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第二百十九話 誇り高きその名は

 べ、別に、ゆうべはお楽しみでしたね、はしていない。


 朝までリシィと二人で寝ていたのは確かだけど、彼女は思わず抱き締めた僕をポカポカと叩いた後、疲れからか次第に大人しくなりそのまま眠ってしまったんだ。

 僕も、寝言で「カイトのバカァ」と呟くリシィの寝顔を見ながら再び眠った。

 何だか、申し訳ないほどに自分の主を抱き枕にしてしまったけど、はっきり言ってこれ以上に極上の夢見心地はないと断言が出来る。


 そして、リシィの体の下敷きになっていた左腕の痺れで目を覚ますと、先に起きていた彼女が小声で「カ、カイト……おはよぅ……」だ。朝から爆発した。


 だけどもう一度言う、断じてゆうべはお楽しみでしたねはしていない。



「だから、ジト目で睨むのは勘弁して欲しいかな」

「主様よ、突然何を言うておるのだ。まだ夢見心地なのか?」



 今は簡単に片付けを済ませたリビングで、僕はノウェムと一緒に円卓に座って昨晩の件で言い訳をしていた。


 リシィはテュルケと自室に戻り、サクラは保存食を使い朝食を作っている。

 皆には朝一で頭を下げた。心配をかけたと、ありがとうと感謝を伝え、不器用でもこれ以上は内に溜め込まないよう、しっかりと新たな覚悟もした。


 それでも多くの後悔は残る。だからこそこれ以上の次代に傷跡を残さないよう、僕は皆の力に頼りながらも確実に前へと進むんだ。


 それにしても……。



「みんな良く、僕が責任に押し潰されそうになっていたことに気が付いたね?」



 対してノウェムの表情は「また何を言うておるのだ、主様よ」だ。


 責めている感じではなく、呆れながらも至らない子供を見守る慈母の瞳と言えば良いのか、外見幼女にそんな風に見られると流石にくるものがある。



「主様とて恋しく思う者の機微には気が付くであろう? それと同じで我らは主様を常に見ておるのだ。逆に問うが、何故に気が付かれないと思うた?」


「だ、だよね……何かごめん……」


「そうです。ノウェムさんの仰る通り、私たちはカイトさんのお傍でいつも見ているのです。何度も申しますように、しっかりと頼ってもらわないことには、気に病むのはカイトさんだけではありません」



 サクラが朝食をお盆に乗せ、僕たちの傍までやって来た。



「本当に何度言われたんだろうね……。これからが肝心な時に、邪龍に対して気を張るあまり自分を後回しにしていたよ。改めて、頼らせてもらえるかな?」


「はい、私はいつまでもカイトさんと共にあります」

「妻として主様を支えるのは当然だ。情けなかろうとそれもまた我が主様よ」



 この会話も何度目かな、人は心根から変わらないと同じことを繰り返す。


 今度ばかりは流石に、強い自覚をもって自分の至らなさに気が付けたので、これからは言葉通りに心から仲間を頼れる存在となりたい。


 やはり一人で背負うには限界がある、わかっていたにも関わらず意固地になっていたのは、どうも僕には“正義の味方”に固執するきらいがあるせいだ。



「ふわぁ、良い匂いです~。やっぱりサクラさんのお料理が一番ですです~」



 続いてテュルケも元気良く階段を下りて来た。

 背後に続くのはリシィ、目が合って直ぐに逸らされたけど気持ちはわかる。


 いや、むしろ昨晩の自分は何を言って何をやらかしたのかと、考えただけでも居た堪れない。「温めてくれないか」に始まり、ベッドの中で抱き締めるとか……穴があったら埋めて欲しいほどに恥ずかしい所業だ……。


 リシィの頬は赤みを帯び、僕も似たような状態なんだろう。



「皆さん揃いましたのでお食事にしましょうか。少しわけて頂いた食材と保存食の即席ですが、野営の時よりはましなものだと思います」


「うん、良い匂いだ……。照り焼きにしたんだね、醤油の香ばしさが堪らない」

「はい、量は少ないですが、お祖父様直伝の鶏肉の照り焼きです!」



 これ以上はないほどの最高の食事で腹を満たして次に備えよう。


 ルコたちの安否と護衛の“アサギ”も気になるけど、シュティーラさんが絡んでいるのなら、“信奉者”だった場合は野放しにするはずもない。大丈夫だ。


 僕は肩の力を抜き、心身ともに柔軟な気構えでまずは食事に向かった。




 ◇◇◇




「リシィも立っていないで、はい」



 カイトはそう言って隣の椅子を引いてくれた。


 彼の様子は、表情にも仕草にも柔らさが戻っているので、いつもの調子を取り戻したようで良かったわ。


 シュティーラの会話から、ううん、ルテリアの空で街の光景を眺めた時から、カイトはどこか張り詰めて強張っているようだったの。

 さ、昨晩は私たちも肩に力が入ってやり過ぎてしまったけれど、大好きな彼が戻って来て本当に良かった。



「カイト、ありがとう」



 け、けれど、婚姻前の男女が寝所を共にするなんて……そっ、それも同じベッドであまつさえ抱き締められて……うぅ、私は何を考えているのかしら、今に始まったことではないけれど……けれど……。

 昨晩のカイトはいつになく素直で、彼を支えたいと願う気持ちも強くなっていたから、思わず私まで素直に聞き入れてしまったんだわ……。


 そっ、そそそれどころかっ、先に目が覚めたのを良いことにっ、眠るカイトの頬に口付けをしようだなんて考えて……ああああああああああああっ……!!


 ううぅ……思い出しただけでも顔から火が出るようだわ……。



「リ、リシィ、瞳の色がおかしいけど、大丈夫……?」

「んっ!? だ、大丈夫よっ! 昨晩はやりすぎたから、反省していたのっ!」

「だっ、だよね! ぼ、僕のほうこそ反省しないと、どうかしていたよ!」



 嘘は言っていないわ……それも当然あるもの……。


 これには皆も思うところがあるようで、私同様に落ち着きがなく中空を見て、サクラもテュルケもノウェムまで何かを思い返しているみたいね……。



「冷めてしまう前に食べましょう。向こうで食べた照り焼きも美味しかったもの、調味料ひとつでこうも変わるものなのね。私もカレェ以外にも学んでみたいわ」


「はい、そうですね。それでしたら、落ち着いてから鳳翔の台所を借りて料理教室を開きましょう! お祖母様の残した調理法は本当に素晴らしいのですよ!」


「うむぅ、我も主様の世界を堪能してみたかったの……」

「はいはいっ! もっとカイトさんの世界のお話を聞きたいですですっ!」



 昨日のうちに私たちがどこに行っていたのかは話したけれど、カイトの世界が今よりも過去……“神代”であることはまだ誰にも伝えていない、シュティーラにも。


 その事実は、来訪者にとっては自分たちの文明の滅びを告げることになってしまうから、事が終わった後でまずは行政府に伝えようと示し合わせたの。

 だから、今この時代でカイトの他に事実を知っているのは、実際にグランディータとの会談の場にいた私とサクラとノウェム、後はセントゥム猊下だけね。


 何かが変わるわけではないと思うけれど、それでもカイトは傷つく誰かを慮る。

 自分が大変な時でも誰かのために、彼は本当に真の心ある騎士なんだわ。


 大好きな“黒騎士”よりも更に大好きな、私の銀……



「リシィ、僕の顔に何かついてる……?」

「んっ!? い、いえっ! カイトに与える称号を考えていたの!」

「うん? 称号って?」


「ふわぁ、それは良いですです! 姫さまの大好きな物語に出て来る、“黒騎士”さんみたいな素敵なものが良いですですーっ!」

「テレイーズの、それも龍血の姫が与える称号ともなると相当なものです。カイトさん、とても誇らしいことなんですよ!」

「うぬっ!? リシィにばかり良いところを持っていかれるのはダメなのだ! 我もっ、我もっ、与えるのっ!」



 思わず慌てて口を衝いて出てしまったけれど、どちらにしてもカイトの“軍師”の二つ名は私にとって少し違うもの。


 良い機会だから、名実ともに私の……テレイーズの騎士になってもらうわ。



「カイトは、【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】を携えるテレイーズの騎士にして、神龍グランディータの龍血までを受け継ぐ者。銀色の炎を纏い、銀灰色の甲冑に身を包み、その名が“灰色”の意味を持つことも聞いたわ」


「はは、僕としては“灰人”の名前はあまり好ましくなかったんだけどね」


「ならば私がその名を好ましく思うわ、私にとって貴方の色は誇りそのものだもの。神龍の名代たる龍血の姫神子、リシィティアレルナ ルン テレイーズの名においてカイト クサカに称号を与える!」



 立ったままの私、立ち上がるカイト、向き合い絡んだ視線は戸惑うようでいて、けれど優しく見つめ返してくれる。


 私にとっての“灰色”は、何よりも輝かしい掛け替えのないカイトの色だわ。

 白でも黒でもない、他のどの色よりも美しいと思える、それが彼の“銀灰色”なの。


 だから……だから……。



「これより貴方は、誇り高く光輝をもって人々の安寧を照らし出しなさい! そして、私と……私たちと共にどこまでも歩む、“銀灰の騎士”であれ!」

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