第二百二十二話 救出作戦決行 厄介事の陰
作戦の概要はこう。
まずは選出された精鋭ニパーティにより陽動をかけ、工房区へ通じる街路から【鉄棺種】を排除する。
次に手薄となった街路の北と南から、僕たちとセオリムさんのパーティが親方の立て籠もると思われる工房に接近、障害があればこれを排除して安全を確保する。
それと並行して救出作戦自体を陽動に区画奪還作戦も展開され、【鉄棺種】の動き次第とはいえ、防衛部隊が隣接する工房区全域を完全に掌握する構えだ。
これは予め計画されていたことで、僕たちの帰還を契機にツルギさんが一晩で作戦概要を改め直したらしい。
アリーの固有能力を活用出来れば更にやりようもあったけど、彼女とミラーはまだ迷宮内で崩落により帰路を阻まれていると聞いた。心配だ。
「次は?」
「右折です。後は上水道を直線一キロほど進んだところで、崩落した天井から工房区に進入が出来るようです」
「このまま地下を通って親方の工房までは到達出来ない?」
「出来るかも知れんが、元々ルテリアの地下は入り組んだ迷路。地震で多くが崩壊した今となっては、下手に地図を逸れると二度と戻れん」
「なるほど、確認された通路以外は危険か……。臨機応変にとは言われたけど、今は予定通り地上に出て先へ進もう」
作戦の開始は腹拵えをした後の一三時丁度、陽動班は地上から、僕とセオリムさんのパーティは別れて地下から移動を開始した。
ルテリアの地下は入り組んで明かりはなく、上層部は上下水道、下層部は神代期からある遺構で中型以上の墓守が入り込めない迷路のため、崩落の危険を承知してでも途中までここを通ることにしたんだ。
今回は上層を進むけど、来訪者から見たら下層に下るほど構造物のデザインが新しいと妙な景観となっているらしい。
そして、今進んでいる上層は地上と同じく古びた石造りの上水道で、通路全体が水気を帯びて所々が崩落し、場所によっては完全に水没してしまっていた。
「あそこですね。崩落していますが、地上に出る分には足場に出来そうです」
サクラが示す先、地下水路自体が地上に露出してしまった穴が空いていた。
建物も巻き込んで上水道内に崩落したらしく、通路は完全にそこで終わっていたけど、上手い具合に斜路になって地上まで抜けることが出来るようだ。
僕たちは慎重に脆い瓦礫を上り、最上付近で頭を出して周囲を観察する。
地震で酷い有様にはなっているけど、建物の構造から工房区なのは間違いなく、陽動が上手く行っているのか辺りに墓守は見当たらなかった。
「ここからはどのくらい?」
「推定地点までは東に直線で五キロです。見える限りでは地上も瓦礫で道が塞がれていますから、移動距離は更に伸びるかも知れませんね」
「経路を探す手間も増えるか……。飛び越えられる瓦礫は越えてしまおう」
「主様、我が上空から進路を見出すぞ」
「うん、ありがとう。建物を上手く遮蔽に、墓守に見付からないよう気を付けて」
「あい、いざとなったら主様の懐に飛び込むの」
「う、うん、安全第一で頼む」
「それにしても静かね……」
「廃墟ですぅ……陽動の皆さんは大丈夫でしょうかぁ……」
「何かあったら信号弾が上がるし、僕たちは先を急ごう」
「ええ、進みましょう」
僕たちは地下から上がり、瓦礫の山となっている工房区を進み始めた。
何度となく親方の工房に向かって歩いた道、辺りはリシィが言った通り静かで小鳥の囀りすらなく、時折遠くから響く陽動音が唯一の聞こえて来る音だ。
そんな中で、アディーテだけが鼻をひくつかせて険しい表情をしている。
「アウゥ~、すごいくさい~」
「まずいな、アディーテの『くさい』は……」
「うむ、サークラウス殿の告げた厄介事とはもしや……」
「確実にいますね、変異墓守……いや、“対龍種殲滅用人造人間”が……」
それも、アシュリンから聞いていた外部特殊兵装を装備した完全個体が。
墓守の軍勢を殲滅出来ると聞く、強化外骨格を持つアサギさんが未帰還になる状況なら、そうだと想定しておくべきだ。
未知の墓守の可能性もあるけど、どちらにしても強敵となるのは確かだろう。
「戦闘は出来るだけ避けたい、まずは親方たちの安全確保を第一とする」
「ええ、幸いにも身を隠せそうな場所はいくらでもあるわ」
「いざとなったら私たちが囮になり逃しましょう。覚悟は出来ています」
「ルコさんに親方さん、サトーさんもご無事でしょうかぁ……心配ですぅ……」
「アディーテ殿、臭いの元はどちらか。遠ざかるよう指示を頼む」
「アウー! あっちー! だからこっちー!」
上からはノウェムが、下ではアディーテの鼻が、僕たちの行く先を示す。
それにしても、竜騎兵が行政府ではなく工房区を彷徨く理由は何だろうか。
地球人類を狙っているのか……いや、それなら行政府にも多くいるし、それとも親方が守りに戻ったと聞く“鍵”が狙いか。他に思い当たるとしたら……アサギさんと強化外骨格が驚異と見なされた? それとも他に何か……。
まだ確定したわけではないけど、何か言い知れない予感が胸の内を過ぎる。
近くに何か、僕の血をざわめかせる何かがある……これは、何だ……。
僕の血……グランディータとテレイーズの龍血……?
―――
そして、僕たちは塞がれた街路を時に避け時に乗り越えて進み続けた。
途中で聞こえ始めた大規模な戦闘音は、区画奪還作戦の始まりの合図だ。
太陽が沈み夕焼けが空を赤く染める頃、より激しくなる戦闘音が空に響き続ける中で、僕たちはようやく親方の工房にまで辿り着くことが出来た。
工房に目立った損壊箇所はなく最後に見た日のままだったけど、分厚い扉は固く閉じられて開かず、僕たちは湖岸に面した地下道に回ることで何とか内部に進入することが出来たんだ。
「墓守に襲われた形跡はないけど……地震の被害は相当だな……」
「ええ、外観を留めているだけでも幸いだわ……。無事だと良いのだけれど……」
「カイトさん、ここにいるとしたら更に地下だと思います。工房の地下は浅層に露出した【神代遺構】の一部ですから、堅牢さでは行政府と大差ありません」
「そんなものがあったのか。サクラ、案内をお願い」
「はい、こちらです」
工房の内部は、壁に固定されていたはずの収納棚まで転倒してしまっている。
運び込まれた墓守は元々が残骸のためそう変わりないけど、事務所や休憩室のまるでミキサーにでも掻き回されたような有様は酷いものだった。
僕たちはサクラの案内で事務所を抜け、奥まった場所にある階段を下りる。
こんな場所があるなんて知らなかったけど、職人気質の親方のことだ「こんなこともあろうかと」と、あらゆる事態を想定した準備をしていてもおかしくはない。
やがて、枠だけが残された扉の跡のようなものを抜けると、石造りだった景観が赤錆に侵蝕された鋼鉄に変わった。研磨され磨かれた跡は親方によるものか。
「誰だ」
明かりは僕の腕から漏れる銀光とランタンだけ、通路の脇の暗闇から伸びた筒が先頭を案内するサクラの頭に向けられる。
「親方さん、私です。サクラです」
「お……すまん。奴にしては足音が軽く数も多かったからな、確認して正解だった」
そう言いながら暗闇から姿を表したのは間違いなく親方だ。
いつものツールエプロン姿だけど、手に持つのは工具ではなくショットガン。
ベルク師匠がようやく一人通れるほどの狭い通路で、親方は後に続く僕たちのことも目で見て確認する。
「クサカも無事だったか、何よりだ。こんなところまですまんな」
「いえ、親方も無事で安心しました。詳しい話は後ほど、ルコやサトウさんも大丈夫ですか?」
「問題ないと言いたいところだが、一人が重傷だ」
「……アサギさんですか?」
「そうだ、命に別状はないが……アサギでも奴にやられた」
「サクラ、直ぐに治癒を。親方、案内をお願いします」
「世話をかける。こっちだ」
明かりの乏しい暗闇の中でも、親方の表情からは疲労の色が窺える。
この【神代遺構】があったからこそ、これまでは凌げていたのかも知れない。
親方の言う“奴”が、もし完全武装の竜騎兵だとするなら……。