第百九十七話 金光が煌めき 焔花は舞い散る
【黄倫の鏡皇】を発動したけど、実際にヤラウェスの“精神干渉”を相殺出来ているのかは、極小のウィルスと一緒で目に見えないためわからない。
僕たちの眼前には“青光の柱”。これに飛び込めば直ぐにでも向こうの世界に戻れるのかも知れないけど、まずは自身の責任を果たしてからだ。
既に多くが失われてしまった……それでも、取り戻すために僕は進み続ける。
「カイトさん、周辺の墓守がこちらに向かっているようです」
「まずいな、ここで戦闘の拡大は避けたい。サクラ、人々を僕と手分けして建物の中に。リシィ、十字路に陣取って避難が終わるまでの牽制を頼む」
「ええ、けれど別に倒してしまっても構わないのよね?」
「あ、ああ……リシィならフラグにはならないだろうけど、気を付けて」
「またそれ? 迷信はどうしようと迷信よ、当てにはならないわ」
「そうなんだけど、それでも充分に気を付けて欲しい」
「もう、カイトは本当に心配性なんだから。良いわ、気を付けるから」
リシィはそう言って来た道を戻った最初の十字路に陣取り、僕は銀槍だけを解除してサクラと共に人々を建物内に一時避難させ始めた。
こうしている間も黄鏡に神力を吸われる感覚があるけど、思っていたほどの消耗はない。あくまでも今のところだから、何にしても気は抜けない。
自衛隊の作戦進捗も気になるところだけど、状況確認のために通信機を持たされなかったのには理由がある。
それは“青光の柱”近傍一帯の電波障害のせいで、守山を含む複数の隊が調査偵察に出され、その結果として精神干渉を受けてしまった原因だ。
これは恐らく墓守による電子対抗手段《ECM》だと推測するけど……やはり目に見えないことから、僕たちではどうにも対抗手段がない。自衛隊に任せよう。
「金光よ光矢となり穿て!」
そして、道すがら昏倒させた人々の六割を建物内に運び込んだところで、十字路では多くの光矢が曲がり角の先に向かって撃ち出され始めた。
「サクラ、多少荒いのは目をつぶる! 残りの人々を放り込んで僕たちも参戦する!」
「はい! お任せください!」
激化する防衛戦を横目に、僕とサクラは人々の避難を急いだ。
今もリシィの元に降り注ぐロケット砲弾は、十字路の全方位を包み込んだ彼女の光膜と忙しなく動く光盾がその悉くを防ぎ、と同時に撃ち出される光矢がここからでは見えない曲がり角の先を制圧し続けている。
墓守を相手に見違えるほどになったリシィ。任せても大丈夫と信頼はあるけど、騎士としては一刻も早く彼女の支えとなりたい。
「カイトさん、この方で最後です!」
「良し、墓守を殲滅する! サクラ、建物の被害を気にしなくても良い、【烙く深焔の鉄鎚】の力を存分に振るってくれ!」
「はい! カイトさん、嫌いにならないでくださいね!」
「サクラを嫌いになんかなるものか!」
サクラは少し困った表情を見せ、それと同時に構える【烙く深焔の鉄鎚】には十字の切れ込みが入り、鎚部が八分割されて頂点方向に展開してしまった。
内部で赤々と炎を燃え上がらせるのは赤熱する鉄塊。噴き出す蒸気は熱く肌を焦がすようで、【神代遺物】の中でも極めて危険な潜在力を秘めた特級遺物であることを、僕はこの時になって始めて実感する。
【烙く深焔の鉄鎚】とは、この小さな太陽炉を封じ込めるためのものなのでは……。
「はああああっ! 【焔獣昇華】!!」
更に、サクラの全身が炎に包まれ燃え上がった。
だけどそれは炎ではなく、逆巻き赤く色づくほどに濃くなった神力の塊だ。
正確には神力の青色と混じった赤紫に近い色だけど、その神力の炎は服やサクラ自身は燃やさず、彼女を只々美しく艶やかに照らしている。
やはりレッテの【雅獣狂化】、ベルク師匠の【雷轟竜化】に類するものを、神代起源種であるサクラも持っていた。
彼女は桜だけでなく草花の全てを愛で、自分が持つ“炎熱”の能力はそれらを燃やすものと忌避しているから、これまでは使うことを躊躇っていたんだろう。
それでも彼女は、僕と日本のために自らの忌避する力まで使ってくれたんだ。
「はぁ……私は、まだ未熟です……。直ぐに解除されてしまいますが……はぁ、はぁ……その前に、駆逐……します……!!」
普段は穏やかな微笑を浮かべ、決して歯を剥き出しにするような表情をしないサクラが、今はその長い犬歯を露わにして強く噛み締めていた。
痛みを耐えるように表情を歪ませる様は、怒っているようでも泣いているようでもあり、「嫌いにならないでくださいね」とはこの姿を見られるのも嫌だったんだろう。
嫌いになんかなるはずはない。わかってやれない乙女心……ノウェムの言葉が胸に沁みる……。だけど、だからこそ僕はもう一度彼女に伝えた。
「サクラ、僕は決して嫌わないよ。今の君の姿はむしろ見惚れてしまう!」
「あ……はいっ!!」
サクラは僕に向けて極上の笑顔を浮かべ、続いて炎の砲弾に変わった。
彼女が通った後のアスファルトは炎の軌跡を残し、まるで舞い散る桜の花弁と錯覚しそうなほどの火の粉まで散らし、リシィが今も制圧する十字路に猛攻を潜り抜けて迫る従騎士に近接する。
そうして、従騎士の上半身が【烙く深焔の鉄鎚】の一振りでびしゃりと消失した。
あの赤く燃える【神代遺物】の能力ははっきりとわかっていない。いったいどんな熱量なら、いったいどんな能力ならそれをなせるのか、従騎士の上半身は溶けた鋼鉄の液体となり更に後続の墓守に降り注ぐ。
墓守に心があったのなら、何を思ったのだろうか。答えは恐らく何かを思う暇もない。従騎士は一瞬で跡形もなくなり、残された下半身だけが勢いのまま一歩二歩と進んでやがて倒れた。
本来それを可能とする熱量があったら、周囲の被害も甚大になるはずなのに、力を振るうサクラ自身も、僕やリシィにも、建物にさえ影響が及んでいないのは妙だ。
「リシィ、片側はサクラに任せても大丈夫だ。逆側を僕たちで制圧しよう」
「ええ、わかっているわ! サクラには負けていられないもの!」
サクラは十字路を右折、僕たちが向く左折方向からも墓守は殺到する。
僕は咄嗟に騎士剣を構えて再び銀槍を形成し、リシィの光矢を器用に長剣で逸らして速度を上げた従騎士に突撃する。
「僕だって負けはしない! そうだ、もう二度と邪龍にだろうと!!」
従騎士は進路を阻むリシィの光膜を攻撃しようとし、その隙を僕が攻める。
アスファルトを踏み砕き、銀槍を構えて近接した僕の突きは、従騎士の防御する右腕を抜けて首の付け根にまで達し核を貫いた。
今の銀槍は纏う銀炎まで侵蝕する攻撃力を持つため、大型墓守の“防護フィールド”でさえも抜けるかも知れない。
異常なレベルアップ、【黄倫の鏡皇】の全力稼働中にも関わらずのこの力、サクラが言っていた地球の“濃い神力”が影響しているのは間違いない。
ならばやれる、それが例え神話の領域だろうとも創り出してみせる。
「カイト、サクラは大丈夫なの!?」
「ベルク師匠の【雷轟竜化】に似通った能力だ。大丈夫、何があろうとも直ぐ支援に入るから……砲撃、来るぞ!」
そして、リシィの防護結界に守られた十字路にロケット砲弾が降り注ぐ。
その数は辺り一帯を焦土にしてしまうほどだけど、砲弾は光矢の迎撃で誘爆し、爆発の衝撃で粉砕される建物のガラスもまた、リシィがその悉くを光膜で遮る。
地形は銀座を網の目に走る道路。十字路で四方を見通せるとはいえ、墓守は途絶えることなく建物の向こうから続々とこちらに向かって来ていた。
だけど、自衛隊が到着するまではここで凌ぎ続ける、戦域を拡大させ避難させた人々に被害が出るようなことはあってはならない。
紅蓮の炎が、“青光の柱”の青を塗り潰すように銀座の空を赤く焦がした。