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第二百七話 彼方の真実

「まずは自己紹介をするわね」



 僕たちが座るのを待ち、ゆったりとした白の布地に金の縁取りの神官服を着たノウェムに似た少女が……いや、女性が柔らかな微笑でそう告げた。



「私の名前はセントゥム エルトゥナン。聖テランディア神教国の神官を務め、昨今はルテリア総議官も兼任しています。孫のノウェムが常日頃からお世話になっているそうで、心から感謝をするわね」


「……えっ!? あっ、総議……えっ、ノウェムの!?」



 な、なるほど、どうりで似ているわけだ……。セーラム高等光翼種は生涯に渡って容姿が変わらないと聞くけど、ノウェムの姉妹にしか見えなかった……。


 違うとしたら、服の他には髪を纏め上げているくらいしか変化がない。

 これにはリシィとサクラも驚き、良く似た二人を見比べている。



「えっと……」

「座ったままで良いのよ。時の境界を越え、心身ともにお疲れでしょうから」


「あ、ありがとうございます。僕の名前はカイト クサカと申します。こちらこそノウェムには何度となく助けられ、ここまで来ることが出来ました」


「聞いているわ。貴方がいない間も、ノウェムは毎日を泣き暮らしてそれはもう大変だったのよ。お戻りになられて私も自分のことのように嬉しいわね」



 セントゥムさんは、僕とノウェムを見ながらそう優しく告げた。


 ノウェムは膝の上で、こちらを見上げて珍しくしおらしい表情をしている。

 別れてからのことを考えると、きっと彼女は不安で仕方がなかったんだろう。



「リシィティアレルナ ルン テレイーズよ。猊下にお会い出来て光栄だわ」



 猊下……!? ルテリア総議官で、ノウェムの祖母で、猊下……!


 リシィはソファから立ち上がり、神龍を命脈の祖とする種の王族であるにも関わらず、いつも以上に恭しいお辞儀をしている。


 そうか、本来は座ったままとかありえなかったんだ……。



「八城 桜 ファラウェアです。お会いするのは初めてですが、常日頃から便宜を図っていただき誠にありがとうございます」



 サクラも立ち上がり、両手を揃えて丁寧なお辞儀をする。


 それを見て僕も遅くとも立ち上がろうとしたけど、膝の上のノウェムをどうしようかと慌てるうちに、微笑むセントゥムさんに再び止められた。


 これはまさしく太母の寛容……ノウェムに似て、それでも全く異なる存在だ。



『カイト クサカ様、お話をする時間が直ぐに奪われるようなことは、ここにいらっしゃる限りはありません。お休みも必要でしょう、如何がいたしますか?』



 前々から思っていたけど、グランディータは妙に物腰が穏やかで丁寧だ。

 これが素なのか何なのか、“神”の名を冠する存在とはとても思えなかった。


 今だって、セントゥムさんどころかグランディータまで立ったままで、僕たちの座るソファ以外には何もないから、生物的な上位存在に恐縮してしまっている。



「は、はい、確かに疲労感はありますが、こうして座っている分には休めます。とは言え油断も出来ませんから、この機会に聞かせてもらえますか?」


『貴方様は、やはりどこまでも懸命なのですね……。それでは……』


「あの、その前に……他の皆がどうなったのかはご存知ありませんか?」



 僕の質問に、リシィが左隣でぴくりと肩を震わせた。


 誰よりもテュルケの身を案じていたのが彼女だ。安否が気になるのは当然のこと、それ以上に悪いことまで想像して聞くのも怖かったのかも知れない。



「あぅ、あうじ様、それは我が話す」

「うん、ノウェムは皆と一緒だったよな?」


「うん……。あの虚空で、主様と離れ離れになった後、しばらくして我らは神龍グランディータの力で狭間より救い出されたの」


「全員?」


「うん、だからリシィ、テュルケも無事なの。我が主様を案じるのと同じくらい、リシィの身を案じていたの」


「テュルケ……良かった……!」



 リシィはそれを聞き、俯いて一滴の涙をこぼした。


 地球で暮らし始め、一週間も経つ頃にはもうテュルケのことを口に出さなくなっていたけど、気丈に振る舞いながらも心の内では常に気にかけていたに違いない。


 僕はリシィにハンカチを差し出し、ノウェムには話を続けるよう促す。



「それで、皆はどこに?」


「ルテリアに……。我だけは主様の帰りをここで待つことにして、テュルケとベルクとアディーテはルテリアに戻ったの。場合によっては、帰還場所が神力の乱れる【重積層迷宮都市ラトレイア】になるかも知れなかったから……」


「う、うん……それでノウェム、その話し方はどうしたんだ……?」

「うっ、わっわからないのっ、胸がいっぱいで、自分で何を言っているのかっ」



 ノウェムは慌てると、真っ赤になった顔を両手で覆ってしまった。


 これは誰だろう……異常にしおらしく、外見年齢相応に可愛らしい反応だ。

 まさか、これが素のノウェムなんてことは……今までの態度が虚勢を張っていただけで、本来の彼女はもっと純朴な性格だったのかも知れない……。



「ありがとう、ノウェム」



 何にしても、僕はノウェムの頭を優しく撫でた。


 自分の様に困惑しているのか、それとも恥ずかしいのか、彼女は顔を隠したままで身悶え、それでも大人しく僕の手の動きに身を委ねている。


 そして、ここがノウェムを放逐した“天の宮”……こうなった原因の場所だ……。



「本音を言うなら、直ぐにでも皆を追いかけたいところですが……今はまず詳しい話を聞かなければなりません、グランディータ」


『はい、それでは何からお話いたしましょうか……。カイト クサカ様、もしよろしければ、ご質問の形で全てにお答えいたします』


「お願いします。まずは……あなた方“神龍”とは何ですか?」



 それこそがまず全てに繋がる核心。


 この世界には多くの種が混在しているけど、その中の一種だけではとても説明の出来ない圧倒的な超越存在が“神龍”だ。


 彼らは何者で、どうして人知れず人を駒に争っているのか、彼らを知ることこそがこの世界の秘密を紐解くために必要な絶対条件のひとつ。


 そうして、グランディータは僕を見詰めたまま動きを止め、やがてその銀色の眼を閉じて何かを思い出すように告げ始めた。



『私の始まりの記憶……感情は、この星の宇宙そらにまだ【天上の揺籃(アルスガル)】があった頃、光り輝く大地と青く美しい海を遠く見下ろした“憧れ”です』


「【天上の揺籃(アルスガル)】……オービタルリングが、貴女の生まれた場所……?」


『いいえ、私たちの存在は誰の記憶にも、如何なる記録にも残されておりません。自身ですら知らないのです。ただ、現代において“神種”と呼ばれる神代文明期に生きた人々は、私たちのことを“星龍種アウターゴッズ”と分類していらっしゃいました』


「つまり、この星とは別の場所から……?」


『はい、木星の大赤斑に存在した遺跡より……』


「……っ!?!!?」


『更にかつての人々は、私たちの正体をこう推測していらっしゃいました。異星文明により惑星改造のため生み出された存在、【惑星地球化用龍型始原体テラフォーマー】と』


「……」



 言葉が出て来ない。


 彼女の告げることが事実なら、それはある事柄を確固たる真実に導く。

 想定し可能性のひとつとし、それでも確証がなかったために保留としていた。


 その真実を示す証拠はいくつかあった。


 可能性に気が付いたのはいつだったか……そうだ、第六界層にあった触れてしまえば崩れ去ってしまうかのような、朽ちた鳥居(・・・・・)を見た時だ……。


 それに、この世界に転移した父さんと母さんは、地球でほんの数年の差だったにも関わらず、何故こちら側では四十年もの差がついてしまったのか……。


 それもそのはず……超えたのが、世界・・でなかったとしたら……。




 そして、僕の中で確証の得られなかった多くのピースが組み上がった。




 迷宮の中で見た、どこか馴染みのある神代都市の光景。


 それに、神器の記録で見た人々はどうだったか……どこからどう見ても“特徴のないことが特徴”の人々……僕と同じ“来訪者”だ。


 思えば、機動強襲巡洋艦アルテリアのディスプレイに映し出されていた文字も、画素が歪んでしまっているだけで見知ったものだったのかも知れない。


 偽神の言った『時の狭間』、セントゥムさんの言った『時の境界』、グランディータまで『ここは元いた世界』と……。可能性だったものが確信に変わる。




 やはり、考えるまでもなく“この世界”は……。




 僕はただ静かに見守るグランディータに視線を戻す。



「そうか、あまり衝撃を与えないようにと言葉を濁してくれていたんですね……。グランディータ、度重なる支援とその心遣いに感謝します」


『いいえ……。私は何も出来ませんでした。そう、何も……』


「それでも、ありがとうございます」


「あの、カイト、一人で納得していないで、私たちにもわかるように説明して?」

「そうだな……どうしたところで実感はないけど、確固たる答えを得てしまった……」



 それは極めて最悪中の最悪、ひとつの良く知る歴史の終焉を告げる真実。




「“この世界”は……遥か遠い未来の、“地球”だ……」

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