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第二百話 共同戦線 侵攻鉄棺種掃滅戦 後編

 夜が迫り、西に沈む赤熱の太陽が青光と交わる不安げな紫色を空に残す。



 ――ゴオオオオォォォォォォォォン……



 その下で、これまで決して消えることのなかった青光を黄金色が塗り潰した。


 炸裂した光膜は夕闇に煌めく星の数ほどの光矢となり、装甲の薄い阻塞気球スプリガンネストの内側から巨体を押し上げるほどの爆流を作り上げる。

 僕たちはその中にいてただただ熱く、サクラが調整しながらもこの熱量は、直撃を受けた存在がどうなるかなんて想像することも容易いだろう。


 やがて金光が収まると、眼前の阻塞気球は黒ずんで穴だらけになり、立ち尽くしたまま完全にその動きを止めていた。



「はぁっ、はぁっ……流石に、一度に神力を込め過ぎたわ……」


「リシィ、大丈夫か!? 顔色が青い……!?」

「リシィさんも無茶をしないでください! 神力の供給が多いというだけで、体内に溜め込める量には限度があるのですから!」


「ご、ごめんなさい、サクラには負けたくなかったの……」

「何を言っているのですか、私たちには勝ちも負けもありません!」

「そうよね……それでも、カイトに……」

「ぼ、僕が何……?」

「何でもないわっ!」

「ええっ!?」


「そっ、それよりも、下ろしてもらえるかしら……」

「ふぉっ!? ご、ごめん……」



 僕はお姫さま抱っこをしたままだったリシィを下ろし、そのまま彼女に肩を貸して支えた。逆側ではサクラも同じように肩を貸し、リシィの胸に手を当て急激に失った神力の補充と調整をしている。


 リシィの荒い呼吸は直ぐに落ち着いたけど、顔色が青白いままなので一度どこかで休憩させたほうが良いのかも知れない。



「リシィ、どこかで休もう。先は長いから、そこまで無理をしないで欲しい」

「ええ、慌ててしまって……サクラばかり良い思いをするのは、ずるいわ……」

「ん? リシィも僕の想定以上に良くやってくれている。ありがとう、助かるよ」


「うー……違うの、そうではないの……」

「カイトさん、リシィさんは女の子なんですから、褒め方(・・・)というものがあります。私の時も自覚もなく言っているのですね。本当に困った人です」


「へあっ!?」



 どういうわけか、リシィは口を尖らせ、サクラはやれやれと首を振っている。


 多分、先程までのサクラを気遣っていたことを言っているのだろうけど、それならリシィに対しても僕は絶えず彼女の傍にいる。


 言い方か……要するに乙女心を刺激するような……何だ……?





 ひとまず僕たちは建物の屋上から地上に下り、自衛隊が救助した人々を運ぶ方向に歩き始めた。


 遠くから聞こえる戦闘音はやまず、未だに東京は緊迫した戦時状況にある。

 自衛隊員の安否が気遣われるけど彼らだってプロだ、今はリシィの神力がある程度回復するまでは迂闊に戦線の移動も出来ない。


 銀座にはどれだけの要救助者がいるのか。その全てを救助し、更には一人も置き去りにしない捜索活動にどれほどの時間がかかるのか……先は長い。


 今はまず、自衛隊と合流してしばらくはリシィとサクラを休ませよう。



 ――キカカカカカカカカカカカカカカッ!



「っ!?」



 だけどその瞬間、硬質のものを打ち鳴らすような歪な音が背後から聞こえた。


 確認のため咄嗟に振り向くと、青光の柱からは見たこともない新手の墓守が滲み出るように現出していた。情報にすらなかった完全な新手だ。


 針蜘蛛スプリガンの亜種……というよりは蟷螂カマキリ型……!


 針蜘蛛を少し大きくした銀色の昆虫型墓守、それも数が多く途絶えることなく青光の柱から追って出て来ている。

 蟷螂と言うからには両腕が二対一組の大きな鎌状になっていて、他の墓守と違うのは“肉”が見当たらないにも関わらず、有機的なデザインをしていること。



「未確認の小型墓守ですね。カイトさん、リシィさんを連れて退避してください。ここは私が引き受けます」


「待って、私ももう大丈夫よ! 戦えるわ!」

「ダメだ、まだ顔色が青いじゃないか。それに僕に体重をかけている、神力の消耗からまだ回復していないのはわかっているよ」

「う……それならサクラだって消耗は少なくないはずよ!」

「それでもだ」



 僕も残って戦う、とは言い出せなかった。


 少しでも体を離せば、リシィは直ぐにでも黒杖を振るってしまうだろうから。

 僕も大概だけど、窮地に陥っても自らを顧みずに立ち向かうのは僕以上だ。


 サクラも調子が良いとはいえ、度重なる墓守の群れとの戦闘で消耗は少なくないはず。今直ぐにでも大事を取って休ませたいけど、あの“青光の柱”がある以上はいつ増援が来るかもわからない。


 人々の救助が終わるまで、後どれだけの時間を待てば良いのか……。



「はああああああああっ!」



 サクラが既に三十体を超えた蟷螂型墓守の群れへと突撃した。


 複数の蟷螂から、縦横無尽に繰り出される鎌の攻撃は間隙がなく。それでもサクラは紙一重で避け、一瞬の隙を突いてまずは鎌から鉄鎚で破壊している。

 サクラをもってしても、その攻撃をかい潜って一撃で仕留められないほどの密度。紙一重のあまり、時として切り裂かれる衣服が宙を舞う。



「カイト、私は……神力が回復するまで大人しくしているから……お願い、行って。こんな時に我儘を言ってごめんなさい、サクラも支えてあげて」


「リシィ……」



 いつだって懸命で、それ以上に賢明なリシィが、僕を少し青ざめた夕陽色の瞳で見上げて言った。


 今この地には僕たち三人しかいない。

 ノウェムが、テュルケが、ベルク師匠が、アディーテがいない。

 セオリムさんもトゥーチャも、エリッセさんやベンガードだっていない。


 取れる選択肢の少なさ、頼れる存在のない心細さ、今までが例え“三位一体の偽神”に作り出された舞台の上であったとしても、本当に恵まれていたんだ。


 そうして僕は、リシィに逡巡の瞳を向けてしまう。


 サクラを支えたい、だけど同時にリシィを支えていたいんだ。



「僕は……」


「九坂、やっと見つけた! 苦戦中か? 俺たちが手を貸す!」



 だけど、そんな僕の迷いを颯爽と駆け抜けた自衛隊員たちが持ち去った。


 そうだ、彼らがいた。この地を、故郷日本を守る彼ら自衛隊がいた。

 如何な不条理にだろうと、ここに守るべき者がいるのなら、彼らは平和への願いとは裏腹に武器を手に取り、国民の盾となって立ち向かう。


 当然、守山もいる。彼は言った。



『例え不利とわかっていても、国民を守るためにどんな相手だろうと体を張るのが俺たち自衛隊だ!』



 神代文明の産物だとか、科学技術の差だとか、そんなものは何ひとつ関係なく彼らはその身を挺し、国を、そこに住まう人々を守るために未知へも挑む。


 大和魂を持つ現代に生きる真の侍たち、彼らがこの地にはいた。



「目標、蟷螂型【鉄棺種】、ご婦人を支援する! 射線に注意、撃てっ!」



 自衛隊員たちは一般的な小銃小隊編成で三十人ほど。

 横隊で道路を横切るように構え、一斉に小銃の引き金を引いた。


 サクラも直ぐ増援に気が付き、身を翻して僕たちの元に戻って来る。



「カイトさん!」

「サクラ、もう充分だ! 今は彼らに頼ろう!」



 サクラの退避を確認し、自衛隊員の一人が無線でどこかに連絡を入れると、今度は背後からキュラキュラとアスファルトを踏む鋼鉄の音が近づいて来る。


 振り向くと、先程も見た二台の10式戦車(ひとまる)が直ぐ近くまで来ていた。


 間近にすると思ったほどは大きくないと感じたけど、それは戦車クアドリガ弩級戦車モータヘッドの巨体と比較してという意味で、全長は十メートル近くある。

 雄々しくもそそり立つ四十四口径百二十ミリ滑腔砲は蟷螂型墓守を狙い、狭い日本の市街地戦で最高の戦闘力を発揮するように設計された、対機甲戦闘の最先鋭最新式の精鋭主力だ。



「九坂、ぼさっとするな! ヒトマルが来る、こっちに!」



 横隊を解いて道路の左右に展開する守山に誘導され、僕たちもまた道路脇に退避したところで、10式戦車が通り過ぎて行った。


 向かい合う日本の主力戦車と新手の蟷螂型墓守。

 小型とはいえ相手は神代文明の産物、果たして……と思うのは無粋だ。


 仲間を、これまで平和の中にありながら、来たる驚異を想定し訓練を続けた彼らを信頼することが出来ずに、何が大和魂か、何が侍か。


 小型墓守のあるかもわからない“防護フィールド”こそが、現代の侍たちが持つ刀を前に果たして何が出来ようか。



 ――ドパンッ! ヒュオンッ……ゴッゴンッ!!



 殺到する蟷螂型墓守の群れに、二台の10式戦車が発砲した。

 撃ったのは対戦車榴弾か、弾着と同時に炸裂し数体の蟷螂型を粉微塵に砕く。



「命中! 倒せるぞ、全隊目標を掃討! これ以上の侵攻を許すな!」



 滑腔砲が火を噴き、戦車砲塔上面重機関銃と主砲同軸機関銃も発砲する。


 更には自衛隊員たちが周囲に展開し、10式が撃ち漏らした墓守を小銃で撃ち、時に無反動砲で吹き飛ばし、一体も残さずに殲滅して行く。





 人はいつの時代も抗い続ける。


 相手がどんなに強大だろうとも、国を守り、人を守り抜くために。

※作中の時間は廃止予定の第一戦車大隊がまだある時期となります。

この騒動で作中世界では廃止自体がなくなり、首都防衛に強化再編される時間軸が存在することとなるかも知れません。

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