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第二百十話 極光の世界樹

 そうして用意された机の上には、上品なお菓子と一緒に糧食と祖父の用意してくれたおにぎりが並び、場違い感があるもののようやくくつろぐことは出来た。


 僕はおにぎりを口に運びながら今後のことを考える。

 過去にどんな残酷な事実があったとしても、邪龍の企みを阻止出来なければ、これから人類はその歴史さえも抹消されてしまうこととなるんだ。


 今度ばかりは、二度と失敗することは出来ない。



「グランディータ、今の世界はどうなっていますか? ルテリアは?」



 聞いたところで、核心を知るまでは動けないと後回しにしていたことだけど……実際は何よりも先に聞きたかったことだ。


 これにはリシィもサクラも食事をやめ、相変わらず立ったままのグランディータに注目が集まる。



『迷宮探索拠点都市ルテリアは、【天上の揺籃(アルスガル)】が浮上する際に激震に見舞われ、多くの建物が倒壊する被害が出てしまいました』


「……」

「何て……こと……」

「そんな……」


『皆様のせいではありません。あの時、私がもっと力添え出来ていれば、【天上の揺籃(アルスガル)】は正常に再起動し邪龍を再び封じることが出来たのですから……』


「邪龍が一枚も二枚も上手だった……。言い訳にはならないけど、僕たちはそれを上回らなければならなかったんだ……」



 ルテリアは重い石造りの街並み、どうなったかは想像がつく。


 答えを聞いて食事が喉を通らなくなったけど、だからと心身に力が入らなければ、それこそ邪龍に抗うなんて到底無理な話だ。


 だから僕は、最後の一口となったおにぎりを無理やり口に捩じ込んだ。



「人々は……」


『全てとは言えませんが、多くの方が無事です。あの街は住人も逞しいですから、隣国に逃れた者の他は行政府を拠点とし、迷宮より漏れ出た【対亜神種用装甲機兵ヴァンガード】の侵攻に対抗していらっしゃいます』



 続いて、僕たちの対面に座るセントゥムさんも口を開いた。



「邪龍は【天上の揺籃(アルスガル)】と共に宇宙そらへ。ルテリアではサークロウス卿が指揮を執り、奪われた区画の奪還を図っているようですね。地震で怪我人が多く苦戦はしているようですが、邪龍が直接襲わない限りは全域奪還も時間の問題でしょう」


「シュティーラさんが……良かった……」



 ルテリアはかなり早い段階から防衛準備体勢に入っていたと聞いた。

 そのためにセオリムさんたちも呼び戻されたんだ。地震はどうしようもなくとも、彼らが墓守に対して後れを取るはずはない。実力は良く知っている。



「別の時間から連れ去られた人々のことはわかりますか? そもそも、過去の出来事が過ぎ去った現在なら、既に邪龍は目的を達成しているのでは……?」


『人々のことはわかりませんが、その心配には及びません。“時空転移門”は、他の時間軸上にあろうと現世界の時間軸と同期しております。邪龍は数多ある門の維持に力を使い、それ以上は何かが出来る状態にもありません』


「……っ!? なら今が奴らを討滅する絶好の機会なのでは!?」


『邪龍の支配下となった【天上の揺籃(アルスガル)】は現在月軌道を周回しております。そこまで辿り着くことの出来る航宙艦は現代に存在せず、私一人の力だけでは……』


「そんな……セーラム高等光翼種の転移は……」

「仮に届いたとしても内部に侵入出来ず、真空で人は死に絶えるでしょうね」


「機会は、それこそ僕たちが迷宮の底に辿り着いた時だけだったのか……」



 お手上げだった。宇宙に最も近いこの“天の宮”でのその答えは、【天上の揺籃(アルスガル)】に届かないことを明確に知らしめてしまっている。


 人の手が届く限界、神器を手にしていたとしてもそれには限りがあるんだ。


 諦めるつもりはない、だけどいったいどうすれば……。



『ですが……』


「何か思い当たることが……!?」


『【重積層迷宮都市ラトレイア】で最後にお会いした場所……』


「忌人の廃材置き場があった世界でしたよね……はっ!?」


『はい、彼らは何故、かつての航宙艦の廃材を集めていたのでしょうか?』


「アシュリーンか……!!」



 グランディータが頷き、セントゥムさんは僕たちを優しげに見る。


 そうして、これまで大人しく話を聞いていたリシィやサクラやノウェムも、やれることがわかったと目の色を変えた。


 邪龍に対し【天上の揺籃(アルスガル)】に挑む、こんな大事は僕たちだけでは無理だ。

 僕たちのやれること……それはまずルテリアの協力を得てアシュリーンを探し出し、彼女が持つはずの神代の援助を得ることなんだ。


 見えて来た……どんなに細くとも、世界を覆すための道筋が……。


 これからは用意されたものではなく、自分たち自身の力で道を作り上げる。

 結局は頼ることになるけど、だからこそ自分で繋げなければならない。



「カイト、私たちは行かなければならないわ。今一度、迷宮探索拠点都市ルテリアに!」


「はい、アシュリーンさんを見つけ出すためにですね! ルテリア行政府や探索者ギルドにも協力を要請しましょう!」


「我の力が必要なら頼っておくれ。今度ばかりは置き去りにはされぬぞ」


「良し、この先がどうなるのかはわからないけど、やれることがあるのなら僕たちは決して諦めはしない! ルテリアに帰ろう、僕たちの家がある場所に!」



 僕は、僕たちは立ち上がってグランディータを見た。


 彼女の表情からは悲しみが消え、今は優しさと希望を見出したかのようで、それでいて女神のように美しい微笑を浮かべている。


 グランディータの纏う銀灰が光り輝き、目映さで目も開けていられないほどになると、次の瞬間には周囲を取り囲む白銀龍の姿に変わってしまった。


 大きさは邪龍ほどではないけど、その白銀色の龍体は人化形態よりも何倍も美しく燦然と輝き、僕はただただ見惚れることしか出来ない。

 変わらずに優しい眼、竜角は奇しくもリシィと同じ左側が折れ、これは【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】を作るために彼女自身が差し出したからだろう。


 そして、全身に纏う銀灰が鏡面の柱からの光を反射し、まるで満点の星空が現れたかのように僕たちの頭上を照らしている。



「綺麗だな……」

「むぅ……いくら相手が神龍でも、主の前で他の女性に見惚れないで!」

「えっ!? いや、そう言うつもりは……見惚れていたのは確かだけど……」


『私の本来の姿を見て畏れ敬う者ばかりの中で、貴方様の胆力はこれ以上ないほどに、どのような存在にも臆すことがないのでしょうね』


「は、はい、臆しては良いようにされるだけです。姿形には捕らわれない、なら僕は神龍にさえ比肩する心をもって挑むだけです」



 神龍となったグランディータは、全身をうねらせて僕に頭部を近づける。



『やはり、貴方様はあの御方に良く似ていらっしゃる……』


「グッ、グランディータと言えども、私のカイトは譲らないわ!」



 そしてリシィが、何故か僕を守るようにグランディータの前に立ち塞がった。


 先程からどうも嫉妬?を感じてくれているようだけど、未だに彼女の僕に対する感情がどういったものかはわからない。

 それでも、そんなリシィの言動にいちいち嬉しく思えてしまうのは、僕も随分とちょろいもんだと実感する。



「リシィ、大丈夫。僕は君以外には跪かないから。それよりも……」



 僕の視線に気が付いたグランディータが、リシィや皆もそれ(・・)を見る。



「この鏡面の柱(・・・・)神器・・ですよね?」


「え? カイト、何を言って……」

『はい、ご明察です』

「えっ!?」


「やはり……この鏡面は一見すると虹色に光を放っているけど、良く観察しているとそれぞれが神器と同じ色に対応していることがわかるんだ。それは赤、青、黄、緑、そして銀と金。リシィの瞳と同じ色相だ」


『その観察眼、お見事です。これこそが星龍でさえ内部に干渉することの出来ない、完全に世界より隔絶された神器の保管庫、【極光の世界樹(アインソフオウル)】です』



 なるほど、グランディータはこれを守っていたのか……。



「えと……どういうことなの? 神器は……私の中に……」


「僕が思うに、龍血の……テレイーズ高等龍血種の固有能力は、ノウェムと同じ“転移”だと思うんだ。それも、更に高度な“時空間転移”かな」


『はい、限定的ではありますが、この【極光の世界樹(アインソフオウル)】より神器を取り出すことの出来る空間干渉能力、それこそがテレイーズの血脈の意味となります』


「廃塔アルスナルの最下層にあったものは……」


『あれは神器の複製や試作器となります。対応する鍵が失われていますが、もし見付けることが出来るのなら開くことも可能でしょう』


「やはり保管庫の類でしたか……」



 リシィが、サクラやノウェムも、鏡面の柱に触れながら観察している。


 良く考えてみたら、細身のリシィの体内、それも血中に最大全長が五メートルを超える銀槍や、その他の神器が丸々入っているのもおかしな話だったんだ。


 ここまで来てようやく、これまでバラバラだった点と点が繋がり、納得することの出来る龍血と神器の秘密まで知ることが出来た。



「けれど、カイト……この柱は、六本・・あるわ……」


「うん、だからリシィが何気なく使っている“金光”、あれも神器だったんだよ」


「え……金光が……!?」


『テレイーズの黄金色の龍血より作り出された、形も名もなき“極光の神器”。それこそが、代々“龍血の姫神子”と呼ばれる存在が持つ真の龍血(・・・・)。世界を変革するための力、希望はいつだって貴女様の内にあります』


「私の金光が……真の龍血……」



 僕は、鏡面の柱に触れてただ愕然とするリシィに左手を差し出した。


 衝撃的な事実を立て続けに聞いたからだろうか、彼女は不安そうに体を震わせ、それでも恐る恐る僕の手を取ろうと腕を伸ばす。


 躊躇う必要なんてない、僕は半ばまで持ち上げられたリシィの手を取った。



「リシィ、【神魔の禍つ器】なんて奴らには二度と言わせない。僕はいつだって大切な君と共にあるから、この繋いだ手を離さずに世界でさえも覆してみせるよ」


「ん……うん……貴方という人は……本当に……」



 リシィは俯いてそれでも僕の手を握り返し、少しの逡巡の後で顔を上げる。


 彼女の瞳は、目映い鏡面の輝きに照らされようとも負けじと燃える黄金色。

 僕を真っ直ぐに見詰め、ただただ安心し切ったかのように頬を緩め、



 そして光の中で……笑った――。

これにて第七章本編の終了となります。

ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。


続きまして、“神代のとある作業員の話”と“危機に陥るルテリアで人々が奮戦する話”の幕間を二つ、第八章開始前に挟みます。


より激しさを増す偽神と墓守との戦いに、次章でも彼らは最後まで抗い続けます。

引き続きお楽しみいただけたら幸いです!

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