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第二百十五話 ただいま

 僕は開放ボタンを拳で叩き、降下用舟艇ドロップシップの後部エアロックを開いた。


 まず聞こえるのは風を切り裂く音、対空砲弾が炸裂し弾子が機体を叩く音、次にそれらを掻き消すように耳鳴りが強くなる。


 この対空砲火の中を飛び下りるのは無謀でも、それを貫き押し通す。



「リシィ!」

「ええ!」


「金光よ何者も通さぬ盾となれ!」



 僕はリシィを抱え、降下用舟艇から空中に飛び出した。


 金光が瞬き、僕たちを包み込んで形成されるのは、光盾の堅牢さと光膜の柔軟さの特性を併せ持つ新たな防御スキル。

 自分の内からだけでなく外界の神力にも干渉し、金光自体が“龍血”と“神器”だという認識が、彼女の心象に影響を与えてなした絶対防護結界だ。


 原理は良くわからないけど、光結界は僕たちを墓守の対空砲火から護り、だというのに高空を吹く風や外部の音を多少抑える程度で通していた。


 僕たちは目眩を覚えるほどの高度を自由落下し、眼下には迷宮探索拠点都市ルテリアが見えている。



「酷い……」

「これが今のルテリア……!」



 まだ大断崖よりも高い空から見下ろすルテリアは瓦礫で埋もれていた。


 拠点都市の全域で墓守が蠢いて各地では戦闘状態、その中でも特に行政府区画で多く火の手が上がっていることがわかる。


 状況は最悪。巨鷲フレースヴェルグが低高度で侵入し逃げ惑う人々に銃撃を加え、巨兵ガルガンチュアが今まさに探索者ギルドの建物を押し潰したところだった。

 大型の墓守も多い、僕たちが介入したところでどうにかなるとは思えない。


 だけど、それでも、このルテリアの空に蔓延する絶望を塗り潰す。


 龍血の金光をもって希望に塗り替えるんだ……!



「ノウェム、ローウェさん、進路の調整を頼む!」


「あいっ!」

「かしこまりました」


「リシィ、サクラ、全力だ! 手加減は要らない!」


「任せなさい! ルテリアに示すわ、私たちが帰還したことを!」

「はい! ここまでされては、決して許せませんから!」



 ――ドンッ!!



 そして、先を行く降下用舟艇に対空砲弾が直撃して火の手が上がった。


 僕たちもその衝撃を受けて大きく揺さぶられるけど、直ぐに光翼を展開したノウェムとローウェさんが飛翔能力で安定を保つ。


 対空砲火が激化し、数の少ない航空型墓守も僕たち目掛けて集まり始めた。



「サクラ、傍に!」

「はい! いつまでもお傍に!」



 僕たちは一丸となってルテリアの空に降る。


 大気は肌を切り裂くほどに冷たく、遥か東の空から紫色に染まる光景は、こんな状況にも関わらず美しいと形容することしか出来ない。

 眼下に望める明かりは平穏な営みの証ではなく、今直ぐにでも消し止めなければならない戦火。


 僕たちと並行して飛ぶ鳥は何を思いついて来るのか。

 行く先を知らない迷い子のように、それでもどこかを目指して飛んでいる。


 僕も時の迷い子だ。だからこそここで、大切な人たちがいる場所を守りたい。



 ――バガンッ!!



「降下用舟艇の耐久限界でございます! カイト様!」



 降下用舟艇の底部を貫通した砲弾が内部から天井を吹き飛ばし、手元のタブレット端末で最後まで微調整を行うローウェさんが告げた。


 燃え上がり破片を飛散させながら、僕たちと共に高度を下げて行く。



「大丈夫です。リシィ、頼む!」

「ええ、金光よ彼のものを砲弾に!」



 降下用舟艇は、リシィの金光の護りとブーストを受けて大質量砲弾に変わった。



「僕たちも行く! グランディータ、力を貸してくれ! 【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」



 僕は自らの力で銀槍を顕現する。


 銀炎を纏う全長五メートルを超える長大な槍、全力の最大形成。

 リシィの龍血と、僕自身が受け継ぐ龍血、その全てをもって希望の槍をなす。


 だけど、邪龍を穿ちこの世界までを覆すのなら、それだけでは終わらない。


 銀槍を矛先とし、リシィが光結界を僕たちごと包む槍身の延長に再形成する。

 ブースターとなるのはサクラの爆炎、勢い良く噴出する炎が空に赤い軌跡を残す。



 ――ギュゴッ……ドオオオオォォオオォォォォォォォォォォォォンッ!!



 そして大地が迫り、足元の探索者たちに剛拳を振り上げた巨兵の頭部に、まずは上陸用舟艇が降下速度のままに特攻して大爆発を引き起こした。


 大気圏外からの質量攻撃、如何に堅牢な【イージスの盾】とて無事では済まない。



「カイト!」

「カイトさん!」

「主様!」


「一撃で決める!! 穿ちっ貫けえっ!!」





 その時、地上からはどんな風に見えたのだろうか。


 僕たちは一筋の流星となり、躊躇うこともなく巨兵の胴体部に突撃した。

 銀槍を握り締めた右腕に感触はなく、余韻もなく一瞬で機械の内を通り過ぎた。


 夕闇の空を染めたのは、目も開けられないほどに目映く輝く黄金色。

 金光は空を照らし、ルテリアを照らし、また見上げる全ての人々を照らす。


 続いて赤く燃える炎が、大気を打ち震わす爆音と共に空を焼き尽くした。



 振り向いて巨兵の討滅を確認する必要なんてなかった。


 滑空する僕たちを見上げる人々の表情が、驚きながらも華やいだからだ。

 歓声が上がり、反撃に転じた探索者たちが次々と墓守に飛びかかって行く。



 そうして僕たちは、滑空して今は懐かしい教練場に下り立った。




 ◇◇◇




 ――それから、私たちは日が完全に落ちた後も戦い続けた。


 カイトが「魅せてやろう」だなんて言うから、力を込め過ぎて巨兵は腰から上が粉々に四散してしまったわ。

 私の金光自体が龍血で神器だという認識は、自分でも驚くほどに威力や強度までを向上させたの。私はまだまだ心象が足りていなかったのね。


 けれど、派手にやってしまったぶんは探索者たちの士気にも良い影響を与えた。

 広大なルテリアの全域は無理でも、戦闘状態だった行政府区画の墓守掃討に成功し、陥落一歩手前だった仮設防壁を何とか維持することが出来たわ。


 まだ本格的な都市奪還はなされていないけれど、今は行政府に戻って来てようやく一息ついたところ。



「ノウェム、大丈夫か?」

「あい、だいじょぶ。ローウェがいたから」



 行政府前の広場、本来なら花壇があった場所だけれど、今は踏み荒らされ多くのテントまで設営されて見る影もない場所で、カイトとローウェがノウェムをベンチに寝かせて介抱している。

 周囲は探索者や衛士、騎士どころか一般人まで慌ただしく行き交い、混乱の中で私たちを気にするものは今のところいないわね。


 サクラは行政府内部にシュティーラやエリッセを探しに、私たちは出来るだけ目立つ広場の中央付近で知り合いを見つけられないかと待機しているの。



「リシィ、ノウェムは僕たちに任せて、テュルケを探しに行っても良いんだよ?」

「大丈夫よ、テュルケは無事だと確信しているもの。無闇矢鱈に動き回らないで、ここにいたほうが目につきやすいわ」

「まあそうだな、早く安否の確認が出来れば良いんだけど……」

「カイトは心配性なんだから、テュルケは絶対に無事なんだか……」


「姫さま?」


「……っ!?」



 カイトには見栄を張ってしまったけれど、本当は今直ぐにでも駆け出したかった。


 不安で泣き出しそうで、それでも必死に耐えていたのに、不意に背後からかけられた懐かしい声音に私はもう涙を押さえることが出来なかった。


 忘れようはずもない、間違えるはずもない、いつだって傍にいてくれたその声を。



「テュル……ケ……?」



 変わりないことを願い、私は恐る恐ると振り向いた。



「姫さま……! やっぱり姫さまですですっ……!」



 人混みの合間でこちらを見て佇んでいたのは、背が伸びないことをいつも悩んで、昔の私を真似して今でも二つに結わった髪型の大切な幼馴染。


 私にとって、カイトと同じくらい本当に大切な存在――テュルケ。



「うわああああっ! 姫さまっ、姫さまーーーーっ!!」



 そして、テュルケは勢い良く駆け出して私の胸に飛び込んで来た。


 ほんの数歩の距離で彼女の顔は涙で濡れ、良く「早く姫さまのような大人になりたい」と言うのに、今はまるで子供のように泣きじゃくっているわ。


 けれど、それを言ったら私もまだまだ子供ね。

 だって私もテュルケと同じく涙が止まらないんだもの。


 二度と会えないかも知れないと覚悟を決めた日があったけれど、カイトは必ず元の世界に帰ると、もう一度会えるからと約束してくれた。

 本当にありがとう、カイト……しっかりお礼を言いたいし、テュルケにも何から話せば良いのかわからないけれど、今はただこの温もりを感じていたい。


 けれど、一言だけ……。



「テュルケ、ただいま」

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