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幕間十四 ルテリア奮戦す

 ――【天上の揺籃(アルスガル)】浮上より一ヶ月。


 迷宮探索拠点都市ルテリアは激震で壊滅し、その大部分を【鉄棺種】に侵奪され、今もなお途絶えることのない侵攻のただ中に晒されていた。


 今まさに、巨兵ガルガンチュアの剛拳により第一防護壁が雪崩を起こし倒壊する。



「ぬぅ!? 奴は確実に行政府を目指している! サークラウス殿!」


「ガーモッド卿、巨兵の討滅実績があるのは貴様らだけだ! 私は正騎士ロードナイト討滅を指揮する、ここは任せるぞ!」


「致し方なし! その申し出、謹んでお受けいたす! 今はおらんカイト殿と姫君の名代、このベルク ディーテイ ガーモッドが果たして進ぜる!」



 ここに来て、探索者と衛士隊、騎士団が一丸となりいくつかの区画を奪還したものの、突如としてルテリア湖より現出した巨兵に多くの人々は恐れ慄いた。

 巨兵は東から西へと探索区を横断し、防衛部隊の眼前で要害として辛うじて【鉄棺種】を押し留めていた運河に足を踏み入れる。


 対岸に控えるのは迎撃作戦の指揮を執るベルクと、彼がルテリアに戻って来てから常に共にあるテュルケとアディーテ、そして多くの探索者と衛士隊。



「このような窮地は何たるものか! 必ずやあの御仁はこの地に戻る! テュルケ殿、アディーテ殿、彼らが戻りしこのルテリア、我らで奮戦し守り抜こうぞ!」


「ですです! 姫さまと、カイトさんと、サクラさんは、必ず帰って来ますです! だから、だから、これ以上は通しませんですですっ!」


「アウーッ! カトーがいないとおにくもおいしくないー!」



 彼らの言葉を受け、防衛線を築く探索者の一人が叫んだ。



「“巨兵殺し”の英雄と共に!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



 これまでも多くの【鉄棺種】を相手にして来た彼らは疲弊し、それでも尚ここは通さんと全員が武器を振り上げ雄叫びを上げた。


 そして、我先にと駆け出すベルクの背にテュルケとアディーテが跳び乗り、彼は運河に向かい河岸を強く蹴る。



「カカッ! あの時と同じと思われては困る! 紫電迸れ【雷轟竜化】!!」



 水上に紫電が迸り、瞬間的に沸騰した河水が水蒸気を噴出する。


 白く霞む水煙を割り飛び出したのは、その巨体よりも更に大きな翼を持ち、背に二人の少女を乗せた紫電纏う黒鋼の竜。


 槍と盾を持ち巨兵の眼前に飛翔する姿は、まさに真の“竜騎士”。



「ここは通さんぞ、巨兵! ぬぅりゃああああああああっ!!」



 それでも巨兵は気にも止めず渡河を続けようとし、だが黒鋼の竜騎士ベルクが裂帛の気合と共に放った渾身の轟雷紫電により、ようやく敵性と認識された。



 ――ヒュオオォォォォ……ゴオオオオォォオオォォォォォォッ!!



 対するは巨兵の剛腕、腕部肘装甲から青光が勢い良く噴出する。


 この特大【鉄棺種】は肘に組み込まれた航宙艦用のスラスターを用い、巨大亜神種を打ち砕き、堅牢な要塞であろうとも突破する攻城兵器こそが本来の姿だ。


 それが今まさに、神代の威力と速度をもって彼らに襲いかからんとする。



「カカッ! この水煙・・が立ち込める中で、迂闊も良いところ!」


「アウーッ! ぶっ壊れろーーーーっ!!」



 加速する剛拳、捻れる空間、両者相対し周囲に鋼鉄が拉げる音が鳴り響いた。



「テュルケ殿!」


「お任せくだしゃいでしゅっ! 噛みまひたーっ!」



 巨兵はアディーテの“穿孔”により歪められた空間に腕を突き入れ、それでもその強固な防護フィールドが破断することだけは防いでしまった。


 一度加速を始めた剛拳は止まらず、だがしかし行く先は捻じ曲げられ、ベルクは背に少女二人を乗せたまま身を翻し巧みに躱す。


 巨兵の伸び切った腕の先に突如として具現化するは光の壁(・・・)



「えへへ! 勢いが衰える瞬間なら、私の“金光の柔壁(やわらかクッション)”でも押されません!」



 反射、剛拳が“金光の柔壁(やわらかクッション)”に跳ね返される。


 更に勢い良く弾かれた先にも現れる光の壁。そうして剛腕の周囲は目映い金光に包まれ、巨兵は振り回されるばかりで行動の全てを封じられてしまう。


 それは最早、“壁”とは呼べなかった。


 ここにもし九坂 灰人がいたのなら、彼は間違いなく“切られる前のバウムクーヘン”を連想し、おかしな名付けをしていたに違いない。



 ――バギンッ!! ドゴォオオォッドシャアアアアァァァァァァァァッ!!



 剛腕は筒状になった金光の中で揺さぶられ続け、最終的に耐え切れなくなった右腕は見るも無残に肩関節から破壊され、運河に落下し水飛沫を上げた。


 相手の力を利用する戦い方は九坂 灰人が見い出し、そしてテュルケが実直に考え続けた結果、辿り着いたひとつの答えだ。


 神力の消耗は激しいものの、それが一人の消耗と巨兵討滅を引き換えにするのなら、人命を賭すよりも遥かにこれ以上ない成果となるだろう。


 更に……。



「やああああああっ!!」



 いつの間に跳び移ったのか、テュルケは自らの“金光の柔壁(やわらかクッション)”を足場に巨兵の残された左肩に取り付き、その首の付け根にまで迫っていた。


 彼女の背には、その豊満な胸には邪魔そうにかかる、ベルトで固定された日本刀のようなものが存在している。

 “極刀 白大蛇”――テュルケの持つサクラの祖父が鍛えた包丁を解析し、親方が新たに正騎士の装甲を削り出し鍛造した刀。


 テュルケの身長では引き摺るほどに長く、それでも彼女は器用に、更には異常な刀身のしなりをもって背から抜き放った



「大き過ぎるのも考えものですですっ!!」



 巨兵は、初撃で敵対値ヘイトの高いベルクが空中を急降下するのに釣られ、視線を足元に下げた。これにより顔まで下を向けさせられ(・・・・・・)、背側に固定された装甲と首との合間にわずかな隙間が出来ることとなる。


 本来なら決して入り込めない間隙、だからこそ首側の装甲が一枚しかない弱点。


 だがテュルケは、臆すことなくそのほぼ垂直に切り立つ谷間に滑り込んだ。



 ――シュキィイイィィィィィィンッ!!



 “極刀 白大蛇”による一閃が、巨兵の首筋を白い閃光となり抜けた。


 装甲が一枚しかないとはいえ、それは重なり刃が通る隙間もないはずである。

 刀身が直角にでも曲がらなければ不可能。だがどんな技術の産物か白大蛇は異常にたわみ、まるで鞭のようなしなりでその隙間に入り込んだのだ。


 結果、刃は脊柱に到達し中枢に繋がるコードのいくつかを切断した。


 そして、巨兵は満足な制御を奪われ両膝から崩れ落ち、その巨体により運河にかかる橋とまでなってしまう。



「全隊突撃! 最早此奴は木偶の坊、恐るるに足らず!!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



 ベルクの突撃命令に、対岸に待機していた防衛部隊が一斉に襲いかかる。


 ベルクの“紫電”と、アディーテの“穿孔”、巨兵の力をそのまま返したテュルケの“金光の柔壁(やわらかクッション)”により、防護フィールドは驚くべき速度で削られ既に機能していなかった。


 防護フィールドを減衰させる手法、これもまた九坂 灰人が見い出し、ベルクもテュルケもアディーテもそれを理解しここで実践する。



「やりましたですー! どーんなもんだいですですっ!」



 ――キュオッ……ドオオオオォォオオォォォォォォォォォォンッ!!



 喜びも束の間、シュティーラが向かった東方仮設防壁の方角で血煙が舞った。



「ふぇっ!? あっちはシュティーラさんが!」


「ぬぅ!? 今のは恐らく電磁加速砲レールガン! 戦車クアドリガ弩級戦車モーターヘッドか……いかん! 巨兵の討滅を確認次第増援に向か……」



 ――ガガガガッドシャアアアアァァァァァァッ!!


 ――ブオオオオオオォォオオォォォォォォォォッ!!



 倒れる巨兵の周囲でも、弾着音と共に水飛沫と血煙が舞った。

 遅れて聞こえたのは、幾度となく彼らが耳にしてきた空に響く咆哮。


 そして、彼らの頭上を越える巨大な影。



「ガーモッド卿まずい、巨鷲フレースヴェルクだ!! 対空要員前へ、撃ち落とせ!!」

「抜かった! エリッセ殿に使いを、現状であれを迎撃可能なのは彼女しかおらん!」

「ダメです! 先程“樹塔の英雄”のパーティが牛女神ゲフィオンと遭遇! 現在交戦中と!」

「何たることか……!!」



 その時、東方仮設防壁の更に東から、建物の屋根を掠めるように荷電粒子砲の太い青光が空へと抜けた。

 その光線は、防衛設備を増設され強固な要塞となった行政府の塔のひとつを貫通し倒壊させる。



「このような時に……救出・・にセオリム殿を向かわせたのは愚策だったか……!」


「そんなことないですです! 私たちは……私たちは……皆が英雄たる存在だと、カイトおにぃちゃんが言ってましたですですっ!! やってやるで……」



 ――ドドオオオオォォオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッ!!



 決して忘れてはならない、この世界(・・・・)は絶望に絶望を塗り重ねる。


 かつて探索者ギルドがあった迷宮正門を破壊し、再び大断崖の内より岩壁を割り現出するのは更なる巨兵。


 ここまで、多くの戦士たちは全力で【鉄棺種】の侵攻に抗い続け、既に疲弊し神力も底を尽き始めていた。


 だからこそ、九坂 灰人は最小の力をもって最大をなそうとした。油断なく、最良の中にいても最悪を想定した彼は、だからこそ“軍師”たり得る存在であった。



「あうぅ……負けたくない、負けたくないです! また、姫さまともカイトおにぃちゃんとも、もう一度お会いしたいですです!!」


「くそっ、このままでは……」

「巨鷲が来るぞ!! 全員退避ー!!」

「逃げろおおっ!! まだ死にたくねええええっ!!」

「ぐわああっ!! 何で背後に砲狼カノンレイジが、囲まれた!!」

「ダメだ、おしまいだああああああああっ!!」



 絶望の中、真の英雄たらんとする者は果たしてどれだけ存在するのか。

 絶望の中、それでも空を見上げ抗おうとする者はどれだけ存在するのか。


 一人……いや、この場に確実に三人はいる。


 人一倍小柄な少女が、黒目がちな大きな目で空を仰ぎ、そして気が付いた。



「あ、あれは……何です……?」

「新手……否っ……!?」

「アウー、真っ赤ー?」



 彼らが見上げる空には赤々と燃える一筋の流れ星。



 今、ルテリアの空に、悉くを打ち砕かんとする弾丸が降る――。

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