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第二百十一話 怠惰なるセーラム高等光翼種

『皆様、私はここまでとなります。邪龍に対抗するため、神器の守護と【ダモクレスの剣】の稼働をこの地で推し進めます』



 やがて、グランディータは辿り着いた廊下の終わりでそう告げた。


 【ダモクレスの剣】――要するに“青光の柱”のことだけど、これは“時間遡行”の門となるわけではなく、出力を攻撃転用された空間を削り取る神代兵器だ。


 それは、かつて地上を岩盤ごと引っ繰り返したことからもわかる通り、要塞級の防護フィールド――【イージスの盾】をも減衰させるほどの威力を持つと聞いた。



「ご支援に感謝します。もうひとつ、無心を許していただけるのなら、もしも僕の時代から自衛隊が時空転移門を抜けようとしたら……」


『ルテリアの近傍に転移するよう力を尽くしましょう。あそこは【重積層迷宮都市ラトレイア】があるため、出口とするには容易な神力の渦があります』


「ありがとうございます!」



 守山は一人でも来るだろう、彼の目は確かにそう告げていたのだから。


 廊下の脇に避けて立ち止まったグランディータに頭を下げ、僕たちはセントゥムさんに続いて三重の重厚な扉と簾のようなものを通り抜ける。

 するとその先は、今までの鋼鉄で出来た簡素な廊下からは程遠い、目眩がするほどの綺羅びやかで豪奢な装飾の施された大広間となっていた。


 御所の前室、祭り事をするための部屋と思われ、金と宝石が散りばめられた室内は、趣味の悪い大聖堂といった趣だ。

 僕たちが出た祭壇のような場所の前で、跪き頭を垂れているのはセーラム高等光翼種であることは間違いない。誰も彼もが幼く、彼らが纏う華美た服はどうにも似合わず、種の可愛らしさを台無しにしてしまっている。



「あぅ……あうじさま……」



 ノウェムが手を握ったまま僕の背に隠れるよう身を寄せてきた。


 小さな体は震え、眉根を寄せて表情を歪める様からはいつもの覇気は感じられない。広間にいる、ニ、三十人ほどの子供のような彼らに怯えているんだ。


 全員がノウェムと同じ銀髪で、後頭部には光翼発生器官を隠す髪飾りがある。

 それも、あくまで簡素で洒落たノウェムのものとは違い、ゴテゴテと装飾過多で趣味が悪く、頭を下げているから余計に目立って目に付いてしまう。


 涙まで滲み始めたノウェムに僕は笑いかける。



「大丈夫だよ。ノウェムには指の一本も触れさせやしないから」

「えぅ……あぅじしゃま……ごめんなさい……」

「何で謝るんだ? ノウェムは何ひとつ悪くない、泣かないで」

「ぐすっ……」


「面を上げなさい、見苦しいですよ。庇護を求めようとも、彼らにはやるべきことがあるのですから、あなた方に構っている猶予はありませんよ」



 そして、セントゥムさんが頭垂れる彼らに声音を低くして告げた。

 直ぐに顔を上げた彼らは、僕たちを一瞥して哀願するように再び頭を下げる。



「神龍グランディータの末裔よ、お願い申し上げる! 我らを新天地に導き賜え!」


「……え? どう言うことですか?」


「ごめんなさいね……。この“天の宮”は一万年以上もの年月を宇宙そらにあり、もう限界が近づいているのです。その中で怠惰に過ごした我らセーラムは、いつしか自らの住まう場所を維持する知識も技術も意欲さえも失い、こうして力ある者に見苦しくも縋ろうとしています」


「グランディータの末裔……僕に……?」

「本当にどこで聞いていたのでしょうね……」



 長い生というものは良いことばかりでもない。時間を持て余し意欲を失った結果、こうしてセントゥムさんが呆れるほどの怠惰な種となってしまったのだろう。

 だからこそ、暇でどうしようもない彼らの不平不満の捌け口にされたのが、力を持ちながらもそれを満足に扱えなかったノウェムか……救えないな。


 そう、自分たちで何かをなそうとしないのなら、今のこの世界では遅かれ早かれ、邪龍か【鉄棺種】に滅ぼされることとなってしまうのだから。



「貴殿は我が娘ノウェムの伴侶となる者と聞いた! そして、我らが長年に渡り奉り続けた神龍グランディータの龍血を受け継ぐ者とも! ならば我らは既に家族も同然、然るべく庇護をお願い申し上げる!」



 うわぁ……先程から願いを告げていたこの人がノウェムの父親か……。


 確かに似てはいる。少年のように見えてそれでいて全身が痩せこけ、骨が浮き出た肌は異様に白くてあまり健康的とは言えない。


 ノウェムの可愛らしさを、一塵もなくすとこうなるのかも知れない。



「ノウェム……」



 背に隠れたノウェムに視線を戻すと、彼女はぶんぶんと頭を振った。


 我が子にも見捨てられ、母親のはずのセントゥムさんにも呆れられている、栄えある神族でありながらいっそ哀れとは、まさしく彼のことだな……。


 しかも、そのノウェムの様子を見ていた彼はわなわなと震え出した。



「ノウェム、貴様ぁっ! 実の父である我を見捨てると言うのかぁっ!!」



 ――パァンッ!!



 激昂しノウェムに掴みかかろうとした父親に、リシィが平手を打った。



「良い加減にして! 栄えある翠翼を継ぐ神龍の名代たる一族が情けないわ! 先にノウェムを追放して酷い仕打ちをしたのは貴方たちでしょう! 恥を知りなさい!」


「カイトさんとノウェムさんに対する非礼、不躾にもほどがあります! 迷宮探索拠点都市ルテリア執行官、“焔獣の執行者(ファラウェア)”の名においてこれ以上は許しません!」



 更に彼の肩には【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】が伸しかかり、サクラにより再び床に膝をつく体勢にされている。


 勿論、僕もむざむざノウェムに触れさせるつもりはなかったけど、リシィとサクラの行動があまりにも早過ぎた。



「貴様、テレイーズの、ファラウェアもか……我の顔を叩くとは……」



 一触即発、これまで跪いていた全員が立ち上がる。


 全員が少年少女にしか見えないけど、ここにいるのは全てがノウェムと同じ“転移”能力を持つセーラム高等光翼種だ。

 彼らは固有能力を移動にしか使えないと思っているようだけど、もしも攻撃に転用されたのなら、僕たちは五体満足でこの地を出ることが出来ないだろう。


 それは気が付いていればの話で、リシィとサクラを前にして危機に陥っているのは彼らも同じだ。


 この場合、ノウェムにしたことの報いを受けるのが筋だけど……。



「リシィ、サクラ、ありがとう。だけど、その怒りの矛先は邪龍に向けてこの場は僕に任せて欲しい」


「カイト、それでもこの態度は許せないわ」

「カイトさん、ですが如何に神族だとしても……」


「ああ、だからこうする」



 ――ゴッ!!



「ふぎょっ!?」



 ノウェムの父親は奇妙な声を上げて吹き飛んだ。


 僕はリシィが叩いた彼の逆側の頬を、左手で思い切り殴ったんだ。

 ノウェムに対するけじめ、まずはそれをつけないことには先に進めない。


 直ぐに彼らは僕を敵対する視線で見て来たけど、それで構わない。

 強い感情は強い願いを引き出す。これから多くの人々が生存するためには彼らの力も必要で、そのための憎まれ役ならいくらでも引き受けよう。


 その上で、僕は【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】を形成し彼らの前で掲げる。



「僕は、神龍グランディータの龍血を継ぐ者の末裔、カイト クサカだ! 力ある者たちよ、半数はグランディータの助力となり、残る半数は大地に下り迷宮探索拠点都市ルテリアに向かえ! セーラム高等光翼種たるその力、今こそ決死をもって邪龍に対し世界に知らしめてみせよ!」



 彼らとて、初めから怠惰だったわけでもないだろう。

 一万年以上もの長い間、いつ倒壊してもおかしくないスペースエレベーターを維持し続けたんだ、危機が人を変えるのなら僕はそれに懸けたい。


 今は少しでも力が欲しい、少しずつの力を限りなく束ね邪龍に抗うために。


 背には冷や汗が滲む、これはただいつか聞いたリシィの口上を真似ただけ……僕には少し……いや、かなり荷が重い。


 だけど、人と共にあったリヴィルザルの血脈よ、今再び僕たちと共に……!



「なればこそ、僕は貴方たちの行く先を示そう! 怠惰な日々は今この時をもって終わりだ! 力在る者たちよ、邪龍に抗うため僕と共に来い!!」



 僕の背後で、金光の粒子と火の粉が舞い散った。

 流石にこれは過剰演出、後々のことを考えたら脅しはダメだ。


 当然、僕はノウェムをこうまで怯えさせた彼らを許すつもりはない。

 だからこそ、その個体で空間転移を可能とする力を有効活用させてもらう。




 “天の宮”……ここは天上にある閉ざされた世界だ……。


 幼子のような彼らの瞳に光はなく、心も体も時の牢獄に囚われ続ける……。


 もしも、それでもほんの少しの願いを持つのなら……きっと、彼らだって……。



 そして、セーラム高等光翼種は今再び跪き頭を垂れた。

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