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第二百十二話 人たり得る者

「ノウェム、ごめん。あれでは、地上に下りても嫌な連中と顔を突き合わせることになるかも知れないな……」


「えへ~、そんなことはないの。主様があいつをぶっ飛ばしてくれて、我はすっきりしたの! 天の宮から追放されたことは、主様と出会える切っ掛けになったから、今となっては良かったの! えへへ~♪」


「そうか……。暴力は良くなかったけど、ノウェムに対するけじめをつけずにはいられなかった。いつでも僕を盾にしてくれても良いからな」


「うんっ! 主様の傍にいるのっ!」



 本当の本当にこの娘は誰なの!?


 あの後、僕たちはセントゥムさんに促されて広間から退出し、今は“天の宮”の中を歩いている。


 結局、彼らセーラム高等光翼種はここを出る切っ掛けが欲しかったんだろう。

 だけど、そのための一歩を踏み出す気概もなく、ただ日常を怠惰に過ごす羽目になっていた。だから僕の存在は、彼らにとって体の良い言い訳に過ぎないんだ。


 部屋を出るまでノウェムの父親には睨まれていたけど、仲良くするつもりもないから恨むなら恨んでくれて構わない。



「綺麗な場所だけれど、どこか寂しいわね……」

「活気がありませんね。人々は隠れて遠巻きにしているようです」


「ごめんなさいね。セーラム以外の種はこの天の宮に存在しませんから、珍しくも恐ろしく興味はあるけれど近付くことも出来ない。我々は力を持つものの、根は酷く臆病なのです。不躾を許してくださいね」



 リシィとサクラの感想にセントゥムさんが謝罪した。


 “天の宮”はどこか懐かしく、それでいて馴染みのない不思議な空間だ。

 それもそのはず、ちょっとした装飾から建物のデザインに至るまで、所々に日本的な和の情緒が散りばめられているんだ。

 だというのに、壁であったり案内板であったり相変わらずの青光の光源であったりと、和の中で同時に存在するSF的な意匠が、外国人が想像するような近未来の日本の姿にしてしまっていてどうにも落ち着かない。


 内部は極小規模のオープンワールドの連続、とでも言い表わせば良いだろうか。

 様々な情景を再現した“庭園”を囲うよう建物が縦横に連なり、高くても五、六階ほどの高さに本物と見紛う雲のホログラフの浮く空がある。

 つまりはそこが天井で、広がりのない密閉された空間に壁の外は真空と、確かにこれでは息も詰まってしまう。


 人々の衣服も和服に似て、明らかに日本文化が受け継がれてはいるけど、長い年月をかけて形を変え継承されたのがこの“天の宮”なんだろう。



「彼らは手を貸してくれるでしょうか……」


「地上を“堕ちた地”と見下しながら、それでもその中で生きることに憧れる。全員は無理かも知れませんが、若い者ほど天の宮を出たいと思っているのは確かですね。ルテリア総議官として、そしてセーラムの古い代に席を置く者として、私が責任をもって彼らを監督してみましょう」


「セントゥムさん、お願いします」



 彼らの力を借りることが出来れば、遠距離攻撃能力の乏しいこの世界で、例え月軌道だろうとも【天上の揺籃(アルスガル)】に対しての飽和攻撃・・・・が可能となる。


 あくまで僕の想定であり、この策が上手く行くかどうかはわからないけど、是が非でも多くのセーラム高等光翼種の助力を得て実現したい。



「主様っ、主様っ」

「うん? どうかした?」



 いつの間にかノウェムは僕の傍を離れていて、少し廊下を進んだ先の部屋から出て来た女性の傍に近づいていた。


 その女性の容姿はこれまた少女で、ノウェムよりも若干白味を帯びた銀髪を左肩から前方に流して纏め、ゆったりとした衣服は他のセーラム高等光翼種とは違って簡素でモダンなものだ。

 基本的にツリ目がちな彼らの中では珍しく眼差しは優しげで、実際にノウェムのことを穏やかに見ているから、この場所にありながら親しい仲なのかも知れない。



「主様に紹介するぞ。我のカカ様のローウェだ」

「か、母様?」


「カイト様、お初にお目にかかります。ノウェムの義母のローウェ エルテュイリと申します。どうぞ、よしなに」


「えっ、義母? あ、僕はカイト クサカです。ノウェムにはいつもお世話になっています。よろしくお願いします」



 今度は突然のノウェムの義母の登場に、僕は慌てて頭を下げた。


 リシィとサクラもそれぞれ自己紹介をし、他の人々に遠巻きにされる中でここだけやけに穏やかな雰囲気が漂い始めている。



「だから、今の我は正確にはノウェム エルテュイリだ。長いことただの“ノウェム”だったが、天の宮に舞い戻り姓を名乗ることを許されたのだ。主様が望むのなら、今直ぐにでもノウェム クサカを名乗っても良いのだぞ。くふふ!」


「はは、良かったな。それは良く考えさせて」

「考えることなぞないのにっ!」



 義母を前にして、ノウェムは調子を取り戻してきたようだ。


 いつもの傲岸不遜な彼女もしおらしい彼女も、両方とも間違いなくノウェムなんだろうけど、僕としてはどちらでも本人が安心出来ればそれで良い。


 やはり悲しむよりも、喜べる思い出をこれからはたくさん作って欲しいんだ。



「ノウェムのこれからが良いものになるよう、僕は願うし行動するよ」


「うんっ! 主様、大好きなのっ! えへへ」



 あ、また変わった。





「それでローウェ、このようなところまでどうかしましたか?」



 しばらく事の成り行きを見守っていたセントゥムさんが、会話が一段落したことを見計らってローウェさんに問いかけた



「セントゥム様、少し前に地上観測から報告が上がりました。迷宮探索拠点都市ルテリアが、ここしばらくで最も激しい【鉄棺種】の侵攻を受けているとのこと。奪還していたいくつかの区画も再び侵奪され、巨兵ガルガンチュアの現出も確認されております」


「なっ!?」

「ルテリアが……!?」

「そんな……!」



 つい先程まで、ルテリアは均衡を保っていると聞いていた。


 この数時間で状況が変わってしまったのか……いや、僕たちが戻って来たことを察知した邪龍が、予め行く先を封じるつもりで完全に潰しにかかったのでは……。


 セントゥムさんが、ノウェムとそう変わらない低い身長で僕を見上げる。



「あまり猶予はないようですね。ルテリアには、世界でも指折りの個人で最高戦力となる者が幾人かおります。早々に決壊するようなことはありませんが、生身と機械では疲労を抱える人側が不利……クサカ様、貴方様ならどういたします?」



 セントゥムさんは恐らくわかっているんだ。


 今はノウェムとの再会を喜びたいし、リシィとサクラにも休息を取らせたい。

 だけど僕は、結局いつだって愚直な選択しか出来ない酷い人間なんだ。


 悩む選択肢すらないのは、流石に自分で自分を愚かだと思う。



「リシィ、サクラ、ノウェム……」


「わかっているわ、今直ぐ救援に向かうのよね。カイトの考えていることは一から十までわかるんだから、そのくらいずっと傍にいたの」

「それも、今回は悩むこともしませんでしたね。初めから顔に『行く』と書いてありました、カイトさんらしいです」

「勿論、我は構わぬ。ここにはローウェがおるとはいえ、未練もないのでな」


「あらノウェム、私も地上まで同道しますよ。貴女を地上にただ見送るのは何よりも辛いのですから、今度ばかりは共に参ります」

「うぇっ!? ローウェ! 墓守は危険なのだぞ! 邪龍はもっと危ないの!」

「わかっております。ですが、第二等位神族ローウェ エルテュイリ、力及ばずともセントゥム様にも比肩する腹積もりですよ」


「ローウェ、言うようになりましたね。どうやら相当な苦労をかけてしまったようで、このような時ですが感謝をしますね。ありがとう」

「セントゥム様、勿体ないお言葉……。このローウェ、ノウェムの光翼が一枚となることをここに誓わせていただきます」



 リシィ、サクラ、ノウェム、本当に僕は彼女たちに感謝してやまない。


 しかも今回はローウェさんも一緒に来てくれるようで、義母とはいえ子を思う母の顔で見られると、どうにも僕には断ることが出来なさそうだ。


 ルテリアの世界最高戦力……思い当たるとしたらセオリムさんやシュティーラさん、確かに彼らなら対峙した墓守は巨兵だろうとも何とかしてしまうだろう。


 そして、今となっては僕も彼らと肩を並べるだけの覚悟がある。


 僕にはあらゆることが圧倒的に足りないし、少し力を手に入れたからとそれで慢心するつもりもないけど、神脈炉を持つかつての地球人“神種”であり、グランディータの龍血が流れ、リシィの、テレイーズの龍血まで受け継いだ。


 人でありながら人ではなくなった自分、それでもやはり人でありたいと願う。


 かつて胸に抱いた思いも忘れるつもりはない。


 人は、弱いからこそ、力を持たないからこそ、微に入り細を穿つ思考が出来る。

 考えに考え抜いて、誰も至らなかった境地にまで辿り着き、今まで決して覆らなかった条理を覆す。


 それこそが人間だ。弱者であっても、強者たり得る存在だ。


 だからこそやってやる、力を手に入れようとも僕は“人”のまま立ち向かう。

 今まさに目の前で奪われようとするものがあるのなら、その不条理、人々の力を束ね僕たちが覆す。



「みんな、本当にごめん。休息はなし、地上に下りて人々の力となる。守るよ、リシィもサクラもノウェムも、この地球ほしとそこに住まう人々も」

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