幕間十三 整備員は星を見る
――世界は幾度となく未曾有の危機に陥れられた。
数十年、数百年の間隔を空け幾度となく降り注ぐ“青光の柱”により、誰が名付けたのか【鉄棺種】と呼ばれる機械生命体が襲来したからだ。
地球全土に安全圏はなく、小国は滅び、大国は疲弊する。
それでも生存を諦めず対抗するのが人ならば、【鉄棺種】をも己の武器として幾世紀にも渡り窮地に抗い続けた。
人類は、決して禍つ事に屈しはしない。
―――
木星近傍宙域、旗艦級航宙機動要塞艦“アマテラス”上層外縁部展望デッキ。
「ウェアー! 木星でかいっスね! すっげぇ近く見えるのに、まだ一ヶ月はかかるらしいっスよ! まじパネェッ!」
「ふあぁあぁぁ……眠い。当直とはいえ、代わり映えしない景色は退屈だ……。この自動機械化のご時世に手ずからとは、めんどくせえ……」
「そうっスよね! いや、でも自分は宇宙好きなんスよね! ハァー、すっげぇ!」
「テツシ、おまえは起きたばっかで元気だなあ……。若いのが羨ましいわ……」
「スギモトさん、テッシって呼んでくださいって言ったじゃないっスか!」
「どっちでも同じだろ……」
どれだけの年月が経過したのだろうか、既に数百年、あるいは数千年が経過してしまったのかも知れない。
事態の原因が解明されることはなく、存亡の危機に陥れられた人類は結束し地球規模の合統合政府を築き上げ、連綿と続く“青光の柱”の襲来から逃れようと宇宙にまで目を向けていた。
連邦政府の今の関心事は二つ。
ひとつは、古くなった西暦から新たな暦を制定しようとする、いつ訪れるかもわからない驚異に怯える人々からしてみたら瑣末事。
もうひとつは、木星の調査で大赤斑内に発見された、未知の超巨大異星文明建造物についてだ。
先遣隊として送り込まれたのは、最大全長二十キロを優に超える航宙艦プラットホームともなる、巨大機動要塞艦“アマテラス”を旗艦とした航宙艦隊。
宇宙に出てしまえば【鉄棺種】の驚異はないに等しく、それでもその存在は取り返しがつかないほどに人類全体のトラウマとなっていたため、連邦政府はまず制宙権の確保に大規模航宙戦力を送り込んでいた。
「スギモトさん、木星ってガス星っスよね? 遺跡の大きさも、このアマテラスどころじゃないって話じゃないっスか。どうやって調査するんスかね?」
「インテリ連中は、例の【ダモクレスの剣】を使うつもりらしいな。あれをいくつも連結して空間ごと切り出すんだってよ」
「ウェアッ!? そんなこと出来るんスか! けどそうなると、後続の輸送船団が来るまで自分ら暇っスね!」
「俺はずっと寝てたいよ……くぁああぁぁぁぁ……」
「スギモトさん、冷凍睡眠酔いじゃないっスか! 気付け薬もらって来るっスか!? 第三医務室の女医さんがこれまた美人で……」
「良いからさっさとメンテナンスを終わらせるぞ。肝心な時まともに動かんじゃ、この宇宙だと俺たちの命に関わるからな」
テツシとその同僚スギモトが、展望デッキのメンテナンスハッチを開ける。
彼らは連邦宇宙軍所属ではあるが軍人ではなく、今回の計画のために民間から引き抜かれた航宙艦整備員だ。
アマテラスの外縁部を沿うように続くデッキは、展望台の他にいざという時の空間装甲ともなる防御区画でもある。
勿論ただの“空間”ではなく、被弾時に散布される青光の粒子がそれ以上の貫徹を防ぐ、幾重にもなる防御システムの一部だ。
人類は“青光の柱”にトラウマを持ち、それでもなお遠い将来“神力”と呼ばれることになるその“霊子力”に頼ることで、皮肉にも文明を発展させることとなった。
「チッ、忌々しい青色だ……」
そうしてスギモトは、自分たちの命綱となる防御システムのメンテナンス中に、隙間から滲み出る青光を見て顔を歪めた。
「スギモトさ~ん、これ必要なんスかねえ? アマテラスは地球を出発する前に近代化改装されて、最新のいーッスの盾?を搭載されたって聞いたっスよ?」
「バカ言え、そいつは何でも防ぐ万能バリアじゃねーんだ。アマテラスの六基ある要塞級根源霊子炉でも霊子力量に限界はある。忌々しい技術の産物だが、メンテをサボって艦体に穴なんか空いてみろ、宇宙に放り出されるのは俺たちだ。応急用硬化ジェルも未だに人体には優しくねえ、潰されるぞ」
「ヒエッ! さーせんっスっ! けど、【鉄棺種】はここまで来ないっスよね!?」
「どうだかな……。奴らが来なくとも、あの木星にある異星文明の遺跡とやらに、それこそ昔の映画みたいな人を食い物にするエイリアンが潜んでるかもな」
「ヒエェアッ!? スギモトさん、マジ勘弁してくださいッス!」
「それとな、【イージスの盾】だ。この手の装備には昔から決まった名だろ」
「ウェエエェェッ!?」
彼らは知らない、あらゆる時代で襲来する【鉄棺種】が、そこに眠る者が送り込んで来ることを。
いや、遠い遠い過去に残されたとある記録で警告はされていた。
だが、時の権力者たちはその記述を知りながら、それでもあえて尽きることのない己の欲望を満たすため、自ら過ちを犯す道を進み始めてしまったのだ。
彼は確かに記した、『木星に眠る存在に決して触れてはならない』と。
スギモトにメンテナンス作業を任せ、テツシは宇宙の遠望に視線を巡らせる。
「自分、嫌な予感するんスよねぇ……あれには手を出しちゃいけない……。婆ちゃんが言ってたっス、『触らぬ神に祟りなし』って……」
そうして、彼がふと展望デッキより下方に視線を向けると、そこにはアマテラスから補給を受ける双胴の艦体を持つ航宙母艦が並走していた。
「ウェイッ!? スギモトさん見てくださいっス、装甲宙母エスクラディエっス! こんな間近で見られるなんて、マジパネェッス! マジヤベェッ!」
「テツシ、おまえさぼってんじゃねえっ! 勤務査定Fにすんぞっ!?」
「ウェアッ!? それは勘弁してくださいっス! 先月分だって減らされたんスよ!」
「自業自得だろうが! 航宙艦なんざ周りに大量にいるんだ、休憩時間にでも好きなだけ眺めてこい! いいからそこのトルクレンチをよこせ!」
「そ、そっスね……スギモトさんは浪漫がないなぁ……」
「何か言ったか!?」
「ないっス!!」
艦隊の木星到達まで残り一ヶ月。
何もない宇宙空間を進むのは、要塞艦を旗艦とし、三隻の航宙母艦、三十六隻の護衛艦、無数の支援艦を含めた百隻に迫る三個宙母打撃群。
テツシはこの青光の帯を伸ばす大艦隊を見た時、幼い頃に夢で見た幻想世界の空を飛ぶクジラの群れのようだ、と呑気にも感じ取った。
彼は知る由もない、その幻想世界がやがて現実のものとなることを。
彼らは知る由もない、この旅路が人類滅亡の引き金を引いてしまうことを。
彼がこの時、人類でただ一人、真を言い当てていたことを誰も知る由もなかった。
眠れる神に決して触れることがあってはならない――。