第二百十四話 星に降る流れ星
降下用舟艇が地上へ向けて大気圏内を降下し始めた。
思っていたほどの震動はないけど、ディスプレイに映し出される外部カメラの映像は赤く燃え、頑丈な機内の軋む音のみが耳に嫌な余韻を残している。
僕にとっても皆にとっても初めての体験だ。リシィとサクラは手摺りに掴まって表情を強張らせ、ノウェムは表情こそ見えないものの、動きを速める鼓動が小さな体越しに緊張していることを伝えてくる。
宇宙から見れば、この星が本当に“地球”だと実感出来たのかも……いや、破壊し尽くされ、僕の知る大陸の姿はどこにもない可能性もあるのか……。
確かめるのは全てが終わってからで良い……。
『カイト様、後一分で高度一万メートルに到達いたします。水平飛行に移行しますので、衝撃に備えてくださいませ』
「わかりました。みんな大丈夫だよ、これだけの強度なら心配は要らない」
「え、ええ、この船は空を落ちているのよね……少し怖いだけだわ。カイト……もし無事に地上まで辿り着けたら……ううん、何でもない……」
「わ、私も少しこの振動が……んっ……耐えてみせます……」
「ほ、本当に大丈夫かな……。ノウェムは?」
「わわ我はだだだ大丈夫なののののっ」
ノウェムの震えは彼女自身が震えているせいだ。やはり怖いよな。
『衝撃、来ます』
ローウェさんの報告で身構えたと同時に機内を衝撃が襲った。
ジェネレーターが唸りを上げて大気圏外から落下し続けた慣性を相殺し、僕たちは体が座席から浮いてしまうほどの力を受け、それでも固定器具に押さえつけられて飛び出さずには済んだ。
その間も僕は両腕で踏ん張り、ノウェムを押し潰さないようにと耐えたけど、多少は体重をかけてしまったようだ。
「いてて、背中を打った……ノウェム、大丈夫か?」
「むぎゅぅ、もう少しゆるりとは出来なかったものか……」
「ごめんな……。リシィとサクラは怪我をしていないか?」
「ええ、無事よ。外が見えなくて良かったわ……」
「はい、カイトさんもお怪我はありませんか?」
「うん、僕も問題はない」
揺れも収まり、互いの状態を確認していると、ディスプレイの赤い点滅と共に機内にブーピーと妙な警告音が鳴った。
「ローウェさん、今のは?」
『大気圏突入の影響と、今の衝撃で外装が剥がれ落ちました。整備はしたのですが、流石に古き神代の機体、着陸装置が破損……いえ、脱落しておりますね』
「え、大丈夫なんですか……?」
『内部気密は正常、飛行するには問題ありませぬ。強行着陸は免れませぬが……』
「カイト……大丈夫なの……?」
「リシィは高いところが苦手だったよな……。最悪は空中で脱出することになるけど、僕が抱えるから耐えてもらっても良いか?」
「え……え、ええ、カイトが守ってくれるのなら……」
赤い警告灯とディスプレイの明かりだけの暗い機内、リシィの瞳色も顔色も良くわからないけど、震える声の様子から不安に耐えているのはわかる。
手を伸ばして支えたい、だけど降下が終わるまでは……。
『お掴まりくださいませ!!』
再び、突然の警告と共に機体が傾いて体が座席に強く押しつけられた。
異変はそれだけでなく、隔壁の向こうからは破裂音のようなものも聞こえ、一度は失速した機体が続いてジェネレーター出力を上げ始める。
何かがあったんだ。
「ローウェさん、今のは!?」
『ルテリアからの攻撃が機体の間際を抜けました。明らかにこちらを狙った高エネルギー兵器……霊子力収束砲によるもので間違いありませぬ』
「女神牛か! くっ、ここでは状況が……仕方ない!」
「カイト、何を!?」
「カイトさん、危険です!」
「主様っ!?」
「切り抜ける、皆はそのままで!」
危険を承知で、僕は安全固定器具のロックを解除して立ち上がった。
ノウェムを補助の四点式ベルトで固定し、操縦席の扉を開けて内部に入る。
「カイト様!?」
「ローウェさん、状況は……あれはルテリア!?」
「はい、立ったままは危険でございます! お座りくださいませ!」
操縦席は左右に二席、僕は余っている片方に座ってベルトを締めた。
窓の外、地平線の彼方に見えているのは、到るところから黒煙を上げる迷宮探索拠点都市ルテリアだ。
わかってはいたけど、大部分が瓦礫に埋もれた街は、もう僕の知っているルテリアの光景とは様変わりしてしまっていた。
「機体の被害状況は?」
「出力が低下しております。現状では着陸も困難、脱出を進言いたします」
「ルテリアまでは辿り着けますか?」
「上昇気味に操船すればあるいは……。しかしながら、回避もままならない状態で対空砲火に飛び込むことにもなります。如何がいたしますか、カイト様」
僕の判断を待たずに機体は上向きに傾き始めた。
それでも高度が下がり始めている、この状態では荷電粒子砲……霊子力収束砲のニ射目を避けることも出来ないだろう。
だけどまだ距離がある、ここで脱出しては救援に出た意味がない。
危険とわかっていても、辿り着くまでは……!
「僕は、ルテリアで今も戦う人々を信じます。霊子力収束砲のニ射目は来ない、僕があそこにいたのなら次は決して撃たせはしない」
「それでは信じましょう。共に戦う彼らを、ルテリアを守る英雄たちを」
更に機体のジェネレーター出力が上がり始め、ローウェさんの表情からは例え焼き切れようとも辿り着かせてみせるという強い意志が伺える。
僕たちの背後で太陽が沈み、地平線の彼方から染まる夕闇と共に、ルテリアでは今まさに大断崖から迷宮正門を破壊し巨兵が現出しようとしていた。
「カイト様、どうせですから、窮地に陥るルテリアに一花を咲かせませぬか?」
「奇遇ですね、僕も同じことを考えていました。この機体で微調整は可能ですか?」
「光輝ある御方様から皆様を預かる身として、私はなせば成ると申しましょう」
「はは、頼もしいです。よろしくお願いします」
「このローウェ エルテュイリ、なれば皆様と我が娘ノウェムのために」
ローウェさんが操縦席のディスプレイに触れ、進路の再設定を始めた。
算出された出力は当てにならない、見える範囲でも機体前面の一部が溶けているんだ。いつ空中分解してもおかしくないこの降下用舟艇を、ローウェさんは小さな体で巧みに微調整を続けている。
ディスプレイに映し出されている到達点は巨兵、僕たちの視線の先にも巨兵、ならやることはただのひとつしかない。
「カイト様、高度は安定、脱出の準備をお願いいたします」
「ローウェさん、特攻はなしです。ノウェムを悲しませる行為は、僕が命を懸けてでも止めます」
「そのつもりはありませぬ。我が娘との団らんこそが夢、これまでになかったからこそ、これからに夢を見る。ルテリア上空に到達しましたら、自動操縦に切り替えましょう」
「お互い無事に地上へ!」
そして、僕は後部座席に移動して皆に状況となすべきことを伝えた。
「ノウェム、負担をかける。あくまでローウェさんの支援で構わないから、空に投げ出された後のことは頼んだよ」
「お安い御用だ、主様! 皆を無事に地上まで下ろそうではないか!」
「リシィ、サクラ、ぶっつけ本番だけどあれをやる。魅せてやろう、“龍血の姫”ここにありと」
「ええ、わかったわ。けれど、それなら“龍血の騎士”ここに帰還せりでも良いのよ」
「それは良いですね。カイトさんの英雄たるやをルテリアに示しましょう!」
「え、いや、僕は脇役が良いなあ……」
『カイト様、到達まで残り三分でございます!』
僕は皆の固定器具のロックを解除し、降下用舟艇の脱出準備を整えた。
機体後部エアロックも同様に安全機構を解除、後はボタンひとつで開放されて僕たちは空に投げ出される。
そうしてしばらく待機していると、機内に連続する衝撃が伝わるようになってきた。
墓守による対空砲火の弾幕の中に飛び込んだんだろう、つまり今ここはルテリアの上空、僕たちは帰って来たんだ。
ゴンッと一際大きい衝撃と共に、ローウェさんも操縦席から出て来る。
「良し、機体を放棄、脱出する!」
これ以上やらせはしない、座上でとぐろを巻いて見ていろ邪龍。
僕たちは一筋の流星となりルテリアの空を穿つ。