第二百二十一話 工房区画奪還作戦会議
「皆揃っているな。これより日本コミュニティ長カツエ ヒョウドウ並びに、同伴した者の救出作戦を展開する。アサギが護衛につきながらの未帰還、厄介事があると断定し精鋭を選出した。これ以上の増援は期待するな、貴様らだけで事に当たれ」
唐突に大会議室に入って来たシュティーラさんが間髪入れずに告げた。
背後にはツルギさんが付き従い、続けてベルク師匠とアディーテも入って来る。
ベルク師匠は防衛部隊の中隊指揮を任せられているようで、僕たちが休んでいる間も鉄棺種迎撃の指揮を執っていたんだ。
「シュティーラさん、皆さん呆気に取られてますよ~。一応段取りを守り、壇上に上がってからにしてもらえます~? あんまりせっかちだと、意中の殿方にも振り向いてもらえませんよ~?」
「なっ、私に魅力がないと言うのか!? アケノ!」
「どうでしょうね~?」
何……だと……アケノさんは、あのシュティーラさんを相手に全く物怖じもせずからかい気味に皆の前で嗜めた。
友人には見えないし、行政府機関の上司と部下の関係にも見えない。
それどころかアケノさんは鼻で「ふふ~ん」と笑い、あの鬼皇女様を手玉に取ってしまっているんだ。本当に何者なのか……ニンジャと同人漫画家以外で……。
「カイト殿、昨晩はご存分に休めたか?」
「はい、休めたというか……目が覚めました」
何やらコソコソとする皇女とくノ一を脇目に、ベルク師匠が傍までやって来た。
「アウー! ゆうべはお楽しみでしたね!」
「なっ!? アディーテ、それをどこで!?」
「アウー? 言えばカトーが喜ぶってユキコがー」
「あの人はいったい何を……どこかで見ているのか!? いや、元気なのは良かったけど……何でこんなにも来訪者のほうが曲者揃いなんだ……」
「カカッ、何やら難儀しているご様子。カイト殿、某もこれから行動を共にする。貴殿と親方殿に対する恩義、晴らさずして何が武人か。竜種の騎士として姫君の下で戦うも誉れ、某があるべきはやはりここをおいて他にない」
「は、はい、頼もしいです!」
「ええ、また共に戦えることを嬉しく思うわ。ガーモッド卿」
「恐悦至極、誠に勿体ないお言葉!」
そうか、ベルク師匠とアディーテも一緒なら、もう一切の不足はない。
シュティーラさんの言う厄介事が気になるところだけど、それはいつものことだ。
揃いも揃った英雄たちの力を借り、まずは戦場を横断し工房まで辿り着こう。
「そういえば、ベンガードやヤエロさんたちは無事ですか?」
「子細ない。ベンガードはああ見えて人が良い、今も迷宮内拠点で生き埋めになった者の捜索に当たっていると聞く。ヤエロ殿も無事に帰還し、ご家族と共にある」
「それなら、ヨエルとムイタも……」
「うむ、怪我もなく母君共々に無事だ」
「良かった……」
安堵からか、僕以上にリシィもサクラも、行政府の空気に当てられた険が表情から抜けた。
壊滅的被害となったこんな状況下でも、探索者や衛士たちが逃げもせずに人々の盾となり守り続ける、それがこの迷宮探索拠点都市ルテリアなんだ。
絶望はしない、希望はいつだってこの街と多くの英雄と共にあるのだから。
「挨拶は済んだか、詳しい作戦の概要を説明する。ツルギ」
ツルギさんはそれまで静観していて、シュティーラさんの言いつけで僕を一瞥しながら歩み出て皆の前に立った。
この世界の秘密について、真っ先に相談するのはツルギさんだと決めている。
僕ですら、ここが未来の地球だと可能性のひとつとして思い至ってはいたんだ、彼なら更に情報を持って推測が及んでいてもおかしくはない。
故に“行政府の懐刀”、僕が思うツルギさんの印象だ。
「皆さん、お集まりいただき誠にありがとうございます。作戦目的は、日本コミュニティ長と同伴した者が立て籠もると考えられる、同氏の工房まで救援に向かうこと。作戦内容は、今この場にいる四パーティの内二つで墓守に対し陽動を行い、残りの二つで北と南より工房に到達、対象を確保。単純明快です」
単純に思えるけど、敵中突破をする以上はそれだけで終わらないと想定したほうが良いだろう。
要するにこの作戦自体が陽動で、この機に乗じて更に区画の奪還が背後で展開されると考えるべきだ。
「何でパーティを分けるワンッ、全員で一点突破が確実だワンッ」
頭は柴犬、体が異様に筋肉質な探索者が疑問を口にした。
“亜神種”……地球人類によって遺伝子操作で生み出されたことは確実だから、彼の遺伝子上の祖先は間違いなく柴犬なんだろう。
ここが“異世界”ではなく、地球の生態系上に存在すると推測出来た要因のひとつがこれだ。例え人為的に捻じ曲げられたものだとしても、そうとしか見えないものがこの世界には多すぎたんだ。
まさかと思う感情が確定することを妨げ、その先の想定をも阻害した。
もしも自分自身の推測を信じることが出来ていたのなら、今の結果も変わっていたのだろうか……いや、それでも僕の推測は「変わらない」と告げている。
それにしても「ワンッ」とは、安直すぎやしませんか……。
「既にお気付きの方もいるようですが、この作戦は区画奪還作戦の一部でもあります。つまり相互陽動、下手をすれば戦場を掻き乱す羽目にもなりますが、纏まった部隊行動を執れない【鉄棺種】に対し、一気に攻勢を仕掛けるものとします」
ツルギさんが僕やセオリムさんを見ながら答えた。
デメリットを覚悟の上で膠着状態に穴を空けるつもりなのか……。いや、彼なら事前に綿密な計画を立てていそうだから、恐らくはそのデメリットも利用する作戦を考案しているはず……信頼しすぎかな……。
「ひとつ良いですか?」
「ご意見をどうぞ、クサカくん」
「親方たちは、どうやって墓守の合間を抜けて工房まで? シュティーラさんの話では要領を得なくて、来訪者でありながら最高戦力の意味が知りたいです。そのアサギさんが持つ特殊な武装、エク何とかと言うのはいったい……」
シュティーラさんが僕に対して不満そうな視線を投げつける。
これは恐らく、要領を得なかったことにではなく、“さん”付けをしたせいだ。
勇ましい皇女殿下にも関わらず、若干口が尖り気味なのは如何なものか。
「クサカくんなら固有名詞を聞けばわかるでしょう。“強化外骨格”、我々の時代よりも先の未来より訪れた自衛隊員、驚くことに単体で【鉄棺種】の集団を殲滅します」
「なるほど、だからこそ“厄介事”がある……納得しました」
先の未来か……【鉄棺種】の知識や技術が“青光の柱”によって過去に流入し、その結果で作られたものとするなら、これ以上はない対抗兵器となるんだ。
それにしても、これではまさに『鶏が先か卵が先か』……。どう足掻こうとも、今のこの時代に歴史が繋がってしまうと考えると、何とも言えない虚無感に襲われる。
「ですが、だとしたら現状は強化外骨格が機能停止している可能性まであります。怪我をしているかも知れない、護衛戦力がないまま立て籠もっているかも知れない、時間は差し迫っています、慌てることなく急ぎましょう、ツルギさん」
「『慌てることなく急ぐ』……言い得て妙ですが、それは最適解」
「はははっ、確かに言い得て妙だ。カイトくん、私は今の君の言葉でこのルテリアに流れる運脈が変わったと確信したよ! やはり私は君が欲しい!」
「くしし! これが軍師の業前かナ! セオっちはますます諦められないナ!」
「いやいや、それを言ったら昨日空から降って来た時からだろ。あれには私も柄になく胸が熱くなったぜ! どうだカイト、これが終わったら……」
「セオリム、レッテ! カイトは私の騎士なんだから、手を出したら許さないわ!」
「例え“樹塔の英雄”だろうと、カイトさんを困らせる方は私がお相手します!」
「くふふふふ、我の主様は誰のものでもない。他ならぬ我のものだ!」
「待って、何でいつの間にか僕の取り合いになっているの!?」
見ると、他の探索者まで関心したように僕を見て頷いている。
「慌てることなく急ぐ」と言うのは自分に言い聞かせたものだし、そもそもが他人に重く受け止められるほどに印象的な言葉でもない。
だというにも関わらず、大会議室に流れる沈鬱だった空気が変わった。
「あっはっはっ! 良いぞ、カイト クサカ。戸惑っているようだが、流れを変えたのは貴様の言葉ではなく、臆せず自らを貫かんとするその目だ!」
シュティーラさんはそう言って近付き、僕の顎を手で取って顔を寄せた。
彼女は僕と背の高さもそう変わらないため、若干腰を引いた僕のほうが見下される形になり、その真紅の眼と勇ましい美貌にリシィの前にも関わらずドギマギしてしまう。
「ふむ、瞳の内に燃えるのは“銀色の炎”か、おもしろい」
「……えっ!?」
「これよりカイト クサカのパーティを主軸とし作戦の詳細を詰める! 見事に役目を果たし、このルテリアに勝利をもたらしてみせよ! 貴様らの名を栄誉と共に知らしめるのだ!」
「「「おおっ!!」」」
僕の驚きと戸惑いを他所に話は勝手に進む。
何てことだ……。グランディータに会えたことや、それ以上に大きな驚異のせいで気にしていなかったけど、神器の侵蝕は今も止まることなく続いていたんだ。
僕はやがて、完全に人でなくなるのかも知れない……。
だけど、それでも僕はリシィの傍に……。