第二百一話 夜の訪れ 戦場の片隅で
開戦から半日以上が経過し、深夜を回っても未だに戦闘は継続していた。
増援として現出した名もなき航空観測型墓守に対空砲の火線が伸び、東京の上空はまるで湾岸戦争の映像を見ているかのような光景となってしまっている。
時折轟く聞き覚えのある咆哮は巨鷲か、それも直ぐに対空ミサイルが飛来し、数が少ないことから討滅には成功しているようだ。
地上では10式戦車を始めとする対戦車砲による飽和攻撃が有効で、それでも“防護フィールド”に阻まれることも多く、そんな時は側面から接近した自衛隊員が個人携帯対戦車弾を撃ち込んでは討滅の切っ掛けを作っていた。
いくらでも迂回の出来る狭い東京の路地、地の理はこちらにあるんだ。
「九坂、今のバスで周辺の要救助者は全員だ。まだ全ての建物の確認は終わってないが、これ以上は瓦礫の下、それと既に……ということになる」
「ああ、捕らわれた人々に関しては奪還する、送り返すことが無理だったとしても向こうの行政府が悪いようにはしない」
「すまん……。だが、久坂にだけ全てを背負わせるつもりはない。もし自衛隊の派遣が決まれば、異世界だろうと志願してでも俺も行く」
「行ったら帰れないとしてもか?」
「国を守り、人を守る、俺たち自衛隊はそういうもんだ」
「そうだな……」
反論は出来ない、僕も同じことをしようとしている。
僕たちは今、“青光の柱”からニキロほど離れた防御陣地で待機中だ。
作戦の要ともなる【黄倫の鏡皇】を保持しているため、これ以上は後退することも出来ず、それでも高待遇で守山たちに護衛され休憩もかねている。
防御陣地となる十字路を守っているのは90式戦車が二台。確か関東近傍だと富士の機甲教導連隊に配備されているだけだったと思うけど、今回の自体に対処するべく日本各地から対機甲戦闘装備をピストン輸送しているらしい。
90式の他には、同様に富士の普通化教導連隊配備の数少ない89式装甲戦闘車や無数の装甲車輌が駐機され、ちょっとした軍事基地の様相だ。
今のところ、市街地で展開の上手く行かない墓守に対して自衛隊が有利だけど、この膠着状態はたった一体の大型墓守が現出するだけで破られかねない。
「守山、アメリカは支援してくれないのか?」
「それは俺にはわからない。海自が関東沖合で支援展開してるが、その後方に空母ロナルド・レーガンも待機中ではあるらしい」
「それなら……」
「情報では、現在アメリカ本土は五本もの“青光の柱”に襲われている。本来なら今直ぐにでも帰国したくて堪らないはずだ」
「そんなにか……」
やはり、根本をどうにかしないことにはこの侵攻は止まらない。
そうだとしても、例え刻一刻と過ぎる時間が状況をより悪化させているとしても、僕には故郷をそのまま“青光の柱”に飛び込むなんてことは出来なかった。
周辺の人々の避難は済んだ、他がどうなっているのかはまだ情報がない。
守山の言う通り、捜索にだってまだまだ時間がかかるだろう。
ただただ、時間が過ぎてしまうことがもどかしい。
「九坂、それよりもその状態は妬ける」
「ご、ごめん、流石に体を起こしているのもしんどくて……」
今の僕の状態は、パイプ椅子に座って背後からケモミミ大正メイドさんに抱きつかれているコスプレイヤーだ。
命を懸ける戦場を前にして完全に場違い、これでは隊員の士気にも関わる。
「いや、薄っすら光ってるからな。神力とやらを供給してるのはわかるんだが……他にやりようはないのか?」
「はい、申し訳ありません。時間をかければ手を触れるだけでも可能ですが、神力の消耗が早く出来るだけ触れる面積を多く取りたいのです」
守山の問いに、僕を背後から抱き締めるサクラが答えた。
後頭部には極めて柔度の高い膨らみが押しつけられているので、僕が守山だったら妬ける以上に「ここは戦場だぞ」と言いたいだろう。
「作戦開始前に簡単な説明は受けたが、“精神干渉”もそれに対抗するその盾の力も目に見えないから、美人に抱かれる九坂のほうが皆も気になってる」
「はは……だよな……」
そしてその要因は僕だけでなく、リシィにもあるんだろう。
視線を巡らすと、慌ただしく行き交う自衛隊員の合間からリシィが戻って来た。
隊員たちの反応は皆一様に決まって、始めて見た者は驚き、次に惚ける。
彼女は戦場のただ中で一際眩しく咲く美しい花だ、この反応は仕方がない。
思い返せば僕も一目惚れだったから、似た反応をしていたのだろう。
「カイト、食べ物を貰って来たわ。今のうちに食事を取りましょう」
「リシィ、ありがとう。戦闘糧食か、や、やっぱりカレーなんだ……」
「ええ、これも勉強よ。戻ってもしっかりと再現してみせるわ」
「この一ヶ月はカレーばかりだった気もするけどね……」
そうして、僕たちはまず腹ごしらえをすることとなった。
特に何の変哲もないパックのカレーでもう温かく、直ぐご飯の入っているトレーにかけて食べることが出来る。
……うん、一口食べても普通のカレーだ。ただ、この非日常の中では唯一の現実感を感じられる食事で、噛み締めて味わい拝むよう続けて口に運ぶ。
それはリシィとサクラも同じか。二人とも気丈に振る舞ってはいるけど、休むことなく墓守と対峙して確実に疲労も限界を通り過ぎているはずだ。
「守山、全体の状況は?」
「陸自が隅田川の西側三方から包囲戦闘中。要救助者の救出は概算で七割、建物内の捜索に時間がかかるとして、最短でも朝にはなる。それまで盾の維持は可能か?」
「維持するさ。出来なければ、抗する者がいなくなるも同義だ」
「大した奴だ……。それより、あれをどうやって封じ込める?」
「可能性があるならと、松岡統合幕僚長から許可はもらった。政府の許可もな。なに、ちょっとした観光地を作るつもりだ」
僕の返答に、守山は余計に疑念の表情を浮かべた。
それはそうだろう、出来るかもわからない大言壮語、だけどやらなければ他に手立てもない最高の封鎖結界の構築、それを僕はやろうとしている。
後は人々の救助が終わるまでに、墓守の現出がある程度収まれば可能。
資源は無限にはない、生産設備も限られている、必ず終わりがあるはずなんだ。
「今の俺たちに対抗策はない。九坂たちを頼るしかないのは、国を守る自衛隊員としてこれ以上ないほどに歯痒い。だが、やれるなら何でも良い、それまでは俺たちに出来ることで最大限の支援をする。頼む、九坂!」
「断られてもやるつもりだったさ。故郷を蹂躙されるのは何よりも許せない」
「九坂……お前、自衛隊に入らないか? 見所がありそうだ」
「残念、僕はもうリシィの騎士だ」
「んっ!?」
唐突に名前を出されたせいか、黙々と食事中のリシィがむせた。
「んんんーーーーっ!」
「リシィ!?」
「リシィさん、お茶です! 飲んでください!」
「んっんっんっんっ……んはぁっ!」
「大丈夫か……。とりあえず、三人はしばらくそのままここで休んでいてくれ。後のことは俺たちが引き受ける」
「あ、ああ、くれぐれも大型にだけは気を付けて欲しい。現れたら直ぐに僕たちを呼んでくれ」
そうして、守山は再び戦場に戻って行った。
砲弾が飛び交う中で満足に休むことは流石に出来ないけど、こんな状況だからこそ少しでも疲労を回復させておくべきだ。
僕たちは食事を終えた後、傍の建物内にあったソファに腰掛けて目を閉じた。
眠るわけではない、集中が途切れてしまえば神器が解除されてしまう。
次に目蓋を開いた時が、この侵攻を終わらせる時だ。
―――
……
…………
………………
……目を閉じてからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
いつの間にかリシィとサクラが僕の肩に頭を寄せていて、戦場にいる緊張の中で眠くなるようなこともなく、ただ静かに時が訪れるのを待っていた。
窓から見える空が少し明るみ始めたことに気が付いた時、報はやって来た。
「九坂!」
「守山、無事だったか。状況は?」
「無事に決まってる。要救助者は搬送まで完遂、限りある時間で周辺捜索も出来るだけ行い、【鉄棺種】も現存する分だけになっている。ここ一時間ほど、敵性に増援がないことから打ち切りと判断、上が作戦段階の進行を指示した!」
「カイトさん!」
「ああ、最後は僕たちの仕上げだ。リシィ、サクラ、やろう」
「ええ、体は充分に休めたわ。えと……アリガトウ、モリィマヤァ?」
「きょっ、恐悦至極! ですが姫様、自分の名前は“モリヤマ”です!」
「守山は意外と面食いなのか?」
「絶世の美人を前にしたら皆こうなるだろ!?」
「ま、まあ、そうなるな……」
僕たちは建物から表に出る。
薄っすらとした陽の光が東の空の縁から滲み始め、まだ薄暗がりの中でも“青光の柱”は衰えることもなく煌々と輝いていた。
これで侵攻が止まったわけでもないのは確かだろう。
“三位一体の偽神”が、目的のために手を緩めることはないはずだから。
ただ異世界にまで送り込むには、足りなくなることはあるかも知れない。
今こそが好機、これ以上は僕の故郷で良いようにはさせない。