりリシィの金光は応用が効くな。今なら神器だというのも頷ける」

「そうね。けれどそう言われると、調理に使っても良いものかしら……」



 と言いながらも、リシィはテュルケが自分のナイフに刺して来た干し肉を、今度は程良い火力に調整された金光の炎で炙っている。


 彼女はコツを掴むのが上手いというか、本当に器用で習熟が早い。



「あはっ、良い匂い~。お腹ぺこぺこだよ~」

「ルコ、ちょっと待ってな。焼けたら優先的にあげるから」

「ありがと~、カイくん」



 少し早いけど時刻は夕飯時に差しかかる頃、室内に充満する肉の焼ける匂いは芳しく、多分今頃アディーテが「アウー! おにくーっ!」とか言っていそうだ。


 昼飯を食べてから半日、僕もかなりお腹が空いてきた。



「カ、カイトさんっ」

「うん? サクラ、どうかし……」

「アサギさんが目を覚ましました!」



 肉の焼ける匂いに釣られたのか、アサギさんはまだぼんやりとしているようだけど、確かに薄っすらと目を開けてこちらを見ている。


 だけど、見ているのは肉でも他の誰でもなくどうやら僕のようだ。何だろう、本当に見覚えがないんだけど……彼女は僕のことを知っているのか……?


 アサギさんが、僕を見ながらゆるりと体重を前にかけた。



「お父様っ!!」

「ほわっ!?!!?」

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