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第二百二十話 変わらずの英雄たち

 ◆◆◆



 僕はもう長いこと自分の名前が好きではなかった。

 中途半端に何にもなれない、濁った灰色が嫌いだったんだ。


 今となっては、そう名付けた理由を知る両親はいない。


 だから僕は、何よりも鮮やかに瞳を夕陽色で彩るリシィに惹かれた。

 変な感情だ、彼女の魅力はそんな色だけに収まるものではないというのに。


 だけど、そんな僕の秘めた想いを知るかのように、彼女は言ってくれたんだ。



「……イト……カイトッ! また考え事をしている、頼ると言ってくれたわよね?」



 あれから宿処を出て行政府に向かう途中、突然リシィが僕を覗き込んできた。



「え? あ、いや、ごめん……考え事というか、リシィの言葉が胸に沁みて反芻していたんだよ。灰色が誇りの色だなんて初めて言われたから」


「そ、そう……それなら良かったわ。“銀灰”はカイトの色、私は一番好きよ」


「ありがとう、素直に嬉しいと思える……」



 僕はその言葉にまた心臓が跳ねてしまう。


 「好きよ」はまずい。リシィに対する好意が右肩上がりなのに、そんなことを言われたら昨夜のことも思い出してまた抱き締めたくなってしまうんだ。

 そんな僕の感情を知ってか知らずか、彼女は横を歩きながらどこか恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見てくる。


 だけど、周囲は既に探索者や衛士たちが行き交っていて、こんな人通りの中で女性に抱き着いては容赦なくお縄にされてしまうだろう。


 昨晩のことで理性のタガが外れるのはダメだ、気を付けよう。



「改めて見ると、こんな大きな城が良く倒壊しなかったもんだな……」

「来歴は良くわかっていませんが、行政府の基部は神代からあるものだそうです。カイトさんはご存知ありませんか?」

「うーん? 少なくとも僕の時代よりも後に作られたものだね。世界中の出来事に触れられた情報化社会で、こんなものがあったら見過ごすはずはないし」



 行政府の本来の外壁を通り抜け、その白亜の巨城を見上げながら進む。


 城は日本の建造物は勿論のこと、西洋のものともどこか違い、中心にある大塔とその周りを取り囲む六本の塔を主構造物として形成された、城というよりは天高くそびえ立つ“マスドライバー”に見えないこともない。

 宇宙に大量の物資を打ち上げる射出装置の一種だ。かつてはスペースエレベーターやオービタルリングまであったのだから、その完成までの物資輸送に建造されていたとしても何らおかしくはない。


 とはいえ、これを良くある対宙攻撃用の切り札にするのは難しいかな。

 後々で城として増築された部分や、対空砲や榴弾砲を始めとする対鉄棺種迎撃設備が増設されてしまっているんだ。仮に撃てたとしても、周辺一帯を吹き飛ばして更に被害を与えてしまうだろう。


 美しい神代の巨城……ただ、その白い壁に咲く黒い花のような模様は、明らかに墓守の砲撃によるものだ。

 無数にある弾着痕は、壁を汚すだけで破壊には至っていない。これほどに堅牢だからこそ、ルテリア全域を侵奪するほどの墓守の軍勢をこれまで退け、多くの人々を守る最後の砦として保ち続けたんだ。



「や~ん、テュルケちゃん昨日はどこ行ってたの~。お姉さん寂しかった~」

「ふわああぁっ!? やめてくださいですー! 耳も尻尾も触らないで……はうぅっ! らっ、らめですぅ……気持ち良くなっちゃいますですですーっ!!」


「やめんかーっ!!」



 思いを馳せながら行政府の中庭を進み、正門にまで辿り着いたところで突然どこからともなくアケノさんが現れ、テュルケが捕まりもふもふされてしまった。


 咄嗟に僕はテュルケの腕を引っ張り、アケノさんから引き剥がしたものの、既にテュルケは頬を上気させ息も絶え絶えで力なく僕に体を預けている。


 相変わらずとはいえ何てことをしてくれたんだ、本当に油断も隙もない。



「カイトくん、リシィちゃん、ひっさしぶり~元気してた~? お姉さんは元気してた……や、やーねー冗談よ冗談。だからそんなに睨まないでサクラ、サクラちゃん? 久し振りなんだからお手柔らかに? それどうするの? やーめーてーーーーっ!?」



 ……こいつは酷い。


 どうやって入っていたのかはわからないけど、詰め寄ったサクラはアケノさんのスカートの下から鎖鎌を引っ張りだし、その鎖で縛って雁字搦めにしてしまった。


 アケノさんもアケノさんだけど、サクラもサクラでかなりのものだ……。

 ま、まあアケノさんのことはサクラに任せておくとして……。



「テュルケ、大丈夫だったか?」


「ふえぇ……アケノさんはぁ、いつも私のことぎゅってしますですぅ……」


「それは大変だったね……。アケノさんは説教されているから、もう大丈夫だよ」

「アケノにも困ったものだわ、あれがニンジャなのね。テュルケ、本当に大丈夫?」


「えへへぇ~、カイトおにぃちゃんにぎゅってしてもらえましたから、大丈夫ですぅ」



 あの一瞬でテュルケを蕩けさせるとは……アケノさん、マジニンジャ。



「くふふ、やはりこうでなくてはの。主様、改めてお帰りなさい」

「え、うん、ただいま。どうしたんだ、ノウェム……?」

「何、少しの感傷だ。あの鬼皇女を待たせておるのだろう、参ろうか」


「ああ、また僕の後ろに隠れている?」

「……う、うん、お願いするの」



 本当にどうしたのだろうか……。“天の宮”では取り乱して泣きじゃくるばかりだったから、ただ単に「おかえり」と言いたかっただけなのかも知れない。


 ともあれ、僕たちは昨日の今日でその鬼皇女……シュティーラさんから連絡が入り再び行政府にやって来た。


 間違いなく、ルコや親方の救出、そしてルテリア奪還の進捗についてだ。




 ―――




 解放されたアケノさんに連れて行かれたのは、円卓の置かれた大会議室。


 白亜の室内は数十人が楽に入れるほど広く、高い天上には燦然と煌めく高層建築の大都市を人々が行き交う様子が描かれている。恐らくは神代の光景、僕にとっては未来の光景、何だか言い知れない感慨が胸に湧いてしまう。


 そして部屋の中央、円卓の周囲には僕たちの他にも探索者が二十名ほど集まり、話が始まるのを今か今かと待ち侘びていた。


 そのうちの一人が遅れてやって来た僕たちに気が付く。



「やあ、カイトくん、無事の帰還を心より歓迎する。大変だったそうだが、それでもルテリアの進退を決めた巨兵ガルガンチュアを穿つ一撃、見惚れるほどに見事だった」


「セオリムさん、お久しぶりです。セオリムさんに教わったことが道を切り開く力となりました。何とお礼を言ったら良いのか……ありがとうございました」


「くしし! カイっちは相変わらずの生真面目ナ、セオっちはあわよくばって今でも思ってるのにナ!」

「それな! カイトを欲しい気持ちはわかるけど、諦めの悪い男はモテないぜ」


「セオリム、まだ諦めていないの? 彼は私の……え……レッテ、腕が……」



 相変わらずの彼らの様子に、リシィがお約束のように声を上げたところで、だけどその言葉はレッテの姿を見て中断された。

 驚愕はリシィだけではない、僕もサクラもノウェムも皆が驚いてしまっている。


 確かに重症だと聞いていた……。レッテは僕たちの知る彼女と変わらずに笑っているものの、右腕だけが上腕から先がなくなっていたんだ。


 包帯が巻かれて痛々しく、にも関わらず普段と変わりない彼女の様子からは、失ってしまったものに対する執着が全く見えなかった。



「ああ、これか。女神牛ゲフィオンの荷電粒子砲ってやつにさ、パイルバンカーを突っ込んだらこうなった。気にしなくて良い、私の種にとって戦の傷は名誉だからな!」


「セ……リ」

「ホッホッ、『戦士にとって傷とは即ち武勲、そして誇り』とダルガンも言うておるわい。お前さんたちがそう強張らずとも、ほれレッテ本人はこうしてあっけらかんとしておるわい、気になさんな。ホッホッホッ」



 そう言われたところで、僕自身も一度は右腕と右脚を失っているんだ。

 どこか自分と重なり、どうしてもしなくても良いだろう感傷が芽生えてしまう。



「ふむ、カイトくんは優しいね。だが時にその優しさは仇となる。これからが正念場となるこの地で、足元を掬われないよう気を引き締めなければいけないよ」


「くしし! そう言うセオっちもカイっちを心配してるナ! 似た者同士かナ!」

「はははっ! そうかも知れないね、これは身に余る光栄だ!」



 何にしてもセオリムさんたちとの再会は、レッテの取り返しのつかない傷があったとしても、とても喜ばしく思えるものだ。


 誰よりも心強い彼らとの合流に、僕はただ安堵から深く息を吐いた。

本編にあまり関わりのないネタバレ。


ルテリア行政府は神代期のマスドライバー管制塔になります。

特性上堅牢な施設ではありますが、マスドライバー自体は破壊され跡形もないのが実際のところで、戦争で壊されたというよりは、機動強襲巡洋艦アルテリアのエンジンブロック墜落に巻き込まれ崩壊しました。

本来はもっと巨大な施設でしたが、神代期の【天上の揺籃】落下の衝撃でも破壊され、唯一残された部分が後にルテリア行政府となります。


このインフラが多少なりとも残っていたため、【重積層迷宮都市ラトレイア】の建造や、迷宮探索拠点都市ルテリアの発展と維持を可能としました。

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