第二百三話 創生 支えるは少女たちの想い
簡潔が故に自衛隊の飽和攻撃は無駄なく墓守を掃滅し、“青光の柱”までの道に動くものは何ひとつ存在しなくなった。
僕は左手に【黄倫の鏡皇】、右手に【翠翊の杖皇】を構え、リシィと共に進む。
更に、砲爆撃から一時退避していたサクラも加わり、三人揃って見るも無残な黒焦げとなった砲狼の残骸を越えた。
「私の持てる限りを込めたわ。カイトの思うように尽くしなさい」
「カイトさん、ご存分に。足りない分は私たちの神力で補います」
「リシィ、サクラ、ありがとう。最後までどうか頼む」
そうして、僕は翠杖の先端を地面に突き刺した。
だけど、実体のない杖はアスファルトをすり抜けて地面下にまで沈む。
思い描くは、北欧神話に出て来るような“世界樹”。
下手な物理攻撃では貫けないほどの柔軟な表皮と、“精神干渉”を受けた人々が近寄れない厚さを持つ、そんな巨大樹を胸に思い描く。
“青光の柱”を内側に取り込む幹、人々を守護する封鎖結界、墓守を押し留め決して何者も通さない、それが僕の願い。
「リヴィ! 僕に願いを叶え世界を覆す力を!!」
翠光の粒子が路面から目映いばかりに溢れ出した。
どこからともなく新緑の香る風が吹いて来る。
薫風は優しく肌を撫で、触れた傍から気力が満ちるようだ。
灰は土に、鋼鉄の残骸は苗床に、現代都市に植物が芽吹き始める。
夢幻ではなく、これは紛れもない現実。
コンクリートジャングルが本当に緑豊かな地に変わってしまうんだ。
世界そのものを改変してしまうほどの神器の使い方、当然体内の神力は急速に吸われ、だけどそれは呼び水としてしか使っていない。
そう、神力とは自らの体内だけでなく、元から大地に流れるものにまで干渉することが出来る。
これまで、リシィとサクラは自身の体内神力を生まれながらに使っていたから思い至らなかったようだけど、良く考えてみると当たり前に出来ることだ。
なら、神力の豊かなこの地球なら、神域に至る現象まで引き起こせる。
そう、信じる。
「はぁっ……!」
それでも、僕は翠杖を支えながらアスファルトに膝をついてしまう。
重い、東京の神脈への干渉は、神器の力をもってしても異常に重すぎた。
体外神力の干渉に思い至っても尚、一人で支えるには度が過ぎたんだ。
「ぐっ……。ここで、膝を屈するもの……か……」
何とか再び立ち上がろうとすると、黄金色の瞳と真正面で目が合った。
「ん……」
「んっ!?」
その途端、唇に触れたのは柔らかい感触。
リシィが、僕の首に手を回して、どういうわけか唇と唇を合わせたんだ。
思考が停止する、傍らの彼女の行動は全く思いもしていなかった。
何がどうして今のこのタイミングで、く、口付けをされたのか、わからない。
そうして困惑していると、リシィは唇を離して悩ましげな表情を僕に向けた。
「ひ、必要なのよねっ! 体内に直接吹き込むのは最後の手段なんだからっ、効率良く神力を供給するにはこれが一番なのっ! だ、だから、尽くしなさいっ!」
「リシんぐっ……!?」
そんな話は始めて聞いたけど、僕はまだまだ神力の扱いに疎い。
生まれ持ったプロフェッショナルが言うのなら、きっとそうなんだろう。
不意に唇を重ねられたリシィの吐息と、同時に流れ込む神力が熱い。
冷静だと思う、いや冷静ではないのかも知れない、こんな大事な局面で想いを寄せる相手からの口付けに、僕はどんな思いでこの場を乗り切れば良いのか。
冷静なように思えて、沸騰する今の僕の思考からは答えが出せなかった。
そして、背後からもまた僕は柔らかい感触に包み込まれる。
心音を聴くよう背に頬を寄せ、僕の腰を抱いて身を寄せるのはサクラだ。
直接触れる粘膜以上に、焔血の作用は衣服越しでもただただ熱い。
「今はこれで我慢します。ですが、今度は……」
サクラが背後で何か一言をぽそりと呟いたけど、速鳴る心音にかき消されて結局は何と言ったのかわからなかった。
だけど、均一に三等分されてしまったのだろうか、それまで僕の身を襲っていた重力魔法かと思うような重さがなくなった。
芽吹く新緑は勢いを増し、無数の残骸を飲み込んで建物を飲み込み、“青光の柱”もまた、いくつもの木々がより集まって渦を巻くように覆い隠されていく。
神龍リヴィルザル、あのノウェムに良く似た少年の“創生”の力。
形あるものを滅し、また無から有を作り上げるその能力は、今この東京のど真ん中に、天さえも覆い隠してしまうような“世界樹”を確かに形作っているんだ。
正直な話、もう限界だ。体は雑巾絞りでもされたような感覚に襲われている。
だけど、僕には守りたい人々がいて、守りたい場所がある。
それに、支えてくれるかけがえのない彼女たちもいる。
それなら、やるしかない。出来る……よな……。
―――
……
…………
………………
……………………
……気が付くと、太陽が最後に見た時よりも高くなっていた。
最初に目にしたのは、木漏れ日と言うには影を落としすぎる遠い枝葉。
どうやら僕たちは、元がアスファルトだった緑の絨毯の上で寝転がっているようだ。
「――坂ー! おーい、九坂ー! 大丈夫か!?」
「ああ、守山……ごめん、水をくれないか……。ミイラの気持ちがわかったよ」
「ほら、水筒だ。本当に痩せこけてるぞ、それで足りるか?」
「ありがとう……。実際に足りないのは水分じゃないから大丈夫……」
駆けつけた守山から水筒を受け取り、僕は少しやり難く蓋を開ける。
「正直なことを言っても良いか?」
「ああ、言いたいことはわかるけど、聞こう」
「うらやま、だ」
うん、言われずともだ。
横になる僕の体の上には、リシィとサクラが半分ずつ乗っかっているから、傍から見たらこの状態はハーレムにしか見えないだろう。
だけど、実際にこの状態でいる僕からしてみたら、水筒の蓋を開けるのもやっとなほど、体が思うようには動いてくれないんだ。どうしようもない。
「まあ、そうなるな……ガボッゴボゴボッガボァッ!?」
「カイト!?」
「カイトさん!?」
「久坂……何をやってるんだ……」
「ゲホーッ! ゲホッゲホッ! ま、満足に動けないんだ……」
考えたらわかるけど、力ない腕では水筒が一気に傾き、僕は口内に大量の水が流れ込んで当然むせた。
慌てたリシィとサクラに体を起こされて事なきを得たけど、事態を沈静化させた傍から溺死とか、洒落にもならないからやめて欲しい。
「正直、殴り倒してやりたいほど羨ましい……だが、俺は九坂を尊敬する。未だに何が起きたのかは理解も出来ないが、九坂がどれだけ凄いことをやったのか、それはこの“巨大樹”を見れば誰でも一目瞭然だ」
「それは……守山たちと同じさ、我武者羅だっただけ」
「謙遜はよせ。その報いが美人二人なら誰も文句は言わない」
まだいると言ったら、守山はどんな顔をするだろうか。
「自衛隊は?」
「現在、迎えの装甲車と護衛がこちらに向かってる。その他は交戦部隊以外は全力後退中。まだ場所は選定中だが、周辺区域は完全に封鎖され、残存【鉄棺種】の掃討と生存者の捜索を継続して行う予定だ」
「そうか、元通りになれば良いけど……」
「こんなもんを作り出した奴がそれを言うか? 『観光地を作る』ってのは納得したが、まずは世界中で解放地域を増やさなければならない。これからが大変だ」
「心配は要らない。直ぐに根本を叩く、それまで凌いで欲しい」
「九坂が言うならそうなるんだろうな。とにかく一度休んでくれ、ボロボロだぞ」
守山がそう言って敬礼すると、彼の背後から自衛隊員や16式機動戦闘車に守られ、96式装輪装甲車が瓦礫を押し退けやって来た。
空ではバタバタと回転翼を回し、コブラやUH-60JAブラックホークが滞空し周辺に睨みを利かせている。
主人公はごめんだけど、まるで映画のワンシーンのようだ。
「ブラックホークだからってダウンはしないよな?」
「それはわからない、何せ相手は未知の敵だからな」
「そこは自信をもって『しない』と言って欲しかったよ、守山……」
更に上空では、巨大樹を避けるようにF15-Jが青空に白い軌跡を残す。
青々とした空の青、消えたわけではない“青光の柱”の青、同じような青色でもそれが内包する意味は全く違うものだ。
綺麗だとは思う。だけど僕は、やはり青空の青色のほうが心地よい。