第二百八話 人の業 失われたもう一体の白金龍
「そう、ですよね……?」
グランディータは閉じていた瞳を開き、僕を悲しげに見詰めた。
その表情は、始まりから終わりまでの全てを見届けた彼女の答えだ。
リシィとサクラ、それにノウェムもただ愕然とし呆然としている。
来訪者が元いた世界、僕が生まれ育った故郷“地球”、それが今の世界では既に滅びた神代文明として遺るだけ、突然明かされても困惑するだけだろう。
そう、“転移”と言っても、その実は“時間転移”だったんだ。
『貴方様の仰る通りです。今からおよそ一万九千年前、地球文明は完全に崩壊し、現代期に入る頃には地球人類は一人も残らず消失してしまいました』
「崩壊期の失われた環、生物の進化形態に隔たりがあるのは、ある時期を境に完全に入れ替わったせいか……」
『はい、星龍の体より生み出された“亜神種”に入れ替わることとなります』
「自らの創造物に取って代わられるなんて……自業自得なのか……?」
グランディータは再び悲しげな表情を浮かべる。
リシィとサクラはどう反応すれば良いのかただ困惑し、膝の上のノウェムに至っては大粒の涙を流し唇を強く噛み締めてめてしまっているようだ。
「『消失』とは妙な言い方ですが、『絶滅』とは違うのですか?」
『【重積層迷宮都市ラトレイア】、あの大迷宮は地球人類が最後に築き上げた“亜神種”に対抗する砦であり、邪龍を封じ込める世界最大の結界でもあります』
「うん? まさか、時間転移のシステムは元々……」
『はい、“時間遡行”は時の彼方へと退避し、やり直すために構築されたもの……』
「だから、あれだけのものを築き上げながら住人は突然どこかへと消えた……。あの迷宮に存在する世界は要害であり、恐らくは“時間遡行”に必要な神力を集めるためのもの、その集う場所……燃料庫となるのが【虚空薬室】か……」
『ご明察です。あの迷宮は、封じ込められたエウロヴェ、ヤラウェス、ザナルオンの力を使い建造されたもの。それは創星をも可能とする力、あそこには万に迫る数多の世界が内包されております』
話を聞き、冷静に思考を続ける。自身の感情を逆撫でないよう、事実をただ過ぎてしまった時間のこととしてありのままに淡々と受け止める。
それでも、視界が異常に暗い……。
少なくとも、僕のいた時代から直ぐにその時が訪れるわけではないだろう。
木星の大赤斑に存在すると言う遺跡から、巨大な神龍を回収する科学技術が十年や百年程度で生み出されることはないはずだ。
それとも、今回の侵攻が起点となり、過去に流入した【鉄棺種】の存在で技術革新が訪れてしまったのか……。
あれは……墓守には、神力を利用した動力炉が確実に搭載されているはずだ……。技術的特異点が起きてもおかしくはない汎用人工知能だって……。
「カイト、私たちが傍にいるわ。気をしっかり持って……」
「カイトさん、私たちが貴方の抱えるものを支えますから、どうか……」
「あうじっしゃまっ、我はっずっとっ、傍にっ、いるのっ、うぐっ」
考え込む僕に、リシィが、サクラが、ノウェムが身を寄せてきた。
気が付くと、僕の額からはいつの間にか脂汗が流れ出し、噛み締めた唇からは血まで流れ出していたんだ。
サクラどころか、リシィまで自分のハンカチで丁寧に拭ってくれる。
「大丈夫……。神脈が似通うわけだ、どちらの世界も同じものだったんだから」
「時間の経過と大戦による影響が、私たちの現代において神力を薄れさせてしまった原因となったのでしょうか……。とても、悲しいお話です……」
「そんなところだろうな……。リシィ、サクラ、ノウェム、自分を責めないで欲しい。真実がどんなに残酷だとしても、僕はみんなの傍にいることを望むよ」
「カイト……」
「カイトさん……」
「あうじっしゃまっ……ぐすっ」
僕には支えてくれる彼女たちがいる、大丈夫だ。
「グランディータ、神龍の正体と世界の秘密はわかりました。では、“三位一体の偽神”、邪龍の目的とはなんですか?」
『……人の業に対し、報いを受けさせることです』
「なるほど、人類は神龍を怒らせるほどの過ちを犯したわけですね」
『本来、私たちは今とは違う六体の龍だったのです。失われた一体、“創物の星龍 白金龍セレニウス”。彼女は存在を紐解くための贄とされ、人類によりその身を切り開かれた後は、最終的に“亜神種”を生み出す母体とされました』
目眩を覚える。もしリシィやサクラやノウェムがそんなことをされたのなら、僕は間違いなく歪んだ世界を自らの手で滅ぼそうとするだろう。
神代の地球人は、いや、未来の地球人は彼らにそれを行ったんだ。
「僕が頭を下げるのは筋が違いますが、地球人を代表して謝らせてください。グランディータ、同胞が申しわけありませんでした」
今度ばかりはノウェムを下ろし、僕は立ち上がって深々と頭を下げた。
意味のないことと理解しつつも、それでも頭を下げずにはいられなかったんだ。
『はい、それでも私やリヴィルザルは人々を憎めなかった。だからこそ、最後まで地球人類と共に戦い守り続け、今ここにこうして貴方様の前にいるのです』
「そこまでの価値が、地球人にはありましたか?」
『貴方様を見ている限り、私は何度でも肯定いたします』
これにはリシィもサクラもノウェムも、グランディータと同様に頷く。
救われることなんて、既に滅んだ世界にとっては何ひとつないけど、僕自身の心は彼女たちのおかげで救われてしまった。
そうして、僕は再びノウェムを抱えてソファに腰を下ろす。
「今の話からすると、現在において多い神龍の一体はテレイーズですか?」
『はい、私にとっては末の妹。セレニウスを解析した結果、地球で新たに生み出された星龍……邪龍に対抗するための“神魔交わりし星龍”です』
「人類とは、本当に業が深い……“魔”とはやはり人のことか……」
『“龍血の神器”とは、そうして人と龍とによって作り出された邪龍に対するための封滅兵器です。邪龍が【神魔の禍つ器】とまで呼ぶのは、それほどまでに自らを殺すことになる恐ろしい器物と理解するからでしょう』
「執拗に破壊しようと狙うわけですね……」
リシィを見ると、目が合った彼女は「大丈夫」と言うように頷いた。
「邪龍は……過去に扉を開き、【虚空薬室】だけでは足らずに多くの人をさらってまで神力を集め、最終的にはどう決着をつけようとしているのですか?」
『それは、人類の発祥から全てを根絶やしにするつもりでいます』
「そうまでする憎悪……。わからなくもないけど、これではどちらかが根こそぎ命を奪われ尽くすまで、この戦いは終わらないじゃないか……」
これで、過去から現在に渡って続く世界の裏に秘められた核心を得た。
歴史としては、恐らく“青光の柱”による侵攻でもたらされた【鉄棺種】により、科学技術に変革が起きたのは間違いない。
それから長い年月が経過し、人の関心は確実に宇宙にまで及ぶ。そうして、人類は宇宙に飛び立って遠からず木星の大赤斑で“星龍”を発見、既存の生命を遥かに超越した神に等しき存在を使って更なる変革の機会とした……。
結果は今のこの世界を見ての通り。人類は自らの業で神が如き存在の逆鱗に触れ、最終的に世界を滅ぼすほどの大戦が勃発してしまったんだ……。
それなら……。
「グランディータ、【鉄棺種】とは何ですか? 僕の推測では、本来なら確実に邪龍や亜神種に対抗するため人類が作り出したものです。それが何故、今は邪龍の手駒として使われているのか……」
そして、“鉄棺種を遣う者”――アシュリーン。
これまでの限られた情報を総合するに、アシュリーンは最上位権限を持つ“総司令機”に当たると推測している。
彼女の存在の如何によっては、これからの僕たちの行動まで変わってくる。
だから、はっきりとさせておかなければならないんだ。
「アシュリーンは、味方ですか? それとも敵ですか?」




